家庭訪問 ~汐里の秘密~

はおらーん

家庭訪問


「ふぅ、やっと終わった…最後は石井さんの家か」


私は慣れない住宅街の運転に辟易しながら、ダッシュボートに置いたリストに目を通す。運転だけでも大変なのに、生徒の家ではさらに緊張する。ベテランの先生であれば毎年のことで慣れているのかもしれないが、新任の自分にとって、家庭訪問は高いハードルだった。


「ええっと、石井さんは、と」


生徒の情報がメモされたシートに目を通す。備考の欄には「一番遅い時間を希望」と走り書きされている。昨年度の成績表に目を移すと、素晴らしい成績が並んでいる。当時の担任からは、石井汐里を褒めるコメントがたくさんついていた。学級委員や、ピアノの伴奏までこなしている。私自身の石井さんへの評価も、そのシートとそう変わるものではない。大変優秀な生徒と言って間違いない。


「石井さんのところはちょっと気がラクかな…」


ふうと大きく息を吐きだすと、私は再びハンドルを握って車を発進させる。しばらく走ると一軒家の立ち並ぶ住宅街に車が入っていく。閑静な住宅街という言葉がぴったりだった。スマホのマップを見ながら徐行していくと、メモに書かれた特徴通りの家に到着した。家や学校で問題行動があるような生徒、成績が振るわない生徒の家庭訪問は気も時間も使うが、汐里の場合は絵にかいたような優等生だ。さっと話してすぐに終わるだろうと私も高をくくっていた。



インターホンを押すと、「ハーイ!」と元気な声が聞こえ、「お母さん、先生来たよ!」と汐里が促す声が聞こえる。ガチャッと玄関が開くと、綺麗な長髪の少女がサンダルを履いて出てきた。


「先生、こんばんは!」


「汐里ちゃん、こんばんは」


しばらくすると汐里の母親が顔を出し、玄関に通される。高学年にもなると訪問時は生徒が同席することも少ないが、汐里は母親の横に正座してニコニコと私たち大人の会話を聞いていた。友達関係も良好で、学校の活動にも積極的に参加している。少し算数が苦手なことを除けば、勉強に困っていることもない。10分ほど学校の様子などを話し、そろそろかなと私も思い始めた。



「その他にお母さんの方で気になることなどはございますか?」


私は笑顔で家庭訪問を切り上げるときの常套句を言う。


「先生、あの…」


母親は一瞬のことだったが、心配そうな視線を汐里に向ける。汐里が、普段見せないような表情をしたのを私は見逃さなかった。汐里は、意を決したように、お母さんに向かって、うんと首を縦に振った。


「何かご心配なことがございますか…?」


2人の様子を見て、私はおずおずと話を促す。高学年の女の子特有の人間関係の悩みか、それとも私が気付かないうちにクラスでイジメでもあったのか、何を相談されるのかを想像して冷や汗が出るのを感じる。


「たしか6月に自然学校がありますよね?そのことで心配なことがありまして」


「ええ、そうですね」


意外な話題に虚を突かれる。どうやら自分へのクレームやいじめの問題ではなさそうだったのでホッと胸をなでおろす。さっきまで笑顔で話を聞いていた汐里の表情が硬いのに気付いた。お母さんの横で小さく肩を寄せて、心配そうに私たちの会話に集中している。まるで説教でもされているかのような様子は、普段から明るい優等生の汐里には似合わないなと私は思う。



「実は、この子まだ夜が心配で…」


「夜、ですか…?」


母親の意図を汲みかねて聞き返す。「夜が心配」とは、どういうことだろうと一瞬理解できなかった。小さな幼児のように、暗闇が怖いということだろうか。母親は、私が的を射ていないと察して、言葉を続ける。


「あの、お恥ずかしいのですが、この子まだおねしょが心配で…」


「おねしょ」という言葉出た瞬間、汐里はぎゅっと握っていたこぶしを、一層強く握りしめる。お母さんの方に向けていた眼は、涙がこぼれないように懸命に我慢しているように私には見えた。


