ルミナス -僕はその光を掴み取る-
伏見春翔
Episode 1
「う、ああああああああああああああああああああああああ――――っ!」
絶叫とともに、
どことなく幼さの残る顔に、驚きと恐怖が入り混じったような表情が浮かぶ。少しくせのある茶髪と赤みがかった瞳、まだ見習い術師であり学院に所属していることを示す制服はなぜかあちこち擦り切れてボロボロといった格好の少年だった。
「あ、ああ……?」
息を荒げ、呆然と立ち尽くす。
あまりの衝撃に頭が混乱し、状況が掴めない。
「……ここ、は……?」
慌てて、周囲を確認する。
目の前には石の塀と、その先に広がる緑豊かな森。背後には煉瓦造りの建物と、木陰にひっそりと置かれたベンチがひとつ――そこは、芳文がよく利用している休憩場所。自室以外で落ち着くことができる、数少ないお気に入りの場所だった。
「そっか……」
見慣れた景色にほっとしたところで、ようやく状況が見えてきた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしいということに気づく。そんなことさえもわからなくなるくらい、衝撃的で心臓に悪い目覚め方だった。
「何やってるんだ、僕は……」
我に返って冷静になると、今度は恥ずかしさが込み上げてくる。
寝落ちしただけならまだしも、夢のせいで叫び声なんてあげてしまった。
昼食後に、春先のぽかぽかとした陽気の下で、ぼんやり考え事なんかをしていれば、ついつい眠ってしまうこともあるだろう。
だけど、さすがに叫び声を上げて飛び起きるなんて。
そんなところ誰かに見られでもしたら――
「それはもう、最悪だ」
そんなことは考えたくもない事態だよ……とかなんとか、そんな感じで芳文が呑気に構えていられるのは、周囲に誰もいなかったことをすでに確認済みだからで。そして、授業中でなかったこともまた、何よりも幸いだったと思うのだった。
「それにしても、だ……」
ひどい夢だった。
直前まで考えていたことが、ネガティブだったせいなのか、あるいは抱え込んだストレスのせいなのか。見たものは悪夢としか言いようのないもので、その光景は目を覚ました今でも脳裏に焼きついて離れない。
――場所は、どこかの森の中だった。
目の前に立ちはだかるは、まるで暗黒そのもののように黒々とした巨躯の、頭部にふたつの角を有する魔物。見た目は人型のそれは、妖しく煌めく紅の双眸をこちらへ向け、絶対に逃がすまいと睨みつけてくる。強大な力をもって威圧してくる。
その正体は、『鬼』と呼ばれる異形の存在。
そんなモノと対峙していた。
たった、ひとりで。
この場に残されたのは、芳文だけ。他には誰もいない。一緒だった仲間たちは、引き裂かれ、踏み潰され、見るも無残な姿となっていた。
無力だった。
倒れていく仲間たちを前にしても、何もできなかった。ただただ恐怖に打ちひしがれるばかりで。身体は硬直し、立ち向かうことはおろか、その場から一歩も動くことができなかったのだ。
情けない。
どうしようもなく。
自分にもっと力があったなら、勇気があったなら。
もしかしたら、結果は違ったかもしれない。
いや。
変わらないだろう。変わらなかっただろう。
相手は十メートル近い巨大で強大な敵だ。この場の誰ひとりとして倒すことも、どころか傷ひとつ与えることさえもできなかったモノに対し、芳文に何ができたというのか。
何もできはしない。
最初から自分の出る幕なんてなかった。
希望も、可能性もない。
終わったのだ。
それが、現実で。
それが事実なのだと突きつけるように、鬼が動く。
強く握り締めた右の拳を容赦なく振りかざし。
そして、その一撃が芳文へと叩きつけられる――
「……夢、だったんだよね」
自分へと言い聞かせるように口にする。
あれは、ただの夢に過ぎないはず――なのに、どうしてだろう。妙にリアルで、実際に目の前で起きていたかのような感覚が未だ身体に残っている。体感した恐怖は、なかなか忘れられそうになかった。
「はあ……」
ベンチに力なく座り込む。
何だか、どっと疲れた気がした。これからまだ午後の授業があるというのに、憂鬱な気分は増すばかりで、せっかくの休憩時間も気分転換にはならないのだった。
「……僕は何のために、こんな力を与えられたんだろう」
少ししてようやく落ち着いたところで、芳文はふと自分の右手へと視線を落とした。
その視線の先で、弱々しく揺れ動く熱を持った光。
小さな萌黄色の炎が、手の平の上で踊っていた。
それは、高木芳文に与えられた『力』だった。
――おめでとう、君たちは選ばれた存在だ。
と、学院に入った日に言われた言葉をふと思い出して。
「何が選ばれた、だよ」
右手の炎を握りつぶし、誰に言うでもなくそんな言葉をぶつけた。
言われた当初は、与えられたとか、選ばれたとか、そういう言い方をされて、まるで英雄にでもなったように感じたものだった。まだ何も知らず、学院に入ったばかりの新米術師であればなおのこと。
けれど、実際のところそんなにすごいものではなかった。
力自体は、簡単に言ってしまえば超能力とか異能力みたいなもの。そういった能力を有する『術師』は、世界中たくさん存在しているのだ。それこそ数え切れないほどに。
加えて、誰もが最初から自由自在にその力を使えるわけではない。
というのが、現実で。学院という育成機関がある時点で当然ではあるのだけれど、その能力を十分に発揮させるためには、それ相応の努力が必要なのだ。
「……まあ、そりゃそうだよね」
術師を両親に持つ芳文もまた、物心ついた頃から当たり前のように一人前の術師になるための教養を受けてきた。〈
しかし。
周りは持てる力を十分に発揮していく中で、芳文だけが覚醒しないまま。
その差は広がっていくばかりで、結果として周りからはいつも馬鹿にされ、ついには『落ちこぼれの高木芳文』という呼び名で学院中に知れ渡っている有様だった。
「どうせ僕は落ちこぼれだよ……」
吐き捨てるように、芳文は独りごちる。
諦めにも似たそんな言葉。
今までの努力の結果が、この小さな炎である。あまつさえ、夢ですら自分が活躍することは許されないときた。もはや将来に希望さえも見出すことができなくて、ここまで来るともう諦めたくもなるというものだった。
「……できる奴いっぱいいるんだし、僕なんて必要ないじゃん」
選ばれたなんて言うけれど、力を真面に使えない芳文にしてみれば術師としての存在意義はどこにもなくて。
ならば、なぜ。
高木芳文は力を与えられて、何のために力を持っているのか。
何のために、自分に炎の力があるのだろうか。
その答えを、これまで幾度となく考えてきた。模索してきた。それでも、やっぱり答えは見つからないまま。
だから、思わずにはいられなかった。
こんな状態にさせるのなら最初から力なんて与えなければいいのに、と。
「……もう嫌だ、この世から消えてしまいたい」
ついさっき夢で体感したばかりの死の恐怖も忘れ、これで何度目かもわからない言葉とともに再びのため息。
そんな陰鬱な雰囲気をさらっていくように、払い除けていくように、そよ吹く風が頬を撫でる。近くの常緑樹も風に揺れて、心地の良い音色を響かせた。
見上げれば、抜けるような青い空。時折ふわふわと浮かぶ白い雲が、ゆっくりと風に流れて過ぎ去っていく。その様はどこまでものんびりと穏やかで、それが心を落ち着かせてくれるようだった。
そうしてしばらくぼんやりと空を眺めていると、
「――あ、せんぱーいっ!」
突然、明るく元気な声が芳文のもとへと届いた。
***
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