殺し屋にはいらない感情
夜桜
殺し屋にはいらない感情
殺し屋に必要なのは、判断力や冷静さ、冷酷さ。そして、一番いらない感情は…。
「っ!」
ベットから飛び起きる。
ちょうど時計が6時をさしていた。
昔、お世話になった師匠の夢をみたらしい。
師匠が教えてくれた殺し屋に必要な3つの心得。…そう言えば、一番いらない感情って何だっけ。
殺し屋である私〔坂野 湊〕は、高校の授業に頭を抱えていた。
「なんで、こんな難しいんだー!」
「湊は数学、本当に苦手だよね」
「数字見ただけで頭がパンクしそう…」
「アハハ、どんだけだよ」
私の親友〔笹木 美音〕が、笑いながら私の背中を軽く叩いてくる。
美音は数学のノートを広げ、私に近づいてきた。
「今日のところ、放課後に教えてあげようか?図書室で」
私は少し考えたが、全然理解していないし教えてもらうことにした。
「よろしく頼みます…」
美音は快く「いいよー」と言ってくれた。
帰りのホームルームを終え、私と美音は学校の図書室に向かった。
「相変わらず、誰もいないね」
確かに、この高校に入学してから図書館にはよく行くが、人に会うことがなかったな。
「あっ、いつもの奥の席にしよう」
「うん」
私たちは図書館の一番奥に置かれた机に向かった。ここは人が来ても見られることはないし、落ち着いて勉強ができる場所だ。
「さてと、不定方程式についてだけど」
ノートと教科書を広げ、丁寧に教えてくれている。
美音は人に何かを教えるのがとても上手い。
ピコン。
スマホの通知音が鳴った。
「ちょっと湊、図書室ではマナーモードにしとかないと」
「ごめんごめん」
謝りながらスマホをマナーモードにしようとした時、通知のメッセージが目に入った。
メッセージを見た私は驚きを隠せず、スマホを手から落としてしまった。
「湊?どうしたの」
心配そうに名前を呼び、美音が私のスマホを拾おうとした。
「やめてっ!」
図書室だと言うのに、私は大きな声を出しスマホを美音が拾う前に勢い良く取った。
そんな私を見て、美音は状況の理解に苦しんでいるようだった。
それでも私は美音に何か言うことはしなかった。
とにかく、この場所から離れることだけが私の頭にはあった。
「ごめん、美音。少しだけ屋上で頭、冷やしてくるね」
「え、ちょっと、湊!」
私は引き留めようとする美音を振り払い、屋上に向かった。
屋上は鍵もかけられておらず、生徒が自由に出入りできるようになっている。
誰かいるかもと思ったが、部活があるためか人はいなかった。
「はぁ」
ため息がでる。
私は手に持ったままのスマホを見る。
もしかしたら、見間違いだったのかもしれない。そう思い、先程来たメッセージを開いてみた。
スマホに来た一通のメール。
それは私を雇っている人間からのメールだった。
内容は、『我々の情報を探っていた人間の正体が判明した。お前の学校の生徒、笹木 美音だ。見つけ次第、始末しろ。』というものだった。
最近、どこからか視線を感じたり、後をつけられている気がしていた。でも、美音が私と同じ殺し屋だったってこと?