「おねしょ、ですか…」


母親の意外な言葉に、私は返す言葉が見つからない。高学年になってもおねしょをする子がいるというのは頭では理解しているが、優等生で何事も器用にこなすタイプの汐里が、おねしょに悩んでいるというのはピンと来なかった。できるだけ驚いている様子を見せないように努める。


「そうなんですね、それは大変ですね…」


否定することがないよう、言葉を選びながら返事をする。チラッと汐里の様子を伺うが、さっきから固まったまま動かない。


「小さい頃からずっとで。3年生の時に病院で診てもらったこともあったんですけど、結局本人が行くのを嫌がってしまって。結局こんなギリギリになってご相談する形になったんです。先生も急にこんな相談されても困りますよね。他にうちみたいなお子さんなんていないでしょうし…」


「あ、いえ、そんなことないですよ…」


経験の少ない私に、そんな特殊事情を抱えた生徒を見た経験があるわけはないが、その場の勢いで、そんなことはないですよ、と言ってしまった。


「あ、その、大学の授業や養護教諭の勉強で聞いたことはあります…」


嘘はいけないと思い、自分の知っている範囲でなんとか返事をする。急なことにあたふたと取り繕おうとする私を見て、自分のおねしょのことを話題にされている汐里は何を考えているだろうと一瞬冷静になる。若いながらも必死に言葉を繋ごうとする私を見て、母親はクスッと笑った。


「娘からはとてもいい先生だと伺っています」


「え?」


急なお母さんの言葉に戸惑いながら顔を上げると、汐里は少し恥ずかしそうにお母さんを肘でつついていた。さっきの硬い表情が少し和らいだのを見てホッとした。


「おねしょのことがあったので、自然学校はもうお休みにしようかって、娘と話してたんです。でも、やっぱり友達と行きたいみたいで。最初は、自分で処理しようかというのも考えてたんですけど、この子が『先生になら相談してもいい』って言うもんですから…」


「は、はぁ…、ありがとうございます」


まだ教員にあって間もない自分の、一体どこをみてそう思ってくれたのかわからなかったが、優等生に認められるというのは嬉しい。


「汐里ちゃん、ありがとうね」


おねしょの話題になってから初めて汐里に声をかける。


「い、いえ…」


まだ恥ずかしさは拭い切れないのか、顔を赤らめ、作ったような笑顔で汐里は返事をする。


「私、先生となら自然学校行けると思って…。恥ずかしいんですけど、家庭訪問の時に夜のこと相談しようって、お母さんと決めました」


絞り出すように汐里は話す。お母さんも私も真剣な様子で汐里が話すのに耳を傾けた。しっかりもののように見えるが、中身はまだ5年生の少女だ。十分すぎるほど羞恥心の育った年齢の子が、自分の恥ずかしい癖について話をするのは、大変勇気のいることだっただろう。汐里の気持ちを思うと、胸がきゅんと潰れそうになる。絶対に汐里の力になってあげようと心に決めた。




「率直にご相談いただいて、ありがとうございます」


私はお母さんの方に向き直って、丁寧に頭を下げた。


「汐里さんの夜の件は、おまかせください、力不足なところもあると思いますが、汐里さんのお力になります」


さっきまでのテンパり具合はどこかに消えてしまったようだ。



「私、はじめてのことなんで、どうやったらお力になるか教えてもらえますか?」


力強い私の言葉を聞いて、汐里と母親は顔を見合わせてううんと頷く。汐里だけでなく、母親の方も私のことを信頼してくれたようだった。まずは汐里の現状について細かく教えてくれたので、私も必死にメモ用紙にペンを走らせる。なぜ最後の時間帯を希望していたのか、今になって理解することができた。


