短編集
てぶくろ
Precious LOVERS/たいせつなもの
半地下になっているライブ会場の喧騒が、夜の街に少し漏れている。
きらびやかなステージ衣装に身を包んだ、小柄な少女が可愛いらしい声でラブソングを歌い上げている。
踊りに合わせてファンも動き、歌に合わせて熱烈な合いの手が入る。
テレビ出演はまだほんの少し、地方番組にしか出ていないが段々と知名度の上がってきた彼女の名は
「「「きよみーん!!!!!!!!!!!!!」」」
ファンが凄まじい声量で彼女の名を叫びあげてライブは終わった。
彼女こそ元Sisters(シスターズ)所属のアイドル、【きよみん】である。
大食いから、モノマネ、ちょっとエッチな企画まで、【アダルト以外何でもやります!】と公言している今売り出し中のアイドルである。
可愛い声と天使のような笑顔で、徐々にではあるが知名度があがりつつある彼女は、バックヤードに入ると大きくため息をついた。
「終わったぁア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」
汗だくになった体を冷ますように、衣装の裾をパタパタとしながら声にならない声を漏らしている。
「...明日お休みだよね?そうだよね??」
誰かに確認するように声を発するが、これは盛大な独り言である。
マネージャーは居るが、これが独り言だとわかっているので返事を返さない。
「きよみさん、明後日のスケジュールですが――」
代わりに、次の予定の確認を始めた。
売り出し中のアイドルに休みなどない。ないのだが、明日は半年ぶりに丸一日休みになっている。
無愛想なマネージャーが苦労して確保した1日オフに、彼女は涙を流して感謝したのだ。
予定の確認などを終え、次の仕事へ向かうために車で移動していると派手な事故現場に遭遇した。
見るからに高級な車の側面に、ごつい車が突っ込んだのだ。
「え、ちょ!マモ君!!事故!!事故だよ!!!」
マモ君と呼ばれたのは――真壁 守(マカベ マモル)、マネージャーである。
彼はそっと車を停めると、スマホを取り出して警察に連絡をしている。
マネージャーが警察と話している間、きよみんはじーっと事故現場を見つめていた。
高級車からは誰も出てこないが、ごつい車から怪しげな服を着た人がゾロゾロと出てきたのだ。
「...え?撮影...?」
まるで映画のワンシーンかのようなソレに、彼女は思わずカメラを探してキョロキョロとするが、それらしき人影や機材は全く見当たらなかった。
そんなことをしていると、ゆっくりと車が動き出す。
「あっ」
「あっ、じゃないですよ」
車がゆっくりと事故現場を離れ、次の撮影現場へと向かう。
彼女はつまらなさそうにして、頬をプーっと膨らませるが、
「でも、車から降りなかったご褒美にアイス買ってあげますね」
「え!アイス?!やったー!!」
一瞬でご機嫌になる。
最近20歳を迎えた彼女であるが、子供扱いは基本的にNGである。マネージャー以外にはこんな態度をみせないため、『外見は幼女、中身は淑女』といった評判がついている。
生来の演技力の賜物である。
そんな彼女が一日の仕事を終え、マネージャーの車でマンションに向かっていると、フラフラと歩くフードにローブ姿の人が目に入ってきた。
すれ違う一瞬、その人物が怪我をしていたり、あちこちに血が着いていることに気づくと、
「マモ君、今の人――」
「...今日は、なんだか不穏ですね――声をおかけに?」
車を路肩に止めて、真壁がきよみんに確認する。
正直、2人ともさっさと帰りたい。
見るからに面倒で怪しい雰囲気を漂わせているその人物に声をかけるか悩んでいると、その人物は地域でよく看板をみかける探偵事務所に入っていった。
「...マモ君、いこっか」
「そうですね...我々が関与する問題では無いでしょう」
車がゆっくりと動き出す。
動き出してほんの数分後、信号で止まっていると猛ダッシュで歩道を爆走する人に追い抜かれた。
