31話 再会

 寝息を立てる赤髪の少女、ビアンカを背負ってキャンディッドは北の塔を去り、カルマ城入り口ホールに差し掛かる階段を下りていた。狂いのないリズムを刻むハイヒールの音を追うものはいない。どうやらエスティーは別行動しているらしい。

 白鳥のレリーフがあしらわれた波打つ木目の玄関扉が開く音でキャンディッドはゆっくりと顔を上げた。


「いましたわ!エリオント様!」


 良く通る高い声でそう言ったのは…………


「ルネ様……戻ってきてくださったのですね」


 ぶられている少女や、衣服、靴の所々に付着した血の飛沫を目にし、ルネはキャンディッドのもとへ一秒でも早く駆け寄ろうとしたが、足の不自由な彼女に無理をさせまいとキャンディッドが先にルネの前に来た。

 勇敢な男爵令嬢の無事を喜び、労いの言葉を口にし、抱擁を交わしたその時、キャンディッドはルネの肩越しに彼女の案内でこの地に赴いた客人の姿を捉えた。


「お約束通り修道騎士様たちを連れてきました。エリオント様の予想通り本当に近くにいて……コリン様が率いているらしいのでもう大丈夫ですわ。コリン様はホワイト伯爵家のご令嬢で私も存じ上げておりますから」


 言及したまもなく、ルネに追いついたコリンが二人の令嬢に最高敬礼をしたのち、凛とした表情でエリオントのほうへ向き直った。


「ご令嬢、ルネ様からお話は伺いました。それでエリザベスとやらは」

「一時的に気絶しています。まだ中に」

「従者の者共はどちらに?彼らはエリザベスの手足となっていたのでしょう?お怪我などございませんでしたか」

「怪我はありませんが、従者はおそらく………厨房と南の塔に。捕縛しているらしいですが、多少抵抗するかもしれません。お気をつけください」

「ほ、捕縛!?一体どなたが………?」

「私の執事です。彼は喧嘩がすこぶる強くて」


 少々無理のある言い訳かもしれないが、エリオント、いやキャンディッドはコリンの主である。基本的に世間知らずな自分の護衛をポーカーフェイスと口先とで丸め込むのは簡単なことだ。

 案の定コリンは首をかしげながらも飲み込んだ様子で


「そ、そうなのですね……?とりあえず、よくご無事でいらっしゃいました。後のことは私共で承りますのであちらの馬車で」

「いえ、結構ですわ。私はこの子を送り届けますし、人を呼んだので。私たちのことはお気になさらず」


 この場を任せ立ち去ろうとするキャンディッドを唐突にコリンが呼び止め、あることを問いかけた。


「あのご令嬢!つかぬことをお聞きしますが黒い馬に引かれている馬車の話……何か知りませんか」


 それを聞いてキャンディッドは誰にも気づかれない程度だが、柔らかな笑みをこぼした。あの魔法使いはどれくらい先の未来を見通しているのだろう。と思い可笑しくなってしまったのだ。一呼吸おいてから、つい先刻のこと、ゼノに伝えられ諳んじたすべてが元通りになる呪文をそのまま口にする。