「その、おねしょは毎晩ですか?」


「そうですね、たま~にしないときもあるんですけど、月に何回かくらいですね。基本的には毎日です。通院していた時には夜尿症と診断されたんです」


「やにょうしょう…?」


「ええ、夜に尿と書いて夜尿症です。5歳以降のおねしょは夜尿症と呼ばれる、だったっけ、汐里ちゃん?」


「うん、そう」


ベテランの先生であればそれくらいの知識はあるのかもしれないが、私にとっては夜尿症という言葉自体が初耳だった。


「病気なら仕方ないですよね~」


フォローのつもりで軽いトーンで話すと、聞いていた汐里も「ですよね~」と明るく応える。話を切り出すまでは緊張しっぱなしだったが、大好きな先生に受け入れてもらえたからか、いつもの汐里に戻っていた。



「えっと、実際自然学校に行くときはどういう対処が必要になるでしょうか」


段々と話が具体的な内容になる。


「ハイ、汐里には紙おむつを持たせますので、先生には着替えの部分でお手伝いをお願いできたらと思ってます」



「紙オムツ!?」


予想外の言葉につい声が大きくなる。おねしょ自体も予想外のことではあったが、せいぜい寝る前にトイレ促したり、夜起してトイレに連れていくくらいのものだと思っていた私は、母親の言葉に面喰ってしまった。


「あ、すいません…」


過剰な反応だったかもしれないと詫びた。


「驚かれるのも無理ないですよね…。5年生にもなって夜のおむつが外れていないなんて…」


お母さんが申し訳なさそう表情で私をフォローしてくれた。低学年の頃はおねしょシーツなどで対応していた時期もあるそうだが、高学年になり、成長に伴いおねしょの量が増えると、おねしょシーツでは対応しきれなくなった。最初は汐里もおむつを履くことに抵抗していたが、朝布団やパジャマが汚れていない楽さに気づいてからは、母親に言われる前に自分からおむつを手にするようになっていた。


「汐里ちゃんが履けるサイズのおむつがあるんだね…」


独り言のようにつぶやく。おむつといえば、小さな赤ちゃんか、介老人介護のイメージしかなかった。汐里のように思春期を間近に迎える少女がおむつを履いているというのは想像がつかない。


「最近は子供用でも大きいのがあるんです。そうだ、汐里ちゃん」


母親は汐里に促して2階にある自室に向かわせた。階段から降りてきた汐里の手には、生理用品より一回りほど大きなサイズのパッケージが抱えられている。


「先生、これ…」


汐里は恥ずかしそうに私の前にピンク色のパッケージを差し出した。パッケージは既に開封され、何枚か使っているようだった。


「スーパービッグ…?」


私は再び誰に向かって言うでもなく、独り言のように呟く。


「ええ。子供用だとこれが一番大きいサイズみたいです。お店だとあまり売っているところを見ないですし、このサイズだとCMもないので、ほとんどの方がご存じないとは思いますね…」


私は目の前に置かれたパッケージをそっと触ってみた。ビニールの突っ張った感触が指に伝わる。目の前のパッケージは裏面を向いている。大きなお子様に…、一晩中のおねしょも安心…など、大きな子供向けのおむつであることがわかるフレーズが並ぶ。私はパッケージを少し持ち上げ、くるっと前面の方にも目を遣る。


「お母さんあの、これムーニーマンって」


「ええ、そうですね」


「ムーニーマンって、てっきり赤ちゃんのアレかと…」


「赤ちゃん」という言葉に汐里の頬がほんのり赤く染まる。


「乳幼児だとMとかLサイズだと思うんですけど、小学生にもなるとBIGサイズでも小さくて…。結局一番大きいスーパービッグサイズにお世話になるとは思ってなかったですね。汐里の夜尿症がなければこんなサイズがあるなんて知らなかったと思いますが…」


汐里の母親は、本気とも冗談ともとれるトーンで話す。汐里のことを思って、本人には何度も「気にしなくて良い」と言ってきたが、本音のところではお母さん自身も汐里の夜尿症には人一番気を揉んできたのかもしれない。


