駐在くんは女子高生の誘惑に負けそうです

星来 香文子

第一章 女子高生のストーカー

第1話 駐在くん、不審者と出会う


 俺は公務員だ。

 それも、市民を守る警察官。


 だからこそ、今目の前にいるこの超絶可愛い女子高生に手を出すわけにはいかない。

 ここがど田舎で、ほとんど畑か山しかないような村だからって、決してそんなことはできない。

 誰も見ていないから……なんて、そんなこと、できるわけない。


 だから……だから頼むから————


「わかったから、とりあえず服を着てくれないか? 風邪をひく」

「……ちぇ……つまんないの」


 ————俺を犯罪者にしたくないなら、勝手に人の家の風呂に入るのはやめて欲しい。




 ◇ ◇ ◇




 黄昏時、一台の白い自転車が、田園を走る。

 収穫時期を過ぎた田畑は、静かに雪が降るのを待っている。

 冬が来るまであと少し。


「早く戻らないと……!!」


 白い息を吐きながら、比目ひめハジメは必死にペダルを漕いでいた。


「痛っ!!」


 雪虫が目に入り、急ブレーキをかける。

 ハジメの視力が悪ければ眼鏡のレンズが虫の侵入を防いでくれていただろうが、彼は視力はそこそこ良く、さらに二重目蓋の大きな目では虫の突撃を防ぐことはできなかったのだ。


「あーもう!」


 片足をついて自転車を止めると、涙で虫を外へ追いやった。

 早く駐在所に戻らなければ、上司に怒られてしまうと焦りながら、涙をぬぐい、再びペダルに足をかけると、正面に白い何かが見える。



(……なんだあれ……人か?)


 先ほどまで誰もいなかったはずの道の先に、白い服を着た何者かが立っている。

 近づくとそれは白い着物の女だった。

 黒くて長い髪が風に流されて顔にかかり、ちょうど顔が見えない。


(着物? こんな薄着で、寒くないのか?)


 ハジメはこの村に来て二週間以上経つが、いくら高齢化の進んでいる村だとはいえ、着物の女性を見たのは初めてだった。

 それも顔はまだはっきりと見えないが、かなり若いように感じる。

 そして、黄昏時というせいもあってか、なんだか少し不気味な感じもした。


(幽霊とか? いやいや、なんてな……)


 彼女が髪をかき分けて、顔を出しこちらを見る。

 ハジメには彼女が泣いているように見えた。


(なんだ……? 何か事件か?)


 ハジメは自転車を降りて、女に近づいた。


「どうしましたか? 何かありました?」


 よくよく近づいて顔を見てみれば、やはり彼女の大きな瞳からは涙が。

 それに、やはり若い。

 十代後半から二十歳前後といったところだろう。


「助けてください……私、ストーカーされてるみたいなんです」

「ストーカー?」


(かわいそうに……確かに、これだけ美人というか、可愛いらしい顔をしていたら、ストーカーされてしまってもおかしくはないか……)


 彼女は芸能人でもおかしくないような、綺麗な顔立ちだ。

 背は平均より少し低いくらい。

 こんなに可愛い女の子を幽霊だなんて思ってしまったことを恥ずかしく思いながら、ハジメは尋ねた。


「それは大変ですね。一体、誰に? 心当たりは?」


(小さな村だから、犯人はきっとすぐに見つかるだろう……一体誰だ、こんな可愛い子を泣かせるなんて!)


「あなたに」

「……はい?」


(ん? 今なんて言った?)


「どうして私の後をついて来るんですか? 夢にまで出てくるし……そんなに私のことが好きなら、こそこそついてこないで、はっきり告白してください! ちゃんと受け入れますから!!」


(——え?)


 彼女はそう言って、涙を浮かべながらハジメを睨みつけた。

 だが、ハジメは全くもってわけがわからない。


「ちょ、ちょっと待って! 俺!? どうして、俺が!?」

「あなた以外、誰がいるっていうんですか!! ちゃんと言ってください。私を愛してるって……そうしたら、ちゃんと受け入れますから」

「待て待て待て待て!! なんで俺がストーカー!? それに、たとえ本当に俺がストーカーだとして、ストーカーから告白されて、受け入れるのか!? なんで!?」

「……だって、顔がタイプだから」


(ん? え? ん?)


「早く、愛してるって……言ってください」


 さっきまで泣いていたのは、いったいどうなったのか、今度はポッと頬を赤らめて恥ずかしそうに彼女はそう言った。

 やっぱり、ハジメはわけがわからなかった。


「……——とりあえず、行こうか。駐在所すぐそこだから」



 とりあえず、この不審な女をハジメは駐在所へ連行することにした。


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