創作ダブルクロスSS『オフモードメモリー』
くーど
【前編】そして時音なゆたはお昼寝ができなかった。
御翠市立学園高等部。あと少しで夏休みに入ろうかというとある日。
昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
多くの生徒が席を離れ、食堂や友人のもとへと食事をしに行く。
そんな中、時音なゆたはクラスメイトの喧騒に憂鬱な感情を抱きながら伸びをした。
伸びを終えた後は席を立ちあがって空調の聞いた教室から廊下へ、そして校舎を出て運動場の隅へ。
自分のお昼寝スポットに向かう。
人目につかない場所でディメンジョンゲートから枕とレジャーシートを引きずり出して両手で抱え歩く。
あくびをしながら、いつもの木陰の風通しの良いところへ。
しかし、今日はなゆたの縄張りの様子が違った。
先客がいたのだ。どうしようと枕に顔を半分埋めながら悩んでいれば、その背中。
少し跳ねた癖毛の金髪、地面に座り込んだ男はどうにも見覚えがあったのだ。
「うわっ…」
思わず苦手意識を含んだ声が出てしまう。
その声で相手もなゆたの存在に気付いたようで、翡翠色の視線を向けた。
「あ…」
「"イエローヘッド"…こんな学校の隅っこで何してるの…」
なゆたこそ他人のことを言えた義理ではないが、"イエローヘッド"もとい
「…、見てわからんのか。弁当を食べている。あと、学校でソレはやめろ。お前も"タイムルーラー"とは呼ばれたくないだろう」
琥斗はお弁当を食べる箸を止めて、その箸でなゆたを指しながら返答した。
食べ盛りな男子高校生にしては女子みたいに小さいお弁当箱を手に持っていた。
「それは悪かったよ、琥斗君…。でも琥斗君みたいなお坊ちゃんがこんなところでぼっち飯食べるような可哀そうな人だとは知らなかったよ…」
先輩で金持ちの息子のくせに行儀が悪いという感想を抱き、そして場所を迷いながらも彼から少し離れた木陰になゆたはレジャーシートを広げた。
「ぐ…、うるせぇな…。俺様のカリスマは時々面倒くさいことを引き起こすから一人でいるだけだよ。お前こそこんな陰キャが好きそうな場所で昼飯食ってんのか?」
「まぁ、自分も琥斗君も陰キャなのは認めてあげよう…」
「あ??」
なゆたは怒りを乗せかけた面の良い男をスルーした。
靴を脱いでレジャーシートの上で寝転がった。
「私はいつもお昼ごはんは食べないの。そんなにお腹空かないし。私はいつものこの場所でお昼寝をしに来ただけ」
琥斗に背中を向けて横になる。
お兄ちゃんの友達といい、皐月琥斗といい…いわゆるイケメンは苦手だ。
…なんで苦手なんだっけ…。
「………、眩しすぎる…」
琥斗からできるだけ距離を取りたくて木陰ギリギリに場所を取ってしまった。
日差しが絶妙に目にかかる。
「こっち向くか、もうちょっと影になる場所に行けばいいものを。…というか、敵にこんな目の前で無防備に背中を向けられると刺したくなってしまうのだが」
琥斗は手元に仕込み杖を召喚した。
「私にそんなへなちょこ剣が刺さらないの知ってるくせに」
すぐになゆたの背中にへなちょこ剣が突き立てられた。
鈍い金属音を立てたがその鉛色の刃はなゆたの身体を傷つけることができ ず、カタカタと杖の柄を握る琥斗の手が悔しそうに震えているだけだった。
「なゆた、テメェ…ほんっとムカつくな…!」
「FHの人たちは私に刺さらないとわかっていても私を刺す傾向があるなぁ…。私はサンドバッグじゃないんだけど…。ほら。時間の無駄だと思うし、早くお弁当食べたほうがいいよ?」
なゆたは余裕を見せてそのまま目を閉じる。
背後で力任せに仕込み杖の刃を地面に突き立てる音と舌打ちだけ聞こえた。