「私もこんなサイズがあるとは知らなかったです…」


「このまま中学生まで継続したら、今度は大人用のおむつ買うことになるんですかねぇ。私よりも先にこの子が大人用のおむつ履くことになるなんて…」


わざとらしい調子で言うお母さんに、汐里は「もう!」と頬を膨らませて怒る。お母さんが「冗談冗談!」と言うと、私もおかしくてプッと噴き出してしまった。



「ちょっと、先生も何笑ってるんですか!」


元々整った顔の汐里だからか、怒った顔もかわいらしいなと私は思った。



「えっと、なんだっけ…」と私が言うと、「自然学校の段取りです!」と頬を膨らませたままで汐里に促された。本当にしっかりした子だと思う一方、この子が毎晩この紙おむつを履いて寝ていると思うと、そのギャップが少し愛おしいとさえ思えた。学校では隙のない優等生のようだったが、時に恥らいながら夜尿症の話をする汐里は、年齢相当の少女のようにも見えた。



「お時間も遅いですし、簡単にお話させてもらいますね」


汐里の母親は一度座りなおして話の軌道を修正する。時間の話題が出たのでチラッと腕時計に目を遣ると、19時前を指している。そろそろ晩ごはんの準備があるのかもしれない。


「ええ、そうですね。それで私にできることというのは…?」


「ハイ。汐里とは話し合っておむつを持っていくことまでは決めてるんですが、どうやっておむつに履き替えるかが問題で…。私たちも当日の流れがよくわからなかったので、その点を先生にご相談できたらと思っていたんです」


「なるほど…、たしかにクラスの子たちに絶対にバレないようにしないといけないですよね…」


私は現時点でわかる限り、夕食後から消灯までの流れを母親に説明した。汐里も熱心に話を聞いている。


「そうなると、やはり寝る前におむつに履き替えるしかなさそうですね…」


「そうですね。できれば目立たないように着替えたいですよね…」


なかなかいい案が浮かばない。



「あの…」


頭を抱える大人ふたりに、汐里が口を挟む。


「前に通院してるときに聞いたんですけど、薬を飲むから先生の部屋に行くって部屋の子に説明して着替えに行くのがいいって…」


大人ふたりの表情がパアッと明るくなる。我が意を得たといわんばかりに私も「それいい!」と話しに乗った。


「朝も同じ理由で先生の部屋に行けば汚れたおむつ外せるかなって…」


自分で自分のおむつを交換する段取りを話す汐里は、やはり恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「それで、あの…」


作戦はこれで決まったと私は思ったが、汐里はまだ気になることがあるらしい。


「汚れたおむつを部屋に持って帰れないので、その先生に…」


「ああ!うん、それはまかせて!誰にもバレないように処理しておくから!」


私がそう言うと、汐里はホッとした様子を見せる。自分の汚れ物を誰かに処理してもらうということがすごく気にかかっていたらしい。そういう他人に配慮できるところも、汐里が大人から評価される所以なのかもしれない。


「汐里ちゃん」


「ハイ」


私が一度座りなおし、汐里の目を見ながら声をかけたからか、汐里は背筋をピンと伸ばして返事をする。


「そんなに先生に気を使わなくてもいいよ。おねしょしちゃうことも汐里ちゃんのせいじゃないし、おむつのお世話するのも先生の仕事だから」


汐里はまっすぐ私の目を見つめる。


「それにね、実は今日ちょっとうれしかったよ。汐里ちゃんが先生のこと信じてくれてるってわかったのもそうだけど、初めて本当の汐里ちゃんを知れた気がする。とてもイイ子だってのは知ってたけど、どこか学校では壁があるような気がしてて。それが夜のおむつが原因なのかはわからないけど、今日会った汐里ちゃん、今まで一番素敵だって思ったよ。おむつもかわいいし」


最後の一言は余計かなと思ったが、真面目な汐里はまっすぐ私の目を見て、素直におおきく頷いた。そんな2人の様子を見て、汐里の母親は、この先生なら安心して任せられると改めて思った。



「お母さん、私も力不足なりに精一杯サポートするのでご安心ください。今日は遅いので一旦失礼しますが、また詳細は相談させてください」


「はい、こちらこそお手数おかけします。先生のこと、頼りにしております」



おむつの受け渡しやそれ以外の詳細については、後日相談することになり、話し合いは終了した。メモをかばんに仕舞おうとしたとき、ぐぅと大きな音が出てしまった。こんなタイミングでお腹が鳴るのは恥ずかしいと思いながらも、生理現象は止められない。汐里と母親の耳にも届いていたようだ。


