第十話 二人の時間Ⅱ
「ねぇ、佐々木……。女子が女子のこと好きになるのって……ダメ、なのかな……」
鈴の言葉を聞いて、六花はまず焦った。自分が理沙のことを好いていることがバレたのかと思ったからだ。
しかし、冷静になって考えると、そうではないとすぐにわかる。もし鈴が六花の気持ちに気がついているのなら、ダメなのかな、などという質問の仕方はしないだろう。
ということはつまり、鈴もまた自分と同じく、女子に恋をしているのだろうという結論に六花は至った。その相手が他ならぬ六花自身だということは知る由もなかったが。
「ダメ……ではないと思うよ。林が好きな子は女子なんだ?」
六花の言葉に、鈴はコクリと頷く。
「……難しいことだとは思うけど、ダメってことはないよ。好きになる気持ちに罪はないわけだし」
六花が言い聞かせている相手は鈴なのか、あるいは自分自身か。言いながら、何かがチクリと胸を刺すのを感じた。
仲良しの輪を壊してしまいかねないこの気持ちに、本当に罪はないのだろうか。
(いや、わたしの気持ちが罪だとしても、林には罪はないんだから、これでいいんだ)
「……ありがとね。佐々木にそう言ってもらえて、ちょっと楽になったかも」
鈴が微笑んで、お礼を言った。
「どういたしまして。おまえの恋が実ることを祈ってるよ」
鈴の気持ちなど知らない六花が、余計な一言を付け加えてしまう。その言葉に鈴の想いが一気に溢れ出てしまった。
「さ、佐々木ぃっ!」
結果、鈴は思わずベッドに六花を押し倒してしまうのだった。
「わっ、いきなり何だよバカ!?」
至近距離で二人の視線が交錯し、六花は戸惑い、鈴は赤面した。
「あ、う、や、その、嬉しかったから、つ、つい」
鈴はテンパって、しどろもどろになる。
「う、嬉しいのはわかったから、早くどけよ」
「……やだ」
「な、なんでだよ!?」
珍しく困惑している六花が可愛くて愛しくて、鈴はおまえのことが好きだからだよと言いたくなってしまった。
「佐々木が困ってるのって、なんか珍しいから見てたい」
「バカか! おまえにはいつも困ってるよ!」
「やだ、照れるー」
「照れる要素があったか!?」
「あるよ。いつも想われてるってことじゃん」
「そうじゃないっての!?」
「でも佐々木は――六花は、あたしのこと気にかけてくれてるの、知ってるから」
不意に鈴に下の名前で呼ばれて、六花は不覚にもドキッとしてしまった。顔が熱くなっていくのを感じる。
(違う違う違う――! こいつにはいつも名字で呼ばれてるから、いきなり下の名前で呼ばれてびっくりしただけだ――!)
鈴は鈴で、何故自分がいきなり六花のことを下の名前で呼んでしまったのかわからず混乱していた。心の中で呼ぶことはあっても、口に出したのはこれが初めてで、完全に無意識だった。
(う、うわ、呼んじゃったっ……六花って呼んじゃったっ……!)
頭がいっぱいいっぱいになり、顔を赤くした二人が無言で見つめ合うこと数秒間。
「六花ー、もうすぐご飯できるわよー。鈴ちゃんも、もうそろそろ帰りなさーい」
静寂を破ったのは、部屋のドア越しから二人を呼ぶ六花の母の声だった。
その声に驚いた鈴が反射的に飛び退いて、六花はようやく解放された。
「は、はーい!」
返事をすると母親の足音が遠ざかっていき、六花はひとまず安堵のため息を吐いた。
(いやいや、何を安心してるのよ、わたしは……別にやましいことをしてたわけじゃないんだから……)
「さ、佐々木っ、じゃあねー!」
鈴が暑いからと言って脱いでいた服を急いで着て、逃げるように部屋から出ていった。
「何だったんだよ、あいつ……」
その背中を見送りながら、六花はぼやいた。
鈴のおかしな言動に振り回され、その日は寝るまでずっとモヤモヤするハメになる六花であった。
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