第2話 逃れられない


 その後、柳風斗は自宅であるアパートに帰された。ただどうすればいいのかわからない。


 一瞬にして友人を失いそれどころか未知の恐怖が全身を駆け巡る。何故、友人達はあんな最期を迎えたのか。何が友人達をあの姿に変えたのか。何もわからない。あの刑事は何も教えてくれなかった。


 ただ今まで感じたことのない死の恐怖に恐れ慄いた。

 バイトも大学にも行く気になれず外を出るだけでも恐ろしかった。


 ただ楽しかった思い出達は砂となり川に流された。

 馬鹿みたいに遊んでいた日々はもう来ず、危惧せず踏み入れてしまった悪夢はいつ襲ってくるかわからなかった。


 来る日も来る日も彼は家に籠り続けた。酒を飲み食糧が無くなるまで。そうして三日で食べれる物が無くなりかけ自分の今後に不安を感じた。


 このまま餓死するか未知が潜む外に出るか。


 このままであれば死ぬことは避けられない。だが外にはまたあのような死が潜んでいる。彼は大層それが恐ろしかったのだろう。避けられぬ死を目前に自宅最後のビールを飲みなるべく頭を蕩かし外に出る。夜であったことが余計に恐怖を掻き立てる。


 傍から見れば彼はまともな人間ではないのだろう。


 酒の匂いを漂わせて目は虚ろ、少しの音に過剰に反応する様はどう見ても異常者のそれだった。


 夜、それも人通りの少ない地方に住んでいるからこそ目的地のコンビニまで誰とも出会わなかったのが幸いだろう。


 長く持つように。彼は荒れ果てた心の中、コンビニで目的の食糧を確保する。なるべく多くなるべく長く持つよう。コンビニに1万円分の食べ物を買った酒臭い異常者に店員は怪訝な顔をしたが。両手に買い物袋を下げた足取りの覚束ない男はゆっくりと帰路につく。


 一歩、一歩。


 一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩一歩


 帰れない。



 男は焦燥していた。いつもの大したことがない市街地を徒歩五分程の短いコンビニとアパートまでの距離。すぐ行けてすぐ帰れる。そのはずだ。そのはずだから男は外に出たのだ。ビール一缶のアルコールが抜けてきてより男はより恐怖を感じてきた。

 帰れない。コンビニまで五分、だがコンビニから今十五分。そんなはずがない。


「ははは、あははははおははは!」


 男はとうとう恐怖を誤魔化す為笑いながら走り出した。頬を冷たい一滴冷たい水滴が垂れる。


「ほらここを曲がれば!」


 男が目にしたのは橋の上。冷たい風が男の脇を通り抜ける。

 橋の下に友人達と別れた藪が見える。男の帰り道には川は渡らない。


「いやだ」


 男は自らの結末を想像した。


「いやだ」


 恐らくこの異常を起こす主はきっとそこにいる。


「いやだ……」


 とうとう男はろくに動く事も出来ず恐怖に心をへし折られる。

 その場に座り込みうずくまる。彼の周りに誰もいない。助けなどない。




 はずだった。


「お前さんこんな所で何してる」


 柳は顔を上げ声を掛けた人物を見る。


「刑事さん?」


 それは彼を取り調べていた刑事だった。

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