第12話 招待のマーキング
柳が気が付いた時、そこにあったのはどこまでも続く闇だった。
柳は起き上がり辺りを見る。
自身が立つ地面は相対的に白い石が一面に広がっている。所々、岩山のように隆起し、又は谷のように窪んでいる。柳の前に立つ一直線に敷かれた石レンガの道は目の前の大きな山に続いている。
ここが何処か解らない柳はただ目の前の道を進む。
天の黒と地の白がどこまでも続く。
頭の中が黒いナニかで覆われていく。
その時、柳の正気を取り戻したのはASの警告音だった。柳が一歩ずつ歩くに連れてその音は強くなる。針はとっくに振り切れ。ランプが赤く光る。無線は何処にも繋がらない。
結局、何も出来ることはなく歩み続ける。
そこにいくしかない、何が待ち受けようと。
この白い道の先にきっと自分を祝福した存在がいるはず。その先の山の奥に。
その景色に変化があったのは山の山頂に登った時だった。
黒しか見えなかった虚空の空にその他の色があった。緑と青と白と肌色で出来た球体が柳の視線の先に漂う。1つの大きな惑星が柳の目を奪う。その色々は柳の記憶にある物を想起させる。
地球。
では、ここは?一番地球に近い天体と言えば?
ここは月だ。
ASが音を立てて壊れた。だが柳はなぜ月で呼吸が出来るのかとかなぜ宇宙服も無く生きて居られるのかとかどうでもよかった。
柳は稲永と走ったあとの記憶を失った。
その間にいったい何があったのか、稲永はどうなったのかその事ばかりが心配だった。
柳の立つ白い岩の山頂からその先、地球の真下のクレーター。その中心には白い髪の黒いワンピースを着た少女がこちらを見ている。少女はこちらを気付くと此方に手を振っている。
「フーウートー!」
遠くから彼女声が聞こえる。
その声には聞き覚えがある。
だがどうしても思い出せない。
自身の中の黒い何かが柳の中で蓋をしている。
その日の朝に、目覚めで感じた不快感に近い。
その不気味な感覚が柳を支配する。
その時は二日酔いでわからなかった。
今は脳を直に触られているような感覚が柳を襲っている。
柳の記憶にはなにもない。
と言うことにしなければ脳を崩されると感じた。
一歩ずつ彼女の下に向かう。
少なくとも彼女は何かを知っている。
クレーターの底に着き、柳を見る彼女は笑っている。
背丈はそこまで高くない。中高生程の小柄で白いサイドテールをして月を思わせる金のティアラを付けている。
「やっぱりフウトだ!」
ただ、自分を見つめて向日葵のように微笑んでいる。
自分の中の黒いナニかが無ければ彼女の事も何か思い出せていたのだろうか?
「えっと…あんたはだれ…なんだ?」
「あ!そうか!自己紹介してなかったね!えーっと……」
元気よく発言したのち頭を上に向け彼女も何かを思い出そうとしている。
顎のあたりに人差し指を置き硬直している。背丈も相まって子供らしい。
「わかんない!」
「なんじゃそりゃ」
「シツレイ、客ジン」
結局、誰もわからないかと思っていたが背後から呼びかけられ振り返る。
青い肌を持つ金色の瞳を持つ怪物がそこに立っていた。
「うわっ!」
「オドロカナクテモ、ワタシハナニモシナイ」
目しかないはずの頭部から、ゆっくりと話しかけてくる。
「シツレイ、姫サマ」
「いいよー!」
「姫?」
「コノカタハ、白痴の姫。新シキ神ノ一人デス」
「新しき神?」
「エエ。コノ世界デ産マレタ新シイ上位者。ココ最近デハソウイッタ存在ハケッコウイルノデス」
柳は稲永の言葉を思い出す。目の前にいる少女も世界を変えてしまう力を持つのだろうか。
「君たちは一体何なんだ?ここはどこなんだ?」
会話ができる相手にはとにかく自分の疑問をぶつける。とにかく情報が必要だ。この状況から脱出するためにも。
「それはねー」
「姫サマハ、ダマッテ居テクダサイ。スグ忘レルデショウ?」
少女は不満そうに不貞腐れその場に座り込む。
「マズワタシハ月ノ瞳。コノカタニ仕エル奉仕種族デゴザイマス」
「彼女ハ白痴ノ姫。スグニ何カヲ忘レテシマウ」
「フウトのことは覚えてるもん!」
「ソレハ貴方ガ神ニナッテ、スグニ印ヲ刻ンダカラデス」
「この子が俺の印の主なのか!?」
「ソウデゴザイマス。白痴ノ神ノ祝福デス。タダソノ術ノ詳細マデハ知リマセン。」
「そうか……」
ただこれでわかったことがある。時折来る記憶の空白は恐らくこれなのだろう。だが記憶を消す祝福とは一体何なんだ?記憶を消すことの何が俺のためになるんだ?
何故彼女は、神になってまで俺にその印を刻んだのだ?
だがそれを考える前に視界がナニかで黒くなる。
「うぐっ……何を……」
「ソシテ、ココハ月ノ庭。姫サマノアソビバデス」
「そう!ずっとここで遊びましょ!何もかも忘れて!」
天に浮く地球を遮るように宙を舞い始め、これから悪戯でもするかのような小悪魔的な笑みを浮かべ笑い出す。向こうに帰す気はないと言わんばかりに。
「それは困るな、お嬢ちゃん。約束が守れないじゃないか」
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