第十三話 事故

 放課後になる。

 いつもなら鬱陶しがられるほどに六花に話しかける鈴だが、あの一件があってから気恥ずかしくて話せていない。


「林、おまえ変だぞ。熱でもあるんじゃないの?」


 そんな鈴の様子を気にして、六花が声をかける。


「そ、そうかもしれない。う、うん、そう、だからあたし先帰るね!」


 鈴が席を立ち、走って教室を出ていった。

 六花はそれを呆然と見送った。


「あいつ本当にどうしたんだ……」


 鈴がちょうど隣のクラスの教室から出てきた涼華とすれ違う。


「鈴! どうしたのよ!」


 涼華の呼びかけは鈴の耳には届かず、鈴は止まらずにそのまま走っていってしまった。


「む、無視とはいい度胸ねっ……今日こそは捕まえてやるんだからっ!」


 ただ単純に聴こえなかっただけなのだが、勘違いした涼華も鈴を追って駆け出した。


 全力疾走し、その背中に追いつく。


「こらっ、待ちなさいーっ!」


 至近距離で声を聴いて、ようやく鈴は涼華に気がつく。


「げっ、涼華!? なんで!?」


「げって何よ!?」


「何で追いかけてくるんだよ!」


「あんたこそ何で走ってるのよ! 廊下は走らない!」


「おまえが言うな!?」


 下りの階段に差し掛かると、鈴は三段飛ばしで駆け下りていく。涼華も負けじと三段飛ばしをする。


「ば、ばか、涼華! 危ないからやめろって!」


 鈴は涼華に注意をしながらも、止まる気配はない。踊り場に着地し、更に階段を下ろうとする。


「あんたの方こそ危ないからやめなさ――――っ!?」


 言いながら、涼華が階段で足を滑らせた。

 前方へとつんのめり、その身が段差の下へと投げ出された。


(涼華!?)


 視界の端でその姿を捉えた鈴は急ブレーキをし、涼華の身を受け止めるために逆走を――いや、走っていては間に合わないと瞬時に判断をし、跳んだ。


 空中で涼香の体を抱き止めて、階段の踊り場を転がる。


「鈴っ!? 怪我はっ!?」


 涼華が悲鳴にも似た声をあげる。涼華は鈴のおかげで大きい怪我もなく済んだが、涼華の体を受け止めた衝撃と地面に叩きつけられた鈴は――――。


「あー、めっちゃ骨折れたー! これは治療費百万円ー!」


 ――――軽い打撲だけで済み、冗談を言う程度には余裕だった。


「どこが折れたのっ!? ほ、保健室、あ、や、救急車!? ごめん、ごめんね鈴っ!」


 しかし混乱している涼華には冗談を聞く余裕はなく、真に受けてしまっていた。このままだと本当に救急車を呼びかねないので、鈴は慌てて涼華を止めた。


「ば、ばかっ、嘘だよっ! あたしは平気だってば!」


「う……そ? 怪我……ないの……?」


 涼華がポカンと口を開ける。


「ぶつけたところはちょっと痛むけど、大したことないよ」


「そ、そう……よかった……って、あんたね! 冗談は時と場合を考えなさいよ!」


 安堵すると、今度は怒りが湧いてくる。


「あ、あはは、めんごー」


 少し動けばお互いの顔が触れる距離で、鈴が申し訳なさそうに笑う。重なった姿勢のままだったことに今更気がついた涼華の頰が赤く染まっていく。


「と、ところで涼香、そろそろどいてくんない? 重いー」


 鈴が自分に覆い被さっている涼華に言う。

 たしかにこのままだと、通りがかりの人に変な目で見られてしまうかもしれない。


「し、失礼ねっ、そんなに重くないわよ!」


 涼華が床に腕をつき、体を起こそうとする。


「痛っ!?」


 しかし階段から落ちた際、知らずのうちに腕を痛めてしまっていたらしく、体を支えきれずにバランスを崩してしまった。


「うぇっ!? ちょっ!?」


 鈴の優れた運動神経と反射神経を持ってしても、その事故は回避できなかった。


 ほぼ激突に近い形ではあったが、二人の唇が重なったのである。

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