4話 身代わりの姫

 暗殺機関サングインに入ったばかりのころ、山場での訓練があった。

 スタートからゴールへより早くたどり着いた奴が一等賞。単純な訓練だった。

 訓練の前に上官から既定のルートをそれないようにと強い口調で言われていたが、人の言うことを全く聞かなかった当時の俺は、近道を通りたいがためにすぐさま既定のルートからはずれた。

 場所が場所だからいけなかったのだ。

 この山場というのが原生林の残る最後の秘境、カレンドゥラ山脈の一角で、それた道には嘘みたいに太古の動植物がうじゃうじゃいた。

 そこで俺が出会ったのは太古の妖精ども。

 山に慣れてないガキンチョは退屈しのぎのおもちゃに丁度よかったのだろう。

 妖精どもは俺を助けるふりをしてありとあらゆるいたずらの限りをやりつくした。

 特に最悪だったのが戒めの魔法という太古の魔法で、頭がもげるほどの激痛に小一時間苦しめられた。

 あの時ほど上官の言うことを聞けばよかったと思う日はない。


 奴らはケタケタと笑いながら、青白い光を俺の頭に注ぎ込み、俺はというと光が強くなるほどに地獄のような痛みを………あれ?青白い光だっけ?

 たしか、なんか赤い光だったような気がする…?

 赤い光?……赤い光。うん。

 ……

 …………

 ………………赤いっ!光ぃっ!



「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!………あ?」


 目が覚めると、斜めに迫った天井。

 衛兵塔の自室のお粗末なベットの上だった。


「あれ?赤い光は?………そうか、さすがにぃ……夢だよな?まっさかぁラピスの姫が太古の魔法なんてしってるわけねーし?きっと今日が本番だr」


 指先に当たったものがカサリと音を立てる。

 それはゴッシェからの手紙で


『いよいよ今宵が新月の日ですね』


 結びにはそんなことが書かれてある。

 一日一通やりとりしていた手紙。

 俺の手元には三通ある。


 やばい、夢じゃない。


「いやそんなことはわかってんだよ!起きた瞬間気づいとったわ!

 だとしたらなんで俺は、衛兵塔に戻ってきてんだ……」


 可能性は二つ。

 俺が突然夢遊病に罹ったか、誰かが運んできたか。


「俺が夢遊病なわけがないだろうが!落ちつけ馬鹿が!

 誰だゴッシェか?いや、それだったら俺は今ラピスから脱出しているはずだ。

 つまり……ゴッシェとともに脱出もできずに、暗殺し損ねて、城に幽閉された……?」


 すでに周りは包囲されていて、どこの手のものか吐かされるのか…!いやいやいやありえない!ありえてはいけない!ブルート兵が捕虜なんぞ!衛兵全部ぶっ飛ばしてでも捕虜にだけはならん!

 部屋の外を確認するために恐る恐る扉を開ける。すると……


「……!!?」

「……なんだ、やっと起きたのk」


 バタン


 周りを有象無象に包囲されるよりも恐ろしいことが起きている。俺はすぐさま扉を閉めて内側から鍵をかけた。

 扉に背を預け顎に手を当てて今目にした状況を整理する。


「おい貴様!何故鍵をかける!開けろ!あーけーろっ!開けろって言ってるだろう!」


 ん?………白い髪の女が壁に寄っかかってた。

 あれって、あの姫の護衛の女騎士だよな?なんで俺の部屋の前にいる?


「開けろ馬鹿者!言うことを聞かないのならばたたき割って侵入するがいいか!」

「ダメに決まってんだろ馬鹿野郎が!」


 腰巾着に隠していたマッチを取り出しながら寝床へ駆け寄り、ゴッシェの手紙と城の見取り図と修道院の設計図を急いで焼き払う。


「ば、馬鹿野郎だと…!貴様私が誰だかわからないのか!」

「知るかボケ!」


 知ってるから焦ってんだろうが!とは口が裂けても言えないので適当に罵詈雑言を投げつけておく。

 よし、関係書類は全て炭屑になった…!あとは何もない!

 ピンチを切り抜けとりあえずホッとしたその時…


 ドォォォォォォン!


