第2話 異世界で拾われる

 最初に聞こえてきたのは、風が草木を揺らす音だった。

 そよそよと優しい音が私の意識をゆっくりと呼び起こす。それは心地よい音の筈なのに、それ以上の不快感が私を襲った。



「……ふぁ……っくしゅんっ」



 …ん………


 寒い…なに……これ……


 風が私の身体をゆっくりと冷やしていた。

 そこまで寒くない気温なのに肌寒く感じるのは、この身に何も身に付けていないからだった。

 身体を丸くして両肩を抱く。少しでも寒さから逃れるために、無意識にそうしていた。


「……ここ…は…どこ……?」


 そこには凹凸の少ない見渡す限りの草原と、永遠に続くと思われるかのような青空が広がっていた。

 このような場所は知らないし、来たこともない。どこに行けば良いのか、そもそも動いてもいいのか分からずに、私は草の上で座り込んでしまう。


 しばらくの間そうしていたように思う。自分でも驚くほどに、何かをしようという気は起こらなかった。

 そして誰かが近づいていたことにも気が付かないほどに、私の意識は上の空だった。



「こんなところで何をしている」



 突然かけられた言葉に少しだけ驚きつつも、その声がした方へと振り替える。

 そこには立派な髭を蓄えた、身なりの良い大男と、その付き人と思われる隻腕の老人が立っていた。


「…だれ……?」


 その二人は、あまりに人間とは異なっていた。

 まず一番に目が行くのは、頭部に獣の様な耳が生えていることだった。そして身長は二人とも250cm以上はあり、腕は私の胴体程もあるのではないかと思わせるほどに太かった。


「俺が先に聞いている。ここは現在、我ら獣人族セリアンスロープの領土だ。俺には、お前のような同族がいた記憶などないのだが?」

「りょうど……?」

「答えられないのか、それとも言えない理由なのか。返答によってはそれなりの覚悟をして貰うことになるが、構わないか?」


 その大男が言うや否や、周りの空気が突然冷たくなったように感じられた。

 それは明らかに殺気だった。自分に仇なすものは殺すという純粋な殺意。それはすべての生き物が平等に持ち合わせているものだった。

 大抵の人なら身体を強張らせていただろう。そして、強者に取り繕うための言い訳を探していたのかもしれかい。


 だけど…私は……


「わからない…なにも……」


 正直にそう答えた。

 それが相手を満足させる答えなのか、もしくは怒りを買ってしまう言葉なのかさえも分からない。

 かと言って、他にいい言葉が無いのも事実であった。


「…ふむ……」


 顎をさすりながら、目の前の大男は私を見定めるように見つめる。きっとその太い腕にかかれば、私など簡単に殺せてしまうのだろう。

 でも、私はそれでも構わなかった。逃げられもしないだろうし、逃げるつもりもない。この世界で私が殺されようとも、悲しむ人などきっと居ないのだから。

 だけど、そんな私にかけられた言葉は意外なものだった。


「お前、名前はなんと言う?」

「…え……?」


 わたしの…なまえ……


「…ゆ…り…………」


 その名前の響きはこの場所では珍しいものなのだろうか、目の前の二人は少しだけ眉を歪めるが、それも一瞬のことだった。


「“ユリ”か。俺はゼファ、こっちは執事のマルドームだ。おい、この娘に着るものを」

「畏まりました」


 マルドームと呼ばれた人が差し出してくれた服を受け取り、肩に羽織る。

 その服は私には大分大きかったけれど、高級な物のようで、素肌に感じる布の肌触りはとても気持ちよかった。


「どうして……?」


 “私を助けてくれるの?”と問う。すると、目の前の大男は表情を変えずに答えた。


「このままお前を放っておけば、俺は今後お前が気がかりとなるだろう。それを避けたいだけだ」

「……」


 そう言い捨てるも、その言葉には優しさが含まれていることに私は気づいていた。

 結局のところ、私はすることも無ければ行く宛もない。この人たちに付いていく事だけが、私に残された道だった。



 私は初めて両の脚で立ち上がり、彼らの後ろを歩き始める。



 それが、私のこの世界での第一歩となった。

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