「確かここから少し離れた街道で野宿してましたよ。茶色い髪の男の人が馬を手懐けていましたっけ」

「そっ……そうなのですね!よかった。姫様はご無事なのだな!……ついでにエスティーも。

 いやしかし!姫に野宿など!!確かに財布は別の騎士が持っているが、野宿は無いだろう馬鹿エスティー!!」

「…………お財布が無いのでは仕方ないのでは?どうか怒らないで上げてくださいませ」

「…………そ、そうですねぇ」


 百面相するいつものコリンに安堵を覚え、キャンディッドは最後の仕事を果たそうと、今度こそ歩き出した。のだが、


「あ……エリオント様……!」


 肩にかかる華奢な左手。次に彼女を引き留めたのはルネだった。

 振り返ろうとしたキャンディッドだったが「そのままで」と耳打ちされ、ただ静かに佇んだ。

 表情こそ見えないものの肩に置かれた左手越しに緊張感が伝わってくる。永遠を感じさせる刹那、そのあと、深呼吸して、ルネは二人だけに聞こえる声で告げた。


「貴族の娘としてあるべき姿があるのは事実です。だけれど、人生においては一生懸命やっても意味のないことなど殆ど無いと私は思います。

 だから…………エリオント様、どうか自分の気持ちに正直になってくださいませ。どんな結果になっても、真剣な気持ちをいだいたこと、それを大切に守り育てたこと、そして相手に伝えられたことはきっと一生の宝になるのですから」


 勘違いから紡がれた言葉だというのはわかっていただろう。彼女は微動だにせず、二三頷く。


「さようならルネ様」


 終ぞ振り返ることなく、それだけ言い残して男爵令嬢エリオントは三度歩き出した。

 去り行く背中をただ静かに目に焼き付けるルネにコリンがそっと問いかける。


「男爵家の方のお知り合いなどいたのですか?」

「いいえ……今宵初めてお会いしたの。だけど、私……あの方のことをどうしようもなく慕ってしまう」

「うーむ……私もどこかで会ったような……?」


 ライムグリーンの長髪に紫の瞳を持つその男爵令嬢を深層心理では自らの仕える聖女の姿と重ねて見ているものの、おそらくコリンは一生かけても両者をイコールで結べないだろう。

 わからないことを考えるのはやめにして、白騎士は他の修道騎士達に猛々しく呼びかける。


「城の者を残らず捕えよ!」


 嘆きの声を封じてきた静寂の城に、とうとう神聖なる裁きの一閃が振り下ろされた。





 ────────────────────




 会わないといけないやつがいる。暗殺命令を無視して動く俺の狙いを知っているあいつに…………

 最初に馬車から降りたあのトネリコの森の奥へ、白狼の案内に従って突き進んでいた。

 途中からざんれき混じりの腐葉土になり、斜面を登るとなると山に慣れている俺でさえ足を取られる。そいつが水分を含みぬかるんだ場所に生い茂る丈の高い葦の壁を抜ける。すると、淡い橙の光が見えた。白狼と顔を見合わせて駆け足でそこへたどり着くと、誰もいない。だが少し開けた地でまだ焚火が燃えていた。


「おい……お前の本と相棒、返しに来たぞ」


 視界の先に広がる闇の中に呼びかける。クリアな残響が波紋のように広がった。気配はないが、状況的に見ても確実に

 白狼に赤い本を咥えさせ、背を撫でて帰るように促すとやはり、焚火のそばに腰を下ろし、機嫌よさそうに喉を鳴らす。


「知らなかったぜ。お前サイファーなんだな。機関の中でもサイファーは師弟関係を結び、先生役の兵隊から生徒役の兵隊へ武器を受け継ぐ特別な習慣があるって話を思い出した。スフェーンの鉄笛は受け継がれたもので……先生はお前だったんだな…………シルトパット」


 静けさに包まれていた闇の中から草をかき分ける音がした。先に出てきたのはもう一匹の白狼。尻尾を振って俺が連れてきたやつの隣に腰かけると、二匹は全く同じように自分たちの背後に顔を向けた。「来ないのか?」とでもいうようなその表情が見えていたのだろう。少し間を置いて、橙の光に照らし出される赤髪の兵隊。

 金縁の丸眼鏡の温和なイメージも乗っかって、そこいらを歩いていても気にも留めない服装をしている。が、足元の泥の跳ねの少なさ、衣擦れの音一つしない歩き方、意識すればわかる。ブルート兵の身のこなしだ。

 暗い紫の瞳は居心地の悪そうに右往左往して、躊躇いがちに口を開く。


「…………ごめん」

「いつからつけてた」


 本題に入る前にまずは俺とキャンディッドの協力関係に気がついていないかを確認したかった。

 ………ゼノはカルマ城をウェルナリスから歩いて大人で3日かかる距離だと言っていた。シルトパットは白狼に乗って移動すれば、かなり時間を短縮することができる、と言ってもあまり猶予はないはずだ。