 耳がイカれちまうような轟音がして俺の背後から涼しい風が吹き抜ける。

 ……振り返り、肩越しに見えるのは仁王立ちしたあの女騎士。

 あいつ、本当に扉を叩き割って入ってきやがった。


「……姫付き修道騎士であるこの私に、何たる無礼の数々。度し難い……だが、姫の命とあればしょうがない」


 奴は今にも殴り掛かってきそうな形相だったが何やらぶつくさとつぶやいた後、踵返して歩き出した。


「配属直後に幸運なことだ。エスティー・ベルナー、貴様は今日から私とともに姫付きの騎士となった」

「……は?」

「これより任務にあたる。修道院へ行くぞ私についてこい」

「待て!どういうことだ納得のいく説明をしろ」

「私は何も知らん。詳しいことはあの方に直接聞け」

「……!」


 その言葉を聞いて、俺が置かれている状況のすべてを理解した。

 あの夜俺は、たしかにあいつにやられた。

 けれど、一夜明けたら修道院から城に戻っていた。

 あそこに扉一枚隔てていたはずのこの女騎士は俺の正体に気付いてない。

 あいつが秘密裏に俺を運んだんだ。

 

(……殺さず、閉じ込めず、自分のもとに呼び寄せるなんて、あの女何考えてる)


 こっちも聞きたいことがある。

 古の魔法に、ファルシオン、後出しじゃんけんはたくさんだ。何がどうなってんのか、はっきりさせてもらう。









 女騎士に連れられて俺は昨夜ぶりに修道院北奥の塔へとやってきた。

 重苦しい銀の扉の前で


「この奥には私しか入れないのだがな、特別にだ。貴様は特例で入れるのだからな!幸運に思え」


 と、ふんぞり返っていっていたときは苦笑いを浮かべるのがやっとだったが。


(窓からなら入ったんだよな)


 思いのほか質素で地味な部屋だった。なんてこいつの前では口が裂けても言っちゃいけない気がする。

 扉を開けた先の螺旋階段を上り…ついたのは滑らかな木の扉の前。


「お前はここで待て」


 そういわれ一人取り残されたあとしばらくして女騎士が部屋から出てきた。

 何やらあわただしく支度をしているようで俺には去り際に、中に入れとだけ言って階段を駆け下り去ってゆく。

 人払いはしてやったぞとでも言っているかのようだ。腰に帯びた剣を確認してから奴の待ち構える部屋へ踏み込む。

 木の扉を押し開けると奴は昨日見た天蓋付きベットのわきに置かれた木の椅子に座っていた。

 白い修道服に身を包み、ブロンドの長い髪と黒いベールのついた帽子がその顔を隅々まで覆い隠す。

 だが、奴は俺が来たことを察知すると、何を考えているのか帽子をとって素顔をあらわにした。


(…どういうことだ?)


 奴の行動の意味、そして現れた奴の顔、二重の謎に俺は困惑した。

 昨夜と顔が違うのだ。

 確かにあの時、赤と紫のオッドアイを爛々と光らせ左頬には十字架のタトゥーが刻まれていたはずなのに、今の奴は両方の目が固く閉じられ、そこから涙が尾をひいたかのような化粧が施してある。


(涙化粧、意味はお守り……これ自体は不自然じゃない。だけどタトゥーが消えているのはおかしい)


 昨日とは違う人間かと勘ぐったが首にはチェーンがきらりと光ってる。

 あの赤石についてるものに間違いない。

 同じ人物なのに、どうして顔が違う。


 もう一度、冷静になり情報をつなぎあわせる。

 俺が見たこいつは、教会でベールに包まれた姿、昨夜、そして今。

 噂、魔法、あいつの目……頭に浮かんだ答えはおそらく正しいはずなのに疑心暗鬼になる。


(スフェーンはこんなこと言ってなかった……あの女騎士だって、民たちだって気づいていない)


