おじはたぬきで めいっこきつね

秋谷イル

おじはたぬきで めいっこきつね

 俺の名は大塚おおつか 豪鉄ごうてつ。わけあって一ヶ月間、三歳の姪っ子・夏ノ日なつのひ 友美ともみを預かることになった男よ。厳つい顔の大男が和装をしていると考えてくれ。それが俺だ。

 姪の友美は妹に似て愛くるしい容姿をしておる。正直、俺にとっても目に入れても痛くないほど可愛い。もちろん、そのようなこと言わぬがな。甘やかすつもりはない。俺はこやつを一人前の大和撫子に育てると誓ったのだ。

 そんな俺が、健康のため散歩ついでに友美と共にスーパーで買い物をしていた時のことである。

「おじちゃん」

 カートに座らせている友美が棚の一角を指差した。何事かと思って指の示す先を見るとカップ麺が並んでいる。

「どうした?」

「あれ、おとーさんたべてた」

「ほう」

 赤いきつねと緑のたぬきか、懐かしいな。会社員時代はよく食っていたものだ。自炊する暇など無かったしな。

 ちなみに俺は、つい最近宝くじを当てて会社を辞めたばかり。なので姪の面倒を見る余裕があるわけだ。

「ともみもたべてみたい」

「ぬうっ」

 友美の要求に、俺はしばし考え込む。こやつの母、つまり俺の妹はあれで食には厳しい。このようなジャンクフードを食べさせたと知れれば怒るかもしれん。

 しかし、友美めは俺に期待の眼差しを向けておる。おのれこやつめ、いつも行く駄菓子屋でも見せないような表情を。


 やがて俺は決断を下す。


「……一個だけだぞ」

「いっこ?」

「一個だ。赤いのと緑の、どっちがいい?」

「じゃあ、おじちゃんもたべて」

「何?」

「はんぶんこして、どっちもたべる」

 ちゃっかりしておる。

 流石は美樹みきの娘よ。




 帰宅してしばらく遊んだ後、夕方のアニメを見終わったところで友美が駆け寄って来た。

「らーめん! らーめんたべよう!」

「友美よ、あれはラーメンではない」

「ちがうの?」

「あれらはそばとうどん、すなわち日本伝統の麺料理よ」

 晩飯にはちと早い時間な気もするが、これ自体量が少ないからな。早めに食って足りなかったら後で何か作ってやろう。そう考えた俺は先程のカップ麺を二つとも持ってくる。

「これ、どうやってたべるの!」

「うむ、これはだな」


 ──作る過程をいちいち書く必要はあるまい。省略する。


「できた? できた?」

 湯を入れたいというので、俺と二人でお湯を入れてから十数秒。気の早い友美に「まだだ」と言って抱き上げ、あぐらをかいて膝に座らせてやる。

「しばし待つがよい」

「どのくらい?」

「たぬきが三分で、きつねが五分だ……あそこの時計が見えるか?」

「うん」

「長い方の針が5になったら、たぬきの方から食べるとしよう」

「たぬきってどっち?」

「そばだ」


 三分後。


「よし、できたぞ。食べてみるか」

「うん!」

 だっこしたままでは食べさせにくい。俺は腕を伸ばして友美用の椅子を引き寄せ、そちらに座らせた。

「少し待つのだぞ、取り分けてやるからな」

「いいにおい」

「うむ、そばの香りは俺も好きだ」

 この独特な芳香。これがあるから俺としてはそばの方が好ましい。

 天ぷらは本来後から乗せるものだが、それでは友美が食えん。今回は待ち時間の途中で投入して適度にふやかしておいた。

「よし、よくフーフーして食べるのだ。俺が吹いてやるか?」

「いい、じぶんでやる! ふー、ふー」

 うむ、それでこそ我が姪よ。友美が自分の手でそばを食い始めたのを確認し、俺もカップを持ち上げる。半分こと言われたが、友美にこれ一杯分は多かろう。というわけで七割ほど残してある。

