02_タイムベル
僕は、玄関の扉を開けて顔を上げると母親に言った。
「じゃあ、行ってくるよ」
「最近できたお友達と遊びに行くのね。イギリスに来てから、友達がなかなかできないって言ってたから、
母親は、優しく
以前、両親にイギリスに来てから、なかなか学校生活に
「うん、アルバートっていうんだ。僕も嬉しいよ。友達といえる友達ができたから......」
「アルバートっていうのね。大切にするのよ。友達って、意外とすぐに縁がきれて会わなくなってしまうものだから」
「うん、大切にするよ。アルバートは、イギリスに来て、初めてできた友達なんだ。それじゃあ、お母さん、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
僕は、母親に見送られながら、家を出て、アルバートと約束したタイムベルに向かった。
タイムベルは、教会と隣り合わせになった時計台で、都市部から離れた山の中にあった。今は、門が閉ざされ、誰も利用していない。だけど、ネットの噂では、時々、タイムベルから、鐘の音が聞こえることがあるとかないとか。
真っ暗な山道を懐中電灯で、照らしながら、恐る恐るゆっくりと進んでいく。山道を照らすのは、懐中電灯のみだ。懐中電灯を失えば、たちどころに何がどこにあるのか分からなくなって闇の
ここが、タイムベルなのか......。
不気味な山道を抜け、なんとかタイムベルの門まで来た。鉄格子の門は
門をまじまじと見ていると、後ろから何者かの気配を感じた。
なんだ。この感覚。息が詰まりそうだ。まるで、後ろからそっと、優しく首を締め付けられていくような感覚だ。こんなの初めてだ。
後ろから迫りくる邪魔な気配に、恐ろしくて後ろをさっと振り向く勇気がなかった。その代わり、聞き耳を立て、周囲の音を聞いた。
コツコツコツコツ。
足音だ。足音がする。徐々に大きくなっている。僕の背後に誰かが、近づいてくる。
足音が大きくなるに連れて、心臓が、激しく狂ったように鼓動するのを感じる。
誰だ。誰なんだ.....。
緊迫した状況に、体が硬直してしまい動けなかったが、身の危険を感じて恐る恐るゆっくりと後ろを見た。
誰もいない。
振り向いた先には、誰もいなかった。ただ、真っ暗な山道が続いているだけだ。
おかしいな、足音が聞こえたはずなんだけどな。
「よお、来たか!鬼山」
緊張が高まっていたところにアルバートの声が響き、心臓が口から飛び出そうになった。
「ア、アルバート!」
アルバートは、タイムベルを囲う周囲の壁に沿って、こちらに向かって歩いていた。
「なんだ、鬼山。ビビってるのか。そんな状態でよくここに来ようと思ったな」
アルバートは、あきれた様子で、僕を見ていた。
「ビビってるよ。ほんと死ぬかと思った。足音が聞こえたんだよ、さっき!ちょうど、僕の背後から」
背後の聞こえた足音は、アルバートでないことは確かだ。アルバートは壁沿いを歩いてきたのだ。足音は、彼の来た方向からは、違った所から聞こえてきた。
「ふーん、足音だって......奇妙だな、それはそうと、ビビるのはまだ早いぜ。これから、俺たちは、このタイムベルに、入るんだからな」
「ここが、タイムベルか。初めて見たよ」
僕たちは鉄格子の門の隙間からタイムベルを見た。所々、老朽化が進んでいるものの、当初の原形は残っており、芸術的で、美しい建築物だった。細部までつくりこまれており、ステンドグラスがいくつかはめ込まれ、
「ああ、俺も初めて見た。だが、どうやって、中に入ろうか」
タイムベルは、周囲に壁が張り巡らされており、唯一の入り口である門も
「これだけ、侵入を拒まれていたら、入るに入れなさそうだね。どうする。今日は諦める?」
タイムベルの侵入が難しいだけではない。この場所の放つ、
「鬼山。俺は、諦めないぜ。白い大蛇がいるか確かめるまではな」
確かに、ここまで来て、白い大蛇の真偽を確かめずに終わるのも、心残りだ。僕も、アルバート同様、本当に存在するのではないかと内心、わくわくする気持ちはあった。
アルバートは、近くに転がっていた、少し大きめの石を持ち上げて、門の施錠を破壊し始めた。
「もしかして施錠を破壊するの。そんなことして大丈夫なのかな。やめておいた方がいいと思うよ」
石で門の施錠を破壊しようとする、アルバートを見て、あわてて言った。だけど、時はすでに遅く、くだけ散る音がすると、地面に施錠が落ちた。どうやら、施錠もまた錆びついていて、かなり脆くなっていたようだった。
「残念。もう、壊しちまった。見ていた鬼山も、これで同罪だな」
そう言うと、アルバートは、門に巻き付いた鎖を取り外した。
「そんな......僕は、ちゃんと止めたのに!」
「まあ、そう嘆くなよ。周りに、監視カメラはないし、こんなところ誰も見てねーよ。それよりも、入ろうぜ」
アルバートは、いつの間にか、鎖をすべて取り外し、門を開けた。門先を見ると、タイムベルへと通じる薄暗い小道が続いていた。
「はー、分かったよ。僕も、白い大蛇を見てみたいからね」
「そうか、なら、さっそく中に入ろうぜ」
アルバートは、まっ先に門に入ると薄暗い小道を歩き始めた。僕も、離れないように彼の後ろにぴたりとついて歩く。
このタイムベルには、きっとなにかある。僕らの想像すらつかない恐ろしいなにかが......。
タイムベルの薄気味悪い雰囲気に不安を抱きながら、僕はちょっとしたスリルと興奮を感じていた。
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