 そう、俺があの酒場でスフェーンに会った日の夜から行動しないと間に合わない計算………なのだが、シルトパットがどう動いていたのかわからないなら明瞭にしておくべきところだ。


「君があの城に来ると思って……朝から潜り込んでたんだ。道中にすれ違った人達も修道騎士が来るって噂していたからね」

「………ん?」


 俺のその後の動きに言及しなかったし、朝から来たということは、やはりあの夜から動いていたのか。

 …………いや、それはそれとして今なんて言った?

 道中にすれ違った人達も修道騎士がうんたらかんたらとか言ったか?

 おかしい。城に修道騎士が来るのを俺たちが知ったのが日暮れ。朝から来ることが分かっていた人物といえば、あ…………一人と一匹いた。


(こんなところまで用意してたのかあいつら………!!)


 ただのウィルオウィスプをケルピーに変えることができるあの純血の魔法使いと、神に等しい伝説の妖精ヒュドラの子がとった行動は容易に想像がつく。その強大な力で人間に化けたんだろうな………わざわざ朝っぱらからシルトパットを騙しに行くために。


(なるほどな………)


 ここにきていろいろなことがつながってくる。

 俺の髪を赤くした時にスフェーンを指していると思っていた数々の言葉たちは、シルトパットを観察した結果でてきたものだったってことだ。

 だが…………まだだ。

 俺達の行動はゼノの魔法があったから可能だった。それをわかっていないシルトパットから見たら俺の動きは明らかにおかしい。その辺をどう思っているのか、探りを入れる前にあいつは


「姫を地方巡業に連れ出して来てスフェーンから話を聞いた後、人攫いの真相がわかったんだよね?

 そして本物の招待者から書状を奪い潜入し内部から崩した後、うまく導いた修道騎士をかち合わせて事態の収拾を図った……彼らは宗教方面に働きかければよく動くからね。太聖会でも理由にすれば、滞在期間が短すぎることなど気に留めず喜んで帰ったんじゃないかな」


 明かされた考えは一片の無駄もなく………いや、こいつの頭の中の俺が現実よりも遥かに優秀だとか予想外の要素はあるんだが、怪しく思っていないのなら上々か。

 続けて俺は城を出る前ゼノと打ち合わせした通りの誤魔化し文句を暗唱しようとしたのだが………


「あー……そう。そうなんだよな……?あと偽令嬢は見たか?……あれはその〜妹を探してるっていう町娘で」

「遠くからちらっとなら………わかってるよ。君が釣りをして捕まえてきた協力者でしょ。それで馬とかその服とかその鬘とか提供してくれて令嬢役にもなってくれたんだ」

「お、おう……あーっと、あとは」

「もしかして姫付き護衛の方も協力者を見つけられてうまく騙せてるの?」

「あ~……そ、そうだな?ほら、暗いから俺の顔とかな?変わってても気がつかねぇだろうし?」

「最善の方法だと思うよ。ラピスは兵の質も悪いし、連携もろくにとれないから、今後何かあった時もこのウィークポイントを起点にするといいかもね」

「……」


 何食わぬ顔で受け答えするあいつから目をそらし、眉間に手を当て、ため息をつく。


 だめだ(だめじゃないが)こいつ………頭がいいから、俺が何も言わなくとも全部違和感なく補完してくる……!