そんなの信じられない。いや、信じたくない。
「もう、バレちゃったか〜」
「え、美音!」
「私の正体、気づいたんでしょ?」
「…うん」
いつの間にかドアのそばにいた美音は、私が正体を知ったことに感づいて屋上に来たらしい。
「それで、殺さないの?せっかく誰もいないのに」
「なっ、美音は死んでもいいって言うの?」
「殺し屋として生きてきたんだよ。ちゃんと覚悟はしてる」
淡々という美音が少しだけ怖かった。
私の左ポケットには護身用のナイフが入っている。
手を伸ばしナイフに触れる。
冷たい感触が手のひらに伝わる。
今からこれで美音を殺さないといけない。
今まで何人もの人間を殺してきた。…なのに、手が震えていつものように動けない。
「…嫌だ」
「湊?」
「嫌だ!私に美音は殺せない」
一緒に楽しんで、笑い合った親友を殺すなんて私には無理だ。
感情が溢れて、涙が出てくる。
そんな私に美音はゆっくりと歩み寄ってきた。
「…湊。駄目だよ、私のことを殺さないと雇われ主に湊が殺される」
「わ、分かってるよ。でも…」
「まったく、よくそんな泣き虫で殺し屋になれたね」
そっと美音が私を抱きしめる。
「…大丈夫。私は知らない人に殺されるより、湊に殺されたほうが幸せだよ」
「…そんな、だって」
「湊が私のことを殺さなかったとしても、私は殺それるんだよ?」
「……わかったよ」
「ありがとう、湊」
美音が私を強く抱きしめ、その手を離した。
よく手に馴染んだナイフを持ち、美音を見つめる。
手は未だに震えてしまっていた。
「あっ、そうだ。湊に一つだけお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
美音が少し恥ずかしそうに言ってきた。
「もちろん、いいよ」
「私にキス、してほしい」
「…え?」
「ダメかな」
「えと、キ、キスって。私と美音が?」
私の動揺ぶりに美音が笑った。
「うん。好きな人とキスをして幸せな終わりを迎えたいなって思ったの」
どうしよう、キスとかしたことないのに。
いや、それ以前に私のこと好きだったんだ。全然わからなかった。
「それで、してくれるの?早くしないと誰か来ちゃうかもしれないし」
「…その、本当に私でいいの?」
「ふふ、湊じゃないと意味ないよ」
「だよね。うん、わかった」
私は美音の最後のお願いをきくことにした。
「それじゃあ、いくね」
「うん」
そっと顔を近づける。
そして、柔らかな美音の唇が私の唇に触れた。
美音が私の腰に手を回し、さらに身体が密着した。
心臓の速まった鼓動が美音に聞かれてしまいそうで、恥ずかしい。
「はぁ〜幸せ」
「それは、よかったよ」
「ありがとね、湊。私のお願い、聞いてくれて」
「うん」
「じゃあ、殺してね。湊」
「…うん」
呼吸を整え、ナイフを握り直す。
もう震えは止まっていた。
美音を真っ直ぐ見つめる。
美音は私の顔を見て、微笑んだ。
「好きだよ、湊」
それを最後の言葉として美音は死んだ。
嘘。
なんで、そんな。
美音は私が殺すはずだったのに。
私は、動いていない。
一気に鼓動が速くなる。
ピコン。
場違いなスマホの通知音が鳴る。
まさか!
メールがきていた。雇い主から。
『殺すのに手間どっているみたいだから、別の殺し屋をそちらに送っておいた。お前はそいつが殺し損ねたときにとどめを刺しておいてくれ』
「そんな、…美音!」
私は美音に走り寄る。
頭から血が流れ続けている。
「嫌だよ、私が殺すって約束したのに。なんで」
泣いている私に男子生徒が近づいてきて、問いかけてきた。
「君、殺し屋?」
「…誰?」
「その子を撃った殺し屋。君の仕事が遅いから獲物、もらっちゃった」
…こいつが美音を。
私の中にこいつへの殺意が芽生えた。
殺意で人を殺すのは駄目だと、昔から言われてきたが今の私にそんな事を考える余裕なんてなかった。
近くに落としていたナイフを手に取り、一気に男子生徒に近づき首を切る。
「ぐはっ!」
血を吐き、男子生徒は倒れる。
幸いにも男子生徒が狙撃専門の殺し屋で良かった。接近戦が得意な私との相性が良かったのだ。じゃなければ、私は返り討ちにあっていた。
私は、美音のそばに座った。
「美音、仇は取れたよ。ごめんね、私が殺してあげられなくて」
そして、もう冷たくなり始めている美音にもう一度、キスをした。
違反を犯した私は、きっと雇い主に殺される。
まぁ、美音と同じ場所に行けるなら、それでもいいと思えた。
もしかしたら、
「私も美音のこと好きなのかも」なんて思い、空を眺める。
青く澄んだきれいな空だ。
ドンっ
鈍い銃声と共に、私の視界は暗闇に包まれた。
殺し屋にはいらない感情 夜桜 @yozakura_56
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