「先生、遅くまでお手数おかけしました。規則ではお茶を出すのもいけないとは存じていますが、長くなりましたし、よければご飯ご一緒しませんか?もちろん他の方にはお話しませんし…」


「あ、いえ、そんな結構です…」


お腹の音を聞かれた上での提案だとわかっているのでとても恥ずかしい。私は顔を赤らめながら抵抗したが、汐里の「先生と一緒にごはん食べたいな~」という笑顔にやられ、結局上がり込むことになってしまった。汐里は、玄関に持ってきていたおむつのパッケージを再び抱えると、「こっちです」と私をリビングまで案内してくれた。リビングに入ると、壁際に置かれた立派なピアノが目に入る。


「先生、すぐできるんでちょっと待っててくださいね」


「いえ、この後何もありませんし、大丈夫です」


汐里は小学校に入る前からピアノを習っているらしく、学校の行事でもピアノの伴奏をしてくれている。汐里は抱えたパッケージをピアノの傍に置き、ご飯ができるまでの間、楽譜を広げながら楽しそうにいろんな話をしてくれたのだった。



「それでね、2組のひろみちゃんが…」


「へ~、あの子たち仲いいんだ~」


ご飯の最中も汐里のおしゃべりは止まらない。学校では友達の話をニコニコと聞いているだけの印象だったが、家庭訪問で夜のことを知ってからは人が変わったように思える。夜尿が原因で少し内向的になっているだけで、こっちが本来の汐里の姿なのかもしれない。



「汐里、そろそろお風呂入ってきなさい。明日も学校でしょ」


「はーい」


そんなやりとりも見て、私も一旦おしゃべりを止めて壁の時計を見る。8時を少し回ったところだった。汐里は、名残惜しそうに私の方に目を向けながらリビングを後にした。


「お母さん、遅くまで居座ってしまいまして…。私もそろそろお暇いたします」


「いえ、いいんです。とりあえずコーヒーだけでも…」


そう言いながら、二人分のコーヒーカップをテーブルに置きながら汐里の母親は私を引き留めた。


「大したことではないんですけど、ちょっと先生にお願いがあって…」


「お願い、ですか…?」


「ハイ。さっきの話の続きにはなるんですけど、汐里にとっての夜尿は、あの子の一番の秘密でして…」


「ええ、わかります。必ず秘密は守ります」


母親は私の言葉を受けてにっこり微笑み、言葉を続ける。


「今まで私以外に秘密を打ち明けたことはないんです。体のことなので一応主人には話してますが、主人には知らないフリをしてもらってるんです。そんな子がいきなり自然学校で先生の前で着替えられるか不安で…」


「そう、ですね…」


汐里のことをしっかりものの5年生と思っていたが、母親からすれば何歳になっても、子供は子供だ。誰にも打ち明けられない秘密を抱えてお泊まりに行くとなれば、大きな不安を感じるのも自然なことなのかもしれない。


「なので、実は今日とても不安で…。もし先生が汐里の秘密を知ったときの反応で、あの子が傷つくかもしれないって、思ってしまったんです。先生を試すようなことになってしまって、本当にすいません…」


そう言って深々に私に向かって頭を下げた。


「いえ、お母さんのご不安は自然なことです。確かに最初は驚きましたけど、汐里ちゃんの新しい一面が見れて良かったですよ!おねしょくらいって言うと汐里ちゃんに怒られそうですけど、私はただの個性だと思ってますから」


私の言葉にホッとしたようで、母親の顔に笑顔が戻る。


「そう言っていただけると、私も汐里も救われます」


「いえいえ、そんな大層な…」


私は少し恥ずかしくなって、ハニカミながらお礼の言葉を受け取る。変な間ができてしまい、私は急いでコーヒーを口元に持っていく。普段はブラックなんて口にしないが、今日はコーヒーの苦さが頭を整理するのに役立ったような気がした。汐里の母親もコーヒーに口をつける。カタンとカップを下ろすと話を続けた。