 ガキの頃はわからなかったが………手品みたいに出てくる予備知識に、この先読み、何より百人単位の戦いに慣れた使用人を相手にして傷一つついてない様子から見て、シルトパットはただスフェーンの先生役のサイファーってだけじゃねぇ………こいつはブルートの、機関の上層部の兵隊だ。

 だったらなおさら、組織に背く俺をどうするつもりなのか。意を決して問いかけた。


「…………お前はどうしてここに」

「スフェーンに頼まれて。彼は君がなんとなくヴルュハーズィ家と関わるんじゃないかと予感してたんだけど、僕は話を聞いた君が確実にここに来るってわかってた。

 ……あの城に彼女はいなかったね」


 暗殺を先延ばしし、この国境まで来た俺の目的をわかっているのに、やはり、最初っから感じていた何かは気のせいじゃない。シルトパットからはそのことを咎めようとする意志が感じられない。それに、南の塔にいたのになぜわかる。


「最初からわかってたのか」

「うん。エリザベス……というか、ヴルュハーズィ家は皆プライドが高くて、身分差別の思想が強いんだ。だから美しく身分の高いものは好む傾向にあるけど、黒髪や極貧民は視界にも入れないはずだと思って」


 今考えることではないのに、苦いもんを嚙み潰したような嫌な心地が思考を奪う。

 身分の高いものを好むエリザベスはきっとビアンカの件がなくても、いずれ標的を令嬢たちに変えていただろう。

 エスカレートする犯行、果てに待つ戦争、最悪の時限装置をプレラーティは仕掛けていた。

 ぼやけたままでいいと思っていたのに奴の輪郭を思わぬ形で知ることになってしまった。とんだ悪魔だった。


「なぁ。プレラーティ……ってなんなんだ」

「……え」


 シルトパットの顔に驚きが出た。それを見た後に俺は自分が何を口走ったのか自覚する。

 奴はブルートの禁忌、口にしてはいけない。それなのに、エリザベスと対峙したあの時から胸の中に焼けつくような、乱暴な衝動が震えていて、誰かにどうにかしてもらいたいような、行き場のない気持ちで口から勝手に言葉が零れ落ちる。


「帝国の宗教の関係者だってことはわかった。それがなんでゴーネルの宝石商やブルートのヘクセ教会と繋がってる。奴は帝国の繁栄だけのために……どれだけの」


 それ以上言葉が出てこないほど心がいっぱいだった。握りしめて掌に爪が食い込んだその時、俺の拳は冷たい体温によって解かれた。

 顔を上げると、シルトパットは肩に手を置いて俺のことを真っ直ぐに見つめる。あの、フロスティムーンのきれいな夜と同じ顔をしていた。


「わかるよ。君の気持ち……本当によくわかる。だけど、今回のことも含めてすべてが奴の思い通りになっていたわけじゃないよ。

 現にプレラーティが過去の人となった要因は当時共犯者の一人だった大公爵の暴走によって罪が暴かれたからだよ。あれが無かったら奴はまだ生きていただろうし。

 えっと……ペラペラしゃべってつまり何が言いたいんだって話だけど……ごめん、思いつくまま話してたら着地点が無くなっちゃった」


 まだ何か言葉を尽くそうとするあいつを見て俺は、あの日も、そして今も、どうしてシルトパットに気持ちをぶつけてしまうのかわかった。

 俺と同じ鮮やかさで、温度で、気持ちをわかってくれるんだ。

 ディディエとは幸せを分かち合えた。そしてシルトパットとは苦しみを背負いあった。俺がディディエを見失っても俺でいられたのは、あの日あいつが同じものを引き受けてくれたからなんだ。


「俺の、俺の父親は帝国繁栄の犠牲にならずに済んだのか」


 素直に出た言葉はこれだった。シルトパットの表情がより一層真剣なものになる。


「……そうするつもりだよ」

「……父の件はまだ続いてるのか」

「うん………だけど大丈夫。奴の狙いはわかってる。犠牲になんて絶対にさせない。そう、全部壊されたわけじゃない。もう何も失わないように……」


 口元に糸月が浮かんだ。笑っているはずなのに向ける視線は射貫くように鋭い。涼やかな山風が吹き抜け、赤い髪が瞳を隠した。離した冷たい手で前髪を掻き上げて、眼鏡の位置を整える。