その人物の腕の中に、先程の怪しげな人物が抱き抱えられていたため、きよみんと真壁は思わず2度見してしまう。
「...」
「...」
2人揃って無言のまま、信号が青に変わる。
車が走るよりは遅いが、人間の限界のような速度で走る人物を追い抜き、車はマンションへと入っていく。
「...マモ君、あたし今日あったこと今度テレビで話してみるよ」
「おかしな体験、を聞かせる番組なんて来てないですよ」
何を馬鹿なことを、と言った感じで真壁がヤレヤレと呆れ顔で車をおりる。
2人で荷物を持ち、エレベーターを待っていると
「だから要はどっちの味方なんだよ!」
「秋、要を巻き込むな。これは俺たちの問題だ」
「んー、どっちの味方...」
と、何やら学生が騒ぎながらエレベーターの前に集まってきた。
同じマンションに住んでいる学生で、最近物騒な事件に巻き込まれたと聞いたが元気そうな声にきよみんは少し笑顔になる。
「しゅう、他の人がいますから寝言はやめて静かに」
「めぐちんまで!?」
「笑うわー」
「早く、限定アイス食べたいなー」
「私もー!カエデちゃん楽しみだね!」
いつも無表情の真壁すら、その会話で少し口角が上がっている。
そしてエレベーターが到着し、全員が乗り込む。
学生の1人が3階を押した後に、真壁がそっと最上階のボタンを押す。
学生の中にコスプレ姿の少女がいて、2人は静かに驚愕するが話しかけることなく、学生たちはエレベーターを降りていった。
「ねぇ、今一緒に乗ってたのって――」
そんな声が聞こえたところで扉が閉まり、エレベーターは最上階に向かう。
真壁が部屋の鍵を開けると、きよみんは素早い動きでベッドに飛び込んだ。
「はー、ふっかふかのお布団...ひさしぶ...ぐぅ...」
そして秒で眠りに落ちた。
真壁が玄関の鍵を閉めたり、靴を並べたり、部屋着に着替えたり...きよみんが目を覚ましたのは、晩後はの香りが鼻腔をくすぐってからである。
「はっ!ごはん!!」
「犬か...」
先に食卓でワインを飲みながら、肉厚なステーキを食べていた真壁がボソリと呟いた。
部屋広く、最上階の角部屋。眺めはそこそこだが、2人はお気に入りである。
きよみんが部屋着――ラフなジャージ姿に着替え終わる頃には、真壁はほとんど食事を済ませており、タバコに火をつけている所である。
「マモ君、タバコなら外で吸ってよー」
「寒いから嫌だ」
肉を頬張るきよみんと、タバコをくゆらす真壁。
テレビ――と思われた画面には【ネットフラックス】と大きな文字が出ており、真壁がリモコンで映画を選んでいた。
何気なく選ばれた人気の高い恋愛コメディー映画を見ていた真壁はふと立ち上がると、きよみんに近づいて頭を撫でる。
「んー?マモ君どしたん?」
「...顔だけなら、きよは完璧だなあって」
「あん?」
ステーキの肉汁などで口の周りを汚したきよみんが、ドスの効いた声を出すが真壁は意に介さずにデコピンをする。
「食ったら片付けよろしくなー」
そう言うと、ソファに移動して映画を見ながらスマホを操作し始める。
食後のいつもの流れである。
映画を見ながらスマホでゲーム。
付き合い始めた頃はもっと大切に、そしてもっと愛を注いでくれたのに...なんて、きよみんは思わずにステーキの最後の1切れを頬張り、お皿を持って流し台に向かう。
口の中で美味しいお肉をかみ締めながら、食器を洗っているとスマホが震えた。
いつもの通知、そう思って無視していたがどうにも振動が長い。
電話か?そう思ってはいるがこんな時間になる電話には出ない。これは、この2人の鉄の誓である。
きよみんのスマホが震え無くなると、直ぐに真壁のスマホが振動し始める。
表示されているのは【くそ事務所】
「きよ、出んなよー」
「わふぁっへふ(もごもご)」
明日のオフが潰れる予感しかしない電話を無視しながら、食器を片付けたきよみんはソファに座る真壁の膝の上に勢いよく座った。