「おいしい。ふつうのおそばよりたべやすい」

「ほう」

 なるほど、麺が細くて縮れておる。加えて普通のそばより滑りにくい。だから子供でも持ち上げやすいわけか。

「栄養が偏ってはいかん。この小さいかまぼこもお前が食え」

「ぺったんこ」

「食べてみよ」

「おいしい」

 うむ。なによりだ。

「おいしかった。ごち! そう! さま! でした!」

「待て待て、まだうどんもあるぞ」

 もしかして腹が一杯になったか? そう思ったが、友美は予想外の答えを返す。

「いまのは、たぬきさんにいった」

「たぬき?」

「このみどりの、たぬきさんがつくってるって、おとーさんがいってた」

 友也ともやよ、そんな嘘を吹き込んだのか? いやまあ、しかし「緑のたぬき」のたぬきとはなんだと訊かれたら、俺も答えに窮して似たような話をするかもしれん。

(今まで疑問にも思わなかったが、何故たぬきなのか……きつねは油揚げだからだと思うが、やはり確信は無い。後で調べておこう)

 今はまず、この少しのびてしまった赤いきつねを食ってしまうとしよう。

 先程と同じように、少量を友美の器に取り分けてやる。油揚げは、お湯を注ぐ前にあらかじめ切っておいた。

「その油揚げは熱いつゆが出てくる。麺よりも、さらによく冷ましてから食べるのだ」

「わかった」

 本当にわかっただろうな? ハラハラしつつ俺は自分のうどんを平らげた。うむ、緑のたぬきもそうだったが、久しぶりに食っても美味いものだ。

 特にだしが良い。カップには魚介エキスと書かれているがカツオか? それに昆布。そして醤油。日本人にはたまらん組み合わせよ。


 さて、いつものように俺が先に食事を終えた。子供と飯を食う時には何かと世話を焼くからな。必然早食いになる。


「友美よ、そろそろ油揚げを食べても大丈夫だぞ」

 こやつ、ちゃんと言いつけを守って今まで麺だけを食っておったわ。

「ふー、ふー」

 念のため、さらに息を吹きかけてからかじる。すると、くりくりした目がさらに大きく見開かれた。

「おいしい!」

「おお」

「おつゆがいっぱいでてきた!」

「うむ、それがきつねうどんの醍醐味よ」

 もう少し大きくなったら、熱いうちにかじりつけるようにもなるのだろうな。その時の反応が楽しみだ。

「たまごもおいしい」

「小さくてお前にぴったりだな」

「ともみのためにちいさくしてくれたの?」

「そうかもしれん」

 かまぼこも小さいしな。それに麺。やはり縮れていてフォークにひっかけやすい。子供に食べさせるにはありがたい話だ。

 友美は赤いきつねも完食した。さっきと同じように手を合わせて「ごち! そう! さま! でした!」と言う。

「美味かったか?」

「うまかった」

 そうかそうか、俺が頷きながらベタベタになった口の周りを濡れ布巾で拭いてやると、友美は空になった二つのカップを見比べつつ問いかけてくる。

「おじちゃん、どっちがすき?」

「ん? 俺は緑のたぬきだな」

「ともみ、こっちのあかいきつねさんのほう」

「そうか、意見が別れたな」

 まあ、強いて言えばという話で俺は両方好きだし、友美もおそらくそうなのだろう。

 その証拠に言われた。

「また、はんぶんこしよう」

「そうだな。ただし、これを食ったことはお前の母には内緒だぞ?」

「どうして?」

「俺が怒られるのだ」




 その夜、俺は夢の中でたぬきになっていた。腹太鼓をどこかで見たようなきつねが叩き、ポンポコポンポコ打ち鳴らす。

「はっ?」

 目を覚ますと腹の上で友美が寝ていた。こやつめ、いつの間にこんなところに。というか寝ながらどうやってよじ登ったのだ? 器用な奴め。

 下ろして再び隣に寝かせようかとも思ったが、思い直した俺はそのまま布団をかけ直した。

 今頃こやつも夢の中で楽しく腹太鼓を叩いているのかもしれん。ならば好きなだけ叩くが良い。将来、偉大なドラマーになるかもしれん。


 腹太鼓 赤いきつねの 手が鳴らし


「おじちゃん……たぬきさん……」

「ふっ、ほっぺの赤い子狐か……」

 可愛い姪っ子を抱いて、俺も再び夢の世界に旅立った。

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