「なんでわざわざこんなところで寝てんだよ、ディメンジョンゲートの中で寝ればいいじゃねーか」
「お兄ちゃんとできるだけ空間内に行かないと約束したので」
「……ふん、アイツな」
「琥斗君も大好きな咲間お兄ちゃんだね」
「うっせ、あんな
比較的涼しい風が二人の間を吹いた。
少し間があいて琥斗が再びお弁当に手を付け始めた音がした。
すうと気持ちのいい風を吸い込んだ。
なゆたがよし、寝るぞと意識を手放そうとしたときに琥斗から声がかかる。
「……なぁ、なゆたは昔のこと覚えているのか?」
「……、あ、あのさ…琥斗君…私…お昼寝したいんだけど…」
「腹の虫が治まらないから弁当食べ終わるまでの間話しかけてやるわ。で、覚えてんのか?」
なゆたは琥斗のかまってちゃん振りに溜め息を吐く。
せっかく教室の喧騒を避けたのに寝れないのでは意味がない。
「…私にとって昨日のことですら随分と昔のことになるんだよ。どれの出来事か明確に教えてくれると答えやすいかな…」
「先代がお前たちの両親殺したとき辺りの記憶」
「うわぁ…それは随分と昔の話だね。琥斗君もデリカシーがないなあ…お兄ちゃんだったら胸倉掴んでキレてるとおもうよ?」
なゆたは表情を変えるでもなく普通の顔をしていた。
「俺はむしろお前が怒らないことに驚いている、少しくらい不快感は持つだろ」
「私は別に。起こってしまったことはしょうがないし私は割り切れるかな。確かに当時は復讐くらいはしようかなって軽い気持ちを考えてたけどいつの間にかそれもほとんど消えたな」
なゆたは寝れないならもういいかと身体を起こしてレジャーシートの上に座りなおす。
「…その時のこと覚えてる、って言っていいのかな。ずいぶん昔のことだし、曖昧だからそういう気持ちも湧かないのかも」
枕を膝の上に抱えて枕の上に顎を乗せる。
「しかしまあ…父さんと母さんを殺したのが"イエローヘッド"だと聞いてたから先週のUGNの任務手伝っちゃったんだけどなぁ…真の犯人は先代の"イエローヘッド"だったとはねえ。衝撃の事実だった。個人的には完全に勘違いでカチコミに行っちゃったね。これは流石に笑い話だ」
「俺は笑えねぇよ」
笑い飛ばすなゆたの横で琥斗はムカつく…という言葉と共にミニトマトを飲み込んだ。
「……アレはガチで御翠落とすつもりのプランだったんだけどな…、UGN以外の潜在勢力が予想外だった」
「あはは、確かに。謝るつもりはないけど琥斗君可哀そう。…最後のお兄ちゃんの<賢者の石>パンチは痛かった?」
「あー……<賢者の石>の光までは覚えてるがそこからは記憶がない。…まだ傷も治ってねぇよ」
琥斗は思い出させんなと嫌そうな顔をする。
「私には昔の嫌なこと思い出させようとしたのに…」
「その顔は嫌なことだとミリも思ってねぇだろ…」
咲間の話をするなゆたは少し嬉しそうな声色をしていた。
「はあ…、咲間の奴。<賢者の石>を使った上で致命傷外しやがったし、殺す気で来れば俺様だって逃げる余裕はなかっただろうに」|
「琥斗君よく逃げられたね。ところでどうして昔のこと聞いたの?さっき煽った仕返しのつもり?」
なゆたは顔をあげて琥斗の横顔を見た。
「嫌がらせの気持ち半分、気になることがある気持ち半分のつもりだったが…」
この男は何かを続けようとしたが躊躇う素振りを見せる。
「そ…、その前のことは…?」
「その前……?」
なゆたの最初の方の記憶は体感200年に埋もれた底も底。
思い出そうとするが自分が"宵月那由里"だったころの記憶はほとんど覚えていない。
云々と考え込んでいるとお兄ちゃんを含む、もう片手で数えられる人物しか知らないはずの名前で呼ばれた。
「…那由里」
「だから那由里って呼ばないで―――って、え…?」
なゆたは思わず顔をあげて琥斗の方を見た。