「あの子、泣いたんです」


「汐里ちゃんが?」


「ええ。とは言っても2年生か3年生くらいだったかな。年の割にしっかりしてるなと親ながら思ってはいたんですけど。どうしても夜の失敗が治らなくて、今晩からオムツにしよっかって私が提案したら、ちっちゃい子みたいに泣きわめいて…」


「そんなことがあったんですか…」


「今でこそ受け入れているようには見えますけど、たぶん内心はイヤでイヤでしょうがないんだと思います。親のことを思って文句ひとつ言わないですけど…」


「優しいですね、汐里ちゃん…」


私が心からの気持ちを伝えると、お母さんは静かに頷いた。



「先生、もうすぐ汐里がお風呂から上がってくると思うんですけど、おむつに着替えるのを見てあげてもらえますか?自然学校の日に急に先生の前で着替えるのも恥ずかしいと思うので、今のうちに見ておいて欲しいとおもって。汐里もその方が当日安心して着替えられると思うんです」


「わかりました、お母さん。汐里ちゃんが傷つかないように私も気を付けますんで。それに、きっと汐里ちゃんのおむつ姿、本当にかわいいと思いますよ?」


母親がくすっと笑うと、リビングの向こうで「お風呂出たよー!」という汐里の声が聞こえた。


「汐里、パジャマの上だけ着てこっちに来てー!」


お母さんはテーブルに座ったまま脱衣所にいる汐里に向かって叫ぶ。しばらくすると、そーっとリビングのドアが開き、汐里が顔だけにょきっと出す。


「上だけって、パンツもナシ?」


「そう!早く入ってきなさい」


「え~、だって先生もいるのに!」


「私は大丈夫だよ」と言ったが、汐里は恥ずかしそうに渋っている。しばらくすると、観念した様子で、ゆっくりとリビングのドアを開けた。上は肩紐のついたキャミソールだけを身に着け、下半身は手に持ったピンクのハーフパンツで大事な部分を隠しながら私の前に立った。


「汐里、先生には話してあるから。今日はここでおむつに着替えなさい」


「えーー!?ここで?」


こんなに取り乱して大声を上げる汐里は私も見たことがない。


「無理無理!だって先生も前だよ!?」


「どうせ自然学校では先生にお世話になるんだから。今見てもらっても何の問題もないでしょ?」


「それはそうかもしれないけど…」


「それとも、自然学校では先生の力借りずに自分でおむつに履き替える?」


「それは…」


しっかりモノとは言え、5年生であることには変わりない。段々とお母さんの勢いに押され、結局リビングで着替えることになった。


「先生、笑わないでいてくれる…?」


観念した様子の汐里は、上目遣いで私に最終確認をする。


「もちろん笑わないよ!」


私の言葉を聞き、汐里は手に持っていたハーフパンツをピアノの椅子の上に置いた。おむつをパッケージからとるために一旦しゃがんだが、きゅっと引き締まったお尻がはっきりと見える。まだ胸の成長は来ていないようだが、華奢な汐里の体からは、スラっと長い手足が伸びている。


「汐里ちゃんが一番好きな柄見せてほしいな」


私がそう言うと、「え~、どれも一緒だよ~」と言いながら、ゴソゴソとパッケージの中をまさぐり始めた。何枚かおむつを出したり袋に戻したりしながら、好きな柄を探しているようだった。


「せんせー、どっちがいいですか??」


ちょっぴり嬉しそう、ちょっぴり恥ずかしそうに、汐里は両手に1枚ずつおむつを持って私の方を振り返った。右手にはカラフルな文字でたくさんHAPPYの文字が書かれ、左手にはピンクや紫の花が前面に描かれている。


「わぁ、汐里ちゃんのおむつすっごいかわいいね!どっちもかわいいな~」


お世辞で言ったわけではなく、本心からの言葉だった。パッケージはたしかに子供用のおむつを同じだなと思ったが、中身も子供用と変わらないとは思っていなかった。大人用の紙おむつのように、真っ白のものを想像していた私にとって、小学生が好んで履くようなパンツの柄と同じようなおむつだったことは意外だった。