「いっ――!!」
「重くない!」
「ばかおま!勢いつけすぎなんだよ!!」
睨む真壁と、ふーんと無視をするきよみん。
そんなやり取りも一瞬で終わり、真壁が優しくきよみんを包むよう抱きしる。
「きよ、ガチャ引く?」
「なんの?ジェントルダービー?」
「ん」
画面を見ると既にガチャの画面で、馬の耳やしっぽの生えたイケメンやイケオジが映っていた。
「10連?」
「そそ」
「ここ押すの?」
「そそ」
言われるがままに画面をタップし、ガチャの画面が進んでいく。
「ん、なんか光ってるよ?」
「何色ー?」
「んー、虹?」
「え、まじで?!」
若干興奮気味に真壁が食いつき、排出されたのが狙いのキャラだったらしくいつにも増して喜んでいた。
「もー、ほんときよって運がいいよなぁ」
「...ふふ」
「ん?」
きよみんが真壁の膝の上からおり、正面に立つと――
「私はあなたの女神...さあ、あなたの望みを言ってご覧なさい」
「ぶっ――」
まるで聖母のようなほほ笑みを浮かべたきよみんに、思わず吹き出した真壁である。
そのままひとしきり笑った真壁は、
「あー、じゃあさ女神様、お願いがあります」
「はい、聞き届けて差し上げましょう」
「えーっとね」
そう言いながら真壁がソファの座面の下に手を入れて、ゴソゴソと何かをまさぐってから小さな箱を手にして――
「俺と、結婚してください」
「......へ?」
「俺と、結婚してください」
「あ、え、ぁへ?」
「俺と、結婚してください」
「ま、マモ君?」
「俺と――」
きよみんが真壁を手で制する。
「――...あたしでいいの?」
「きよが良い」
「...可愛くないよ?」
「知ってる」
「酷っ...」
真壁は優しく微笑んでいる。
微笑みながら大きな手で、きよみんの髪を撫でる
「...エッチな企画とか、たくさん来てるよ?」
「仕事じゃん」
「...束縛激しいよ?」
「今更?」
「...公表できないよ?」
「別にいいよ」
「...」
「きよと、一緒がいい」
真壁がそっときよみんを抱き寄せ、口付けを交わす。
「マモ君...今それずるい...」
きよみんが真っ赤になった顔で少しイヤイヤと首を振るが、また強引な口付けをされて大人しくなる。
「...あたしも、マモ君が良い」
「じゃあ...」
「...よろしくお願いします」
「よろしく、きよ」
真壁にしがみつくように抱きついたきよみんが、震えるように声を絞り出し、それに答えるように優しく真壁が包み込む。
翌朝、久しぶりのオフの日。
真壁は隣で眠るきよみんを優しく見つめると、静かにベッドを抜けてシャワーを浴びる。
昨晩のことを思い出すと少し顔が熱くなるが、きっとそれはシャワーが熱いからだろうと真壁はそっと頭を振る。
今日の予定は何も無い。
大切な恋人のために、苦労して手に入れた自由な時間。
特別な日を、思い出の日にしようと決めていた。
指輪の準備など、バレずに出来たことが本当に驚きである。
「真壁...きよみ...っ――!」
自分の苗字になったきよみの名前を呼ぶとなんだか無性に恥ずかしくなり、真壁は思わずシャワー室の壁をバンバンと叩いてしまう。
「海鳥...守...うん、こっちも良いな...」
きよみんの苗字になった自分の名前も、なんだかしっくりと来る。
真壁がシャワーを上がると、きよみんはまだ寝ていた。可愛い寝息を立てながら、大きなぬいぐるみを抱きしめている様は本当に少女のようだ。
ベランダに出て、そっとタバコに火をつける。
マンションの下では、登校する学生たちが何かを騒いでいる。
昨日見かけたコスプレ姿が最上階からでも確認でき、思わず笑ってしまう。
なんてことの無い平日。
2人にとっては特別な休日。
愛するふたりの、大切な――
短編集 てぶくろ @tebukuro_TRPG
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