「剣の鞘、汚れついちゃってるね。少し貸してくれる?」

「あぁすまんな。助かる」


 この後もう一度ゼノと合流して変装の魔法を解いてもらうことになっている。その時に綺麗にしてくれるだろうということを知らないシルトパットからしたら気になるのも当然か。

 鞘をぬぐい、柄の泥もクロスでふき取る。刀身にも泥が跳ねていたのを見つけたのか、鞘から剣を取り出し焚火の光にあてながら凝視する。


「…………どう、して……こんなことが」

「なんか、変なもんでもついてたか」

「いや、なんでもないよ。ありがとう。きれいになったよ」


 クロスをズボンのポケットにしまい込んだ後、剣を返すとシルトパットは小石を拾い上げ焚火の下で何かを書き始めた。


「少し待ってて」


 迷いなくどんどん書き記されていくのは2つの文字式。

 T=K分の一×ℓn……?×二分の一A分のA+A⒣……

 T⒳=K分の一×ℓn×2……

 この2式をT⒳-Tの形に変形させたところで小石を置き、しきりに瞬きし始めた。計算は得手だと自分では思っていたのだが、正直何が何だかわからない……Tの変位を求めていることだけはわかるが、どの文字が何を現しているんだ。

とにかくこれは相当厄介な代物。のはずなのに


「……ごめん、僕計算遅いよね。もうちょっと、もうちょっとだから待ってね」

「は……?」


 どうやらシルトパットにはこの謎の式が数字で見えていて、しかも暗算していて、それが遅いとかぬかしやがっている。

 驚きを通り越した俺の横で一分と経たぬうちに砂上の文字を手で消した。答えが分かったらしい。


「……39日後」


 それだけを言ってから、深呼吸して


「次の次の満月の日に任務を遂行する事………待てるのはそこまで。その間何をしてもブルートに報告が行くことは無いし、ゴッシェやスフェーンにも絶対に詮索させない。

 ただし頼みがあるんだ。今後の情報ソースの一切を僕に任せてほしい」

「……お前」


 告げられたのは肯定と協力。願ってもいない幸運に驚いたのもつかの間、硬い表情のシルトパットを見て、この提案の真意を察する。


「王都に戻ったらまた資料を届けに行く。少ない時間の中で、できるだけ可能性の高いところを探したほうがいいでしょ」

「他の任務は」

「……スフェーンの補佐だよ。だけど……あの日から僕の一番の任務は君と同じだから」

「守ってたのか。俺に言ったこと全部……」

「うん」


 開口一番に謝罪した意味は、ここまで来た狙いは…………


「ごめん。ごめんね………僕はこんなに沢山時間をもらったのに、君の大切な人を見つけることができてない。できてないのに、君の前に姿を現してしまった」


 深々と頭を下げられ、返事をすることができなかった。

 視界の端に白狼たちが映る。ブルートから持ってきたとみられる荷台に赤い本を戻している。そこには何冊も同じような本があった。

 スフェーンの補佐をするために来たのにエリザベスのことを記している本をわざわざ持ってきたのはきっと、俺に見せるため。


「わかったよ」


 恐る恐る上げた青白い顔は俺を見るなり呆けたような表情になって、微動だにしなくなる。

 ニジェルの黒髪の薬屋は俺だからとか、新しい選択を見つけたんだとか、もっと何か言うべきだっただろうか。だけど、こいつにはこれだけで全て伝わる気がした。


「バトンタッチだ。協力してくれるんだろ?」

「…………エスティー」


 まだ動かないあいつの肩を軽く小突く。


「……ったく体は鍛えてるみたいだけど、何時みても青っ白いんだよ。ちゃんと夜飯食えよ」


 踵返して歩き出しても何も言わないもんだから、俺は肩越しに見遣り、手を振った。


「じゃまたな、シルトパット」

「…………うん」


 震えた声と鼻をすする音になぜか安堵感を覚えて、ひとり帰り道を辿った。

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