「そうだな~、じゃあ右手の方!」


私は純粋にかわいいと思った方を指さす。


「先生も?私もこれが一番かわいいと思ってて~」


おねしょやおむつのことになると途端に暗くなる汐里を毎日見ている母親にとって、こんなに楽しそうに汐里がおむつのことを話しているのは意外な光景だった。それほどこの先生を信頼しているのだろう。


「じゃあこっちにします!」


汐里はそう言うと、左手に持った方のおむつをパッケージに戻し、HAPPY柄のムーニーマンを両手に持った。パンツを履くのと同じように、右足を上げたところで一瞬汐里の動きが止まる。


「先生、そんなにじっと見られたら恥ずかしいです…」


私は今まで見たことない光景を目の当たりにして、ついつい汐里の一挙手一投足に見入ってしまっていた。


「ごめんごめん」


私は再びコーヒーを啜る。ミルク入れればよかったなと思いながら、横目で汐里がおむつを履くのをじっくり観察した。おむつを履くために汐里が前かがみになると、まだ湿った状態の長髪がバラバラと肩から落ちてくる。髪に隠れて汐里の表情は読めない。汐里はそのまま両方の脚をおむつに通すと、膝のあたりまで引き上げる。そこで一度体を起こし、髪をまとめて後ろに持って行った。汐里の整った顔は、少しの恥じらいを湛え、どこか大人っぽく、5年生とは思えないような色気があるように感じられた。


髪を整えると、再び前かがみになり、膝まで上げたおむつを一気に腰まで持ち上げた。股繰りに指を挟みこんでギャザーを整え、ようやくおむつを履き終えたようだった。


「先生、どうですか…?」


汐里は、まだ恥ずかしさの消えない表情を私に向けて問いかける。


「なんていうんだろ、似合ってる?っていうとおかしいのかな…。なんか思ったより自然な感じで、そう、かわいい」


5年生とは思えない表情に私はドギマギしてしまい、返答に詰まる。なんとかかわいいという言葉を絞りだしたが、汐里がどう感じたのかはわからない。


「いや、先生そんなに気を遣わなくても…。5年生になってこんなの履いてるの恥ずかしいって私もわかってますから!」


逆に汐里の方が焦って私のことをフォローしてくれている。改めて汐里の方を見ると、子供用のおむつがぴったりお尻を包んでいる。スラっと伸びた華奢な汐里の体を、おむつの厚さでダメにしているのを見ると、妙な違和感を覚える。それが余計に私の胸を高鳴らせる。下腹部の恥ずかしいふくらみ、分厚い吸収体に包まれた汐里のお尻をもう少し見ていたいと思ったが、教師としての理性の方がまだ強かったらしい。


「ううん、汐里ちゃん、そんなことないよ。それよりも、風邪ひいちゃうからズボン履いとこ?」


汐里はハッとして、「そうですね…」とつぶやきながら急いでハーフパンツを履いた。元々モコモコしている素材のハーフパンツのおかげで、一度履いてしまうと下におむつを履いていることには気づかない。いくらパンツより厚手だとは言え、サイズがぴったりのパンツタイプのおむつであれば、そう気付かれることもないだろう。自然学校では就寝時はみんな体操服になるが、おそらくそれでも大丈夫なはずだ。




「先生、今日はわざわざありがとうございました」


玄関口に立って、汐里の母親は深々と頭を下げる。


「いえ、こちらこそ夕食までいただいてしまって…」


私も同じように深々と頭を下げる。汐里は、自分の部屋に持って帰るためにおむつのパッケージを手に提げて玄関まで見送りに来てくれた。


「先生、おやすみなさい!」


「汐里ちゃん、おやすみ。また明日学校でね」


汐里は手に提げていたパッケージを胸に抱えなおすと、そのままお母さんと一緒に頭を下げた。私は、生徒の知らなかった一面を知れた喜びと、自然学校をどう乗り切るかの問題の2つを抱え帰路についた。


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