06_奇襲

 (((((足)))))


 足音を立てると、足のついた場所を中心に、水面にものが落ちたように音の波が円状に伝わっていく。


 周囲のものと反響し、目を閉じていても、どこにどんなものがあるのか明確に分かった。小鳥や昆虫など小さな生き物でさえも、ある程度、居場所を把握することができた。半獣になると、こんなこともできるのかと思いながらも、次第に人間性が失われていくことが悲しく、怖く感じた。


「どうしたんだ、鬼山。急に目を瞑ったりして」


 僕が目を閉じ、聞き耳を立てている様子にアルバートは不審に思ったようだ。いきなり、隣にいる友達が、こんな行動をとれば、不審に思うのは当然だろう。僕も、彼の立場ならば、何をしているんだと思うにちがいない。


 彼に話しかけられても、僕は聞き耳を立てて、周囲の状況を探り続けた。命に関わることだ。今は、半獣がいないか、いち早く把握することが先決だ。


 どうか、半獣はいないでほしい。この場所には、いないでくれよ。


 そんな伏線を張って、周囲に、半獣がいないか、慎重に探していると、突如、心臓を両手で思いっきり握り締められたような衝撃が走る。


 いた......いた、いた、いた。最悪だ。


 僕たちのちょうど後ろの草むらの中に、半獣らしき人物が身を潜めているのを感じ取った。


 全身が、緊張で硬直し動けない。人の形をしているが、羽毛のような毛が生えているように感じた。後ろで隠れているのは、半獣で間違いない。


 しかも、身を潜める半獣は、何か僕たちにしようとしている風に見えた。河川敷の小石を指でつかみ、親指の先にそれをのせる奇妙な行動をしていた。


 (半獣は、何かをするつもりだ。早く、一刻も早く、ここから二人で逃げ出さなければ......)


 襲いかかられる前に、アルバートをこの半獣のもとから、離す。アルバートは半獣の存在にまだ気づいていなかった。僕だけがこの危険な状況を理解していた。


「アルバート、ここから、早く逃げよう!早く!」


 僕は閉じていた目を開き、アルバートに向かって言った。


 突然、僕が目を見開き、話したものだから、彼は少し驚きの表情を浮かべた後、言った。


「鬼山、お前。急にどうした。様子がおかしいぞ。まさか、半獣を見つけたのか、見たところ、いないようだが」


 勘が鋭すぎるよ、アルバート......。


 アルバートは、まだ半獣がこの場所にいると考えているみたいだった。僕に対して、疑念を抱いている彼を、説得して、この場所から遠ざけるには、かなり骨が折れそうだ。ああ、こうなったら、もうやけくそだ。


「いいから、ささっと黙って、僕について来い!!!ここから逃げるぞ!!!アルバート!!!」


 僕が、渾身こんしんの叫び声を響き渡らせ、彼の手首を掴んだ直後のことだった。 


 草むらに隠れていた半獣が放つ、おぞましい殺意を全身で感じ、戦慄せんりつが走る。


(殺される......恐怖に押し潰されそうだ。怖い。怖いけれど、集中するんだ。半獣の動きをしっかり見て、対応しろ、鬼山聖)


 自分に言い聞かせ、全身の感覚を研ぎ澄ます。それでも、半獣が何をしようとしているのか、皆目、見当がつかなかった。半獣の手は、アルバートの顔に、向けられていた。


 なんだ、一体......。


 半獣は石を親指と人差し指の間で挟んでいる。そして、人差し指に、力が入っているように見えた。


 これは、もしかして、親指の先に乗った石を指で弾いて、アルバートの頭部を狙い撃とうとしているのか。


 考えている暇はない。僕は、危険を察知して、反射的にアルバートを突飛ばしていた。


 しゅーん。


 それとほぼ同時に、半獣の手から、放たれた石がすさまじい勢いで加速し、一直線に飛んできた。凶器と化した、それはもはや、拳銃から放たれた弾丸だ。


 ぐさっ、しゅー。


 ものを穿うがち煙を上げる音が響く。


 弾丸のごとく放たれた小石は、紙一重かみひとえのところで、僕たちには当たらず、橋の柱にめり込んでいた。僕が、突き飛ばさなければ、確実に、石が、頭部に衝突し、アルバートは即死していただろう。


 僕は、慌てて、半獣が隠れている草むらの方を見たが、アルバートを突飛ばした一瞬の隙に、半獣は、どこかに姿を消してしまったようだった。


 その時、アルバートの動揺する声が突然、聞こえた。


「き、鬼山、お前......なんだ、その姿は......」


「えっ......」


 彼は、弾丸のように放たれた小石に動揺しているのではない。僕の顔を見て、動揺していた。

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