06_潜むもの
おかしい、何もかもが明らかに、昨日と違う。
僕は、いつの間にか、半獣になってしまったのか、一体、どうして......。
暗い気持ちが、心に染み渡る。授業が終わると、背中を丸めながら、すぐさま自宅に帰った。自分の部屋に入ると、ベッドに倒れ込み、大の字になる。天井を見て、今日一日、起こった出来事を思い起こした。
筋力、聴覚、視覚などの身体能力が昨日の比ではないくらい飛躍的に、向上している。人の身体能力を遥かに越えているようにさえ、思える。そして、沸き上がる人の血に対する欲望。人の血以外は、身体が拒絶し、嘔吐してしまう。まるで、化け物じゃないか。
ーー近づかないで......ば、化け物。
自転車置き場で、男子生徒が、恐怖でひきつった表情を浮かべながら放った言葉が頭を過る。思い出すだけで、心の穴をさらに抉られ、胸が苦しくて仕方がなくなった。
なぜ、こんなことになってしまったんだ。僕が何をしたっていうんだよ。
そうだ、あの傷。
ふと、朝起きて、洗面所で見つけた腕の傷を思い出した。袖を上げて、右腕に残る赤く腫れた二つの出来物を確認した。朝は、虫に刺されたくらいにしか考えていなかったが、もしかして、これがすべての発端なのではないだろうか。よくよく見てみると、まるで、二つの牙で噛みつかれたような噛み跡にも見えた。
だとしたら、いつ、噛まれたのだろうか。
僕は、今までのことを思い返しながら、いつ、噛まれたのかを考えた。朝起きた時点ではすでに異変が始まっていたように思う。昨日の夜、タイムベルに行き、半獣たちと出会った時だろうか。
蛇女ムグリが、飼っていた白蛇は、二つの鋭い牙を持っていた。白蛇の一匹が噛みついて、僕の身体は半獣に変わってしまったのか。
ただ、昨日、タイムベルから家に帰った直後は、身体に何の異変もなかったはずだ。右腕にも、こんな噛み傷は、ついていなかった。
ということは、帰宅した後、家で、噛まれたことになる。
あの日の夜のことを思い返してみれば、今まで忘れていたが、寝ている途中に、何かが、蠢くような音がしていたような気もする。もしかして、あの時、音を立てていたものが、僕を半獣にさせたものの正体だとしたら。
考えたくないけれど、この部屋に、まだ、潜んでいるかもしれない。
白蛇などの爬虫類は狭くて暗いところを好んで隠れると図書館の本で書いてあった気がする。タンスの裏やベッドの隙間などに隠れているかもしれない。
唾をごくりと、飲み込む。 まず、タンスの裏から、白蛇がいないか恐る恐る確認した。薄暗くて、よく見えず、携帯を取り出し、ライトをつけた。
幸いなことに、タンスの裏には、何もいなかった。やっぱり、自分の部屋にいるというのは考え過ぎだったのだろうか。
安心するのはまだ早い。いないと思わせて、出てくるパターンな気がする。
次は、ベッドの隙間を探してみよう。携帯のライトで照らし、ベッドの隙間を覗いた。
ーーその刹那。
ライトに照らされた暗闇から、何かが蠢き、僕の顔めがけて、鋭利な二本の牙をむき出しにして、勢いよく飛びかかってきた。
僕は、意識を集中させ、顔に届く前に、飛びかかってきたものの胴体を瞬時に掴んだ。今の僕は、動体視力が格段に上がっているため、人並み外れた動きで、掴み取ることができた。
にょろにょろと動くそれは、間違いなく白蛇だ。まさか、本当に部屋に潜んでいたとは。
蛇女ムグリが飼っていた白蛇と同じに見える。どういうわけか知らないが、タイムベルに行った時に、一緒に家まで連れてきてしまったらしい。
この白蛇のせいで、なりたくもない半獣になってしまったのか。
今までの日常が呆気なく失ってしまったのか。
僕の中で、白蛇に対する怒りが、沸々と湧いてきて、思わず蛇の胴体を握る手を強めたが、白蛇の様子を見て、手の力を緩めた。本来なら、白蛇には、表情がなく感情を読み取ることは不可能に近いが、不思議と今は、白蛇がとても怯えているように感じられた。
怒りに任せ、白蛇を殺してしまっていいのか。
半獣になってしまった怒りを、白蛇に当てたところで状況が何か変わるわけではない。怒りに任せていては、解決できることも見過ごしてしまう。辛い局面こそ、落ち着いて、考えるべきだ。透明な瓶に、白蛇を入れて、どこかに行ってしまわないように閉じ込めた。
閉じ込められた白蛇は、細長い赤い舌を出して、こちらを、寂しそうに見つめていた。先程まで、警戒している様子だったが、今は、落ち着いていた。
右腕についた噛み跡は、2箇所あり、白蛇の二本の牙と一致する。白蛇が、僕を襲ったと考えるのが普通なのだろうけれど、今の白蛇からは、敵意を全く感じなかった。白蛇は、先程まで、ひどく怯えているようだった。何にそんなに怯えていたんだろうか。
確かめに行くしかない。もう一度、タイムベルに行って、半獣たちの口から、聞き出す。もしかしたら、人間から半獣に戻る方法が存在するかもしれない。
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