ご馳走

くろやす

第1話 ごちそう

太陽が沈みしばらくたった頃、私は自宅に到着した。

週末であったため疲れはピークであったが、明日休みだと思うとまだ気持ちが楽であった。


自宅の扉をあけると、カップ麺の匂いと子どもたちの叫び声と夫の笑い声それにテレビの音。


疲れた精神にこたえた。


イライラとしながら、靴を脱いだため上手く脱げずに更に腹が立った。


ため息をつきながら、リビングに行くとドスンという衝撃があった。

よろけそうになるとを必死に耐えて下を見ると娘が足元くっついた。


「おかー、おかえゆ」

「ただいま」


テーブルの上に並んだカップ麺にイラついたが、娘の“おかえり”は心を暖かくした。


胡座をかいてニヤニヤと笑う夫には怒りを通り越して疲れた。

今日は、帰宅がおそくなるから夕食を頼んでおいたのにカップ麺とは……。


どや顔の夫からは出会った当時の魅力を感じなかった。


「はぁかいきつちゅねぇ」

「ん?」


娘が何か言ったが聞き取れずもう一度聞くと「だぁーからー」と不満足に頬を膨らませた。


それが、可愛らしく仕方なかった。彼女の顔はよく夫に似ていると言われる。私自身もそう思うが、夫は可愛くない。


似ているのに、ここまで差があるのが不思議であった。


「おかー、きちゅねぇ」

「きつね?」


首を傾げると娘は私から、離れてテーブルに置いてあるカップ麺を指さした。それを見た目を細めたが、娘が手を引くので仕方なくて椅子に座った。


「おとー」


彼女は私が座ったのを確認すると夫を呼んだ。夫は嬉しそうな顔で返事してテレビを消すとこちらに向かってきた。

今日一日家にいて作った夕食がカップ麺かと思うと、夫に笑顔にも腹がったが娘の手前必死で笑顔を作った。


「あんねー、おかー?」


自分の席に座ると、にこにこと嬉しそうな顔する娘が話しかけてきた。


「こえゆね、あきゃいきつね」

「え? あぁそうね。赤いきつねだね」

「あーしのはね。みどりにょたぬてぃ」

「そうだね。緑のたぬきだね」


二種類とも私の夜食だ。

仕事で遅くなると、それらを食べて寝る。だからこそ、すこし早く帰れた今日くらいは作ったご飯が食べたかった。


「あーし、作ったの。おとーとおゆね。わかちぃて」

「え?」

「おかー。これちゅきでしょ。とくにきつねたんちゅきね。あーし、みてるからちってるのよ」


言葉が出なかった。これを作ったのが娘だという事に驚愕した。


「どったの? ちがっちゃ? おかーちゅきだと思って、あーしがんばっちゃ。おめでとーでちょ」

「へ?」

「たんじょうびでちょ」


手をにぎり、にこにこする娘に涙が出てきた。

忙しすぎて、今日が自分の誕生日であったことも忘れていた。


ありがとう。

ありがとう。


嬉しくて心がいっぱいになる中、夫を悪態ついて自分を恥じた。

立ち上がると、娘をぎゅうと抱きついた。


「いちゃっ」

「え?」


娘の手を見ると、うっすら赤くなっていた。


「どうしたの?」

「あっちしたのよ」

「大丈夫?」

「おかーがうれしい、うれしいなら、いたいへいきなのよ」

「……」


手に気遣いながら、もう一度娘を抱きしめた。


「おかーもいたい? ないてゆ?」

「……ちが、うれしくて。ありがとう」


そんな様子を夫が穏やかな顔で見ていた。さっきと変わらない笑顔であったが出会った時の大好きだった人の顔だった。


彼は何も変わっていない。

変わったのは私の見方だ。


仕事ばかりで、心が乾いていた。


娘が作った“赤いきつね”は伸びていたが、乾いた心に潤いを与えた。


「美味しいね」

「ちょーでしょ」


今まで一番美味しいご飯だった。


「お母さんは赤いきつねでいいんだよね? 緑のたぬきがよかった?」


台所でお湯を沸かしている娘に声をかけれらた。私は“赤いきつね”と返事をすると、テーブルに飲み物を用意した。


「ねぇ、なんでいつも誕生日にカップ麺なのしかもメーカーまで指定いして。私、料理作るの」

「いいの。母さんはこれが貴女の作った赤いきつねが一番好きなのよ」

「ふーん、まぁ美味しいけどさ」


その時、リビングの扉が開き夫が入ってきた。


「ただいまって、あれ? 買ってきたのか」


夫の手に持つビニール袋の中には大量の赤いきつねと緑のたぬきがあった。


「えー。私買うってメールしたんじゃん」


「あー」っと言いながら夫は荷物を置くとスマートフォンをポケットから取り出して、人差し指でツンツンとしてる。迷いながら操作するその姿が老人その物であった。

自分もであるが、髪は白くなり手にはシワが増えた。


娘の作る赤いきつねはもう伸びることはない。


「あった。これか?」


夫はスマートフォンを遠くにして眼鏡を外すと目を細めた。


「もう、老眼?」


娘は立ち上がり、スマートフォンの操作を夫に伝えていた。同じことを何度も聞く夫に娘は嫌な顔をしたことはなかった。


料理のしない夫だが彼なりもいつも家族を考えてくれた。


私は幸せを噛み締めながら、赤いきつねを食べた。

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ご馳走 くろやす @kuroya44

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