翡翠色の瞳とばっちり目が合ってしまう。
「え、えーっと………琥斗君がなんでその名前を…」
「ん?んー……、やっぱり何でもない。先週お前が俺様に言ったことをそのまま返す『思い出せないなら思い出さなくていいよ』ってな」
琥斗はなゆたがいつもの眠気に塗れた表情を崩したのを横目で見て、余裕を取り戻したような悪戯の笑みを浮かべる。
「だ、だからそれは勘違いだったよね。というか、まって、ほんとにどゆことなの???」
なゆたは枕を抱えたまま立ち上がって靴を履く。
「やっぱり勘違いじゃなかったの?琥斗君が殺したの?そうじゃなかったらどうして私の名前を知ってるの?全部経歴抹消してもらったのに―――」
なゆたは騒ぎ立てながら真実が知りたくて琥斗に近づいた。
「うるせぇ。大声で騒ぐな。おしゃぶりの代わりに唐揚げでも食ってろ」
「は~~~っ???」
琥斗は弁当箱に最後の一つ残った唐揚げを箸に突き刺してなゆたの口元に差し出す。
なゆたはお腹が空いていたわけではないが感情に任せて唐揚げを頬張った。
「食べるんかよ。食べ終わって話せよな"那由里ちゃん"?」
「~~!?」
その間に琥斗は立ち上がって弁当箱を片付け、仕込み杖を手品のようにどこかへ隠す。
唐揚げの味の感想を言うより先に後悔が先に出た。
「っ、今までの人生で一番防御エフェクトしか持ってないことを後悔しているよ!だから那由里ちゃん言うな!?琥斗君には一番呼ばれたくない…!唐揚げ美味しかった!!」
「そうかい、よかったな。しかし…親の話より本名のほうが嫌がらせになるとは…一生"那由里ちゃん"呼びしてやるわ」
琥斗は悪戯に笑って先週負けた分の小さな仕返しの方法を見出した。
「捕まえてUGNにピンポイントで記憶処理してもらおう」
「そんな便利なモンでもねーし、記憶処理って…」
それにUGNに引き渡されたらそれどころじゃ済まないだろ、という突っ込みを入れる前になゆたが琥斗に手を伸ばした。
「おっと…」
なゆたは琥斗に手が届かなかった。
この男は自身のエフェクトを…<縮地>を使って半歩なゆたの手が届かないところに避けたのだ。
何度か試すが、半歩分避けられる。
捕まえるより先に引きこもりだったなゆたの体力に限界が来た。
なゆたはマラソンをした後のような大げさにも見える大きな呼吸を繰り返す。
「ふーん。起源種は起源種で身体能力が上がらないっていうのは大変だな、そのままだと普通の女子高生と変わらないかお前はそれ以下だな。はは、少しは運動したらどうだ"那由里ちゃん"?」
なゆたは言い返す元気を失っていた。
数秒呼吸を整えてなゆたは木漏れ日に反射して黄金に輝く懐中時計を取り出した。
自慢の形見、起源種の始祖にして力の源。
複雑機械式時計"No.160"…の精巧なレプリカだ。
「呼ばないでって…言ってるのに…」
「少しは本気で捕まえてくれるのか?」
「…わかったよ、琥斗君がお望みなら私の全身全霊をもって捕まえてあげるよ」
なゆたは一歩と琥斗との距離を詰める。
琥斗は始祖の凄みに気圧され冷や汗を浮かべながらも笑っていた。
一歩ずつ歩いて、琥斗の目の前に立った。
ゆっくりと伸ばした手は琥斗の制服の裾を掴むことができた。
「なんちゃってね…、琥斗君に追いつけるエフェクト持ってないです…」
「…はっ。この俺様にハッタリ咬まそうとかまだ10年早いわ、下手くそ。それにさっき、防御以外のエフェクト持ってねえって口滑らしてただろうが」
「……あ…確かに。…あれ、嘘だってわかってたならなんで避けなかったの?」
「…るせぇな…動いたら意外と傷が痛かっただけだよ」
琥斗は答えつつも顔を逸らした。
なゆたは見上げても30cm近くある身長差ではうまく表情は見えない。
