11_いつもの明日を願って
アルバートは、蛇女ムグリの言葉を聞いて、少し沈黙した後、落ち着いた口調で話し始めた。
「分かった、分かったよ。悪かった。少し感情的になりすぎた。そちらが、俺を半獣にしたくないというなら、きっぱり諦めるよ。今までの話は忘れてくれ」
アルバートは、今までの態度を一転させ、何か反論することもなく、意外とすんなりと諦めの気持ちを示す。
「あら、いいの?そんなにすんなり諦めて。もっと抵抗すると思ったわ」
蛇女ムグリも、アルバートの反応が意外だと感じたのか、不意をつかれたような表情を浮かべている。
「いいんだ。俺も、お前たちの仲間がたくさん殺されたことを知らなかった。それも知らず、半獣にしてくれなどと、ぶしつけなことを言ってしまった。申し訳ない」
アルバートは、軽く頭を下げた。怖いくらいに落ち着いていた。先ほどまでの彼の態度が嘘みたいだ。半獣になることに対する熱意は、とたんに冷めてしまったのだろうか。そうであってほしいが、本当のことは分からない。彼のことを分かっていたつもりだったけど、新たな彼の一面を目撃した今では、彼の気持ちが分からなくなってしまった。
「お前は、半獣にはなるべきではない。怒りにとらわれている。そんな状態では、お前の大切なものを傷つけ、失ってしまうだろう。さっさとここから去るがいい。我々のことは、忘れることだ」
ライオン男ライアンは、相変わらずアルバートを信用してはおらず、決して警戒を解くことはなかった。ライアンは、獣顔の者たちのなかでは最も年上で、経験を積んでいるように見える。そんな彼だからこそ、彼の根本にあるものが見えているのかもしれない。
「ああ、そうさせてもらうよ......」
アルバートは、何か言い返すわけでもなく、大人しく、地上に通じる階段を上った。もちろん、僕も、ゆっくりと階段を上がり、彼のあとを追う。
タイムベルの教会から出た時には、アルバートは、早くも薄暗い小道を歩いていた。一時は、彼が半獣になってしまうのではないかとかなり焦ったけれど、なんとか、そうならずに済んだ。アルバートも、きっぱり諦めてくれたようだったので、一安心だ。
と、胸を撫でおろした直後だった。アルバートの歪な叫び声が、耳を貫いた。
「ふざけるなよ!邪悪な気配がするだと!俺が悪魔のような顔をしているだと!勝手なこと言いやがって!あんな奴らと話しても、時間の無駄だ。やっと、力を手に入れられると思ったのに......どうしてだよ」
彼は、顔がしわくちゃにさせながら、夜空を仰ぐかのように泣いていた。涙が頬を伝い、彼の手は、強く握りしめられていた。
どうしようもない現実。ろくでもない過去。それらが彼を苦しめている。
彼が、孤独な自分に手を差しのべてくれたように僕も、彼に手を差しのべたい。彼もまた、孤独だったんだ。
だけど、僕は、彼に声をかけることはできなかった。勇気がなかった。
僕は臆病者だ。昔も、今も、何も変わっちゃいない。
アルバートは、しばらく、泣いた後、涙をぬぐい、何事もなかったかのように、門を通って、夜の暗闇のなかに消えていった。
僕は、自分が情けなく感じた。友達がこんなにも苦しんでいるのに、気づくことも、何か助けることもできなかった。悔しさを噛みしめながら、僕もタイムベルをあとにした。
家に帰った後、自分の部屋に入ると、倒れるように、ベッドに倒れこんだ。今日は、色々なことが起こりすぎた。
アルバートとタイムベルに行き、そこで、蛇女、狼男、象男、ライオン男に出会った。アルバートの思わぬ一面も、垣間見た。オカルト好きな僕にとって、忘れることができない、奇妙で刺激的な夜だった。後味の悪い結末を迎えてしまった訳だけど......きっと、明日からいつもと変わらぬ日常が来る。平和で穏やかな日々が再びやってくる。
気付かぬうちに、肉体的にも精神的にも疲労がたまり、気を抜けば、すぐにでも眠ってしまうだろう。
部屋の明かりを消し、僕は目を瞑った。
今日は、もう疲れた.....。
僕は、全身の力を抜いた直後、気を失うように漆黒の深淵へと意識が落ちていった。
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