 いつからだ、いつから入れ替わった。


「お前、姫じゃないな」


 奴は眉一つ動かさず俺の言葉に返事をする。


「それで、あなたの答えはなんですか」

「お前は………魔女だ」


 続けてどうぞ?とでも言いたいのか、奴は是非を答えずに黙っている。


「石を媒介にすれば何の力もないただの人間でも呪いをかけることくらいはできるだろう。だが、お前が使ったのはちゃんとした魔法だった。

 この時点で本物の姫じゃないことは誰にだってわかる。

 お前が姫の身代わりをこなすためネックとなるのはその特異体質の夜目と昼と夜で変わる顔の紋様。

 だからあの噂を利用して顔を隠していた」


 こいつの目……俺と違って昼用の目がないとすれば今目を閉じているのも納得がいく。

 あのタトゥーも昼は涙化粧になるとすれば消えた理由が頷ける。

 昼と夜で顔が変わるんじゃ普通は身代わりなんてできない。

 だが、顔を隠しても問題ない状況を作り出せたら話は別だ。

 おそらく、それは本物の姫が手助けしたんだろう。政治の場を去り、自分は精神を病んでしまったから人前には出れないという噂を流した。


(助けのかいあって、こいつは身代わりになることに成功した……姫を暗殺しに来た連中はまんまと罠にかかった鴨だったってことだ)

 

 誰も知らないこいつの正体。そんな爆弾を目の前に突き付けているのに、奴が焦る様子はない……まるで手ごたえがなくて逆にこっちが焦る。

 こいつが俺をどうしたいのか見えてこない。

 だからこそ今ここで主導権を握らなければ、どう転ぶかわからない。


「追い詰められてもお前のでなんとかできるって思ってるわけか?うぬぼれんな、お前は純血じゃない。魔女の血を引いてるってだけだ。

 使用者がお前でも魔法が強力なのは、その石が応えてくれてるだけなんだから」

「…やはり、なのですね」

「…?」


 ふとつぶやいたその言葉に一抹の違和感。

 不幸なことにその正体に気付いたのは、奴の言った決定的な言葉を聞いた後だった。


「やはり知識がありますね。さすが、血のブルート兵といったところでしょうか」

「……」


 焦って馬鹿なことをしでかしてしまった。はじかれたように奴を見る。

 日の光を背負って、影を羽織り背をただす。

 あの不気味な両目は閉ざされているのに、暗闇の中から殺気にも似た視線の気配が這い寄ってきて、体が動かなくなる。

 わざと俺にしゃべらせて、どこのだれか特定するのが狙いだったんだ。

 昨夜のファルシオンはあしらえた。だけど今度の不意打ちは俺の心臓を的確に刺しぬいた。


「石が応えるといいましたね。ブルートを除くラピスや他の王国では、これは魔女を打ち滅ぼした誇り高き王族の証として受け継がれる宝石としか伝わっていません。

 しかしブルートの宗教、ヘクセ教では違います。意思をもつ魔女の石、持ち主に特別な力を与えてくれる。偶像のようなものだと聞いています」


 奴のネタ晴らしはこれで終わりではない。鋭い声音で言葉を続ける。


「昨夜のこと、修道院の近くに馬がいたんです。百年に一度生まれるか生まれないかの立派な早馬でした。

 城に、もう一人くらいあなたの仲間が潜り込んでいるのではありませんか?」


 図星を突かれ、動揺を表に出しそうになるが、すんでのところで冷静さを取り戻し、これは罠だと察知した。

 カマをかけてるだけだ……諜報員サイファーであるゴッシェのことは絶対にばれてはいけない。


「何の話だ、仲間はいない。俺一人だ」


 あたりさわりのない答えを言ったはずなのに奴は


「話術が不得手ですね。本当に仲間がいないのなら何の話だとは言いませんよ。

 おそらく青石を奪う役割の人間がいるはずですよね?」


 これも罠だ、わかっているはずなのに心臓がうるさくてまともにものが考えられない。

 ……けど、もう一度奴に何か言ったら、もう逃げられない気がする。この予感は十中八九正しい。 

 かくなる上は今度こそ……そう考えて腰に帯びた剣と背後の扉に目をやり、音を立てず後ずさる。

 が、それすらも見透かしている奴は少し張った声で俺を止めた。


「あなた方をつるし上げる気はありません。ただ、その計画自体が無駄だと警告しようと思ったのです」

「……どういうことだ」

「あなたなら、すぐにわかると思います。確認ですが、あなたは現王の青石を直接見ましたか?」

「直接は、ない」

「そうでしょうね」


 青石に関してはゴッシェに丸投げした。それがなんだ?直接見れば何故この計画が無駄だとわかる。

 胸に残ったのはただ一つの答え。


「姫様、ご用意ができました。どうぞこちらへ」


 どこかへ出かけていた女騎士は帰ってくるなりそう言い、奴は俺と女騎士を伴って馬車に乗り込んだ。

 馬車が行く先にあるのは、見目麗しい白亜の王城…












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