「本気でUGN連れていくつもりじゃないだろ」
「行くわけないじゃん、面倒くさい。だけどもう那由里って呼ばないでね。次言ったらお兄ちゃんにもう一回<賢者の石>パンチしてもらうから」
「はぁ…分かったからそれは勘弁してくれ」
なゆたは掴んだ裾を離した。
木陰の外の眩しさが目に入る。
「……、お前がFHに来てくれたらないいのにな」
立場の違いを嘆くようにため息と愚痴を零す。
強めの風が木の枝となゆたの長い銀色の髪を揺らした。
「私はUGNもFHも好きじゃないのであり得ないね。ちなみに琥斗君が先代から引き継いだとはいえお兄ちゃんを実験体扱いしたのは許してないよ」
「…あーはいはい、許さなくて結構」
なゆたははっと何か思いついたように手を打った。
「今度、琥斗君が何か悪いことしようとしたらそれを理由にカチコミに行けばいいね」
「今度はちゃんとお前対策するし、床這いつくばらせてやる」
「い、痛いのは嫌だなあ~…」
なゆたがところで、と続け、話を戻した。
「どうして私の名前を知ってたの?」
「……あー…」
答える代わりにカツンと強く杖で地面を突いたような音が響く。
風が吹いたと思ったら琥斗はなゆたと3歩程度距離を空けていた。
「あっ、逃げた…」
「…もう一回、俺様を捕まえて吐かせてみたらいいんじゃないか?」
なゆたは琥斗の翡翠色の瞳に哀愁を宿しているのを見た。
何故そのような目をするのかはなゆたに思いつく節がなかったが。
「もしくは…お前は覚えてなくても咲間なら覚えてるんじゃねーかな」
「…お兄ちゃんが?」
「先週再会したばっかりなんだろ?こんなとこで寝てないでもっと話してやれよ」
なゆたは枕をきゅっと抱きしめると顔を半分埋めた。
「そうは言っても、10年は離れてたのは長いよ」
「そうだな」
風の音にかき消されそうな弱々しい声を掬い上げた。
「あといつもお兄ちゃんの友達のイケメンが怖くて近寄りがたい。…いや、悪い人じゃなさそうなんだけど顔面偏差値が高いのが視界に入るというだけでどうしていいかわからなくなる…」
「だとしたら俺のせいだな。昔から自慢の顔なんで」
「…ふ、唐突にどうしたの。琥斗君は確かに顔だけは良いけど自分で言うかな、ナルシストめ」
「顔だけ、とは何だ」
なゆたはくすりと笑う。
琥斗は意図が伝わらないのを見るに息を吐くと諦めた表情をした。
「じゃ、明日からはここもう使わねーから」
「そうなの?…琥斗君、別に私のお昼寝邪魔しないならここでご飯食べるくらいいいよ。流石にイケメンが毎日ぼっちご飯食べてるのかと思うと胸が苦しくてしょうがない…」
「棘のある言い方しかできねぇのかお前は。毎日ぼっちじゃないわ馬鹿。あと邪魔するなっていうのも無理、嫌がらせするのが生きがいだから」
「陰キャ」
「テメェもな!」
琥斗は吐き捨てて踵を返すと校舎の方へ歩いていく。
「ふふ、琥斗君。またね」
「……」
琥斗は一瞬、翡翠色の瞳を向ける。
ふっと笑ったなゆたの顔が映るとすぐに背を向けた。
なゆたは琥斗が歩いていくのを見送った後考えるようにしてレジャーシートを畳んだ。
そして枕と共にディメンジョンゲートの中へと放り投げる。
「寝られなかったけど…なんか背中押されちゃったな。琥斗君、FHなのになぁ」
すうと一息吸い込んでなゆたも校舎の方へと歩き出した。
「行ってみるかな、…お兄ちゃんの隣にあのイケメンが居ませんように」
そして兄、咲間の教室へ向かう。
願いは空しく咲間は親友のイケメンと二人で仲良くご飯を食べていた。
なゆたはがっくりと肩を落として上級生の教室の前でソワソワと咲間の様子を伺っているのであった―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます