第12話 三振数のプロ野球シーズン記録ベスト5は、ブライアントブライアントブライアントひとつ村上を挟んでまたブライアントなんだよね

 真琴と一緒に暮らしてからしばらく経った。


 色々あって正々堂々高らかに交際宣言をしたものの、僕は真琴と恋人らしいことを未だに何も出来ていない。

 いや、競泳水着姿の真琴に背中を流してもらうというギャルゲーみたいなイベントはあったが……。あれはあれで真琴の役作りのためだったらしいし、その後は結局いつもの通りに戻っているので基本的には平穏な日々を送っている。


 さすがにこのまま何もしないのは男として甲斐性に欠けるということで、次の休みに真琴をデートに誘ってみることにした。

 毎日演劇の稽古に邁進している真琴だが、次の土日が珍しく丸々休みになったらしくて身の振り方に戸惑っていた。それなら僕からお出かけに誘わずしていつ誘うというのだろうか。

 いつも所属する劇団では男役をやらされることが多い真琴を、この土日ばかりは僕が徹底的にエスコートしてやろうと思う。


「――というわけでまあ、お出かけというかその、デートと言うか……」


 意気込んだのはいいものの、デートに誘うということに慣れているわけもなくなんともたどたどしい誘い方になってしまった。


「……で、デートかい?ぼ、ボクと、祐太郎が……、デート……?」


 真琴はそんなことを言われるなんておもってもいなかったようで、僕同様動揺している。……いや、駄洒落ではない。


「そ、そんなにびっくりするなよ。一応付き合っているんだから、一緒に出かけたらそれは『デート』だろ?」

「確かにそう言われればそうだね。ボクとしたことが動揺しすぎたよ。……それで、どこに出かけるんだい?」


 僕はひと呼吸置いて答える。


「やっぱり映画かな?演劇の参考になりそうなやつがいいよね。何か興味ありそうな作品ある?」

「映画かあ、最近観に行ってないなあ。――あっ、でもちょっと気になる作品はあるかも」

「よし、じゃあそれを観に行こう」


 真琴の言葉に僕はやや食い気味に返事を被せる。それぐらいノープランだったのは申し訳無い。

 一方で真琴の方は余程嬉しかったのか、ご主人が帰ってきて喜びを爆発させる飼い犬のような顔で僕を見てくる。もしも彼女に尻尾があったならば、三振数の日本記録を持つ元近鉄バファローズのブライアントばりにブンブンとそれを振り回していたに違いない。


 やっぱり表情豊かな真琴は可愛い。


 しかし、この時真琴が観たいと言っていた作品のことをよく深堀りしておくべきだったと後になって僕は頭を抱えることになる。


 ◆


 デート当日。

 一緒に住んでいるのに『待ち合わせがしてみたい!』と真琴が言うものだから何故か僕は今駅ビルの中にある変な形のモニュメントの前にいる。

 この街では定番の待ち合わせスポットのようで、僕以外にも誰かを待ちながらスマホをいじっている人がチラホラといる。

 例に漏れず僕もスマホをいじって時間を忘れようとしていると、本当に時間を忘れそうになった頃に真琴がやってきた。


「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」

「いいよいいよ、僕も今来たところだから」

「それはダウト。……でも、こんなやり取りちょっと憧れてたんだよね。ありがとう」


 さっきまで一緒に家にいたはずなのだけれども、この小一時間の間に随分と彼女の身なりは様変わりしていた。

 黒のスキニーパンツにオーバーサイズめのシャツを組み合わせたスタイル。真琴の長い脚を一層引き立たせていて、凛とした雰囲気を活かしきった最高のコーデだと思う。


「……どう、かな?ファッションに強い友達に見繕って貰ったんだけど」

「とても似合ってると思うよ。真琴らしくて凄く良い」

「そ、そうかな……。なんか面と向かって褒められるとなかなか恥ずかしいものだね」


 真琴は照れ笑いを見せた。

 どんな服も着こなしてしまいそうな真琴だけれども、普段の凛々しさからは想像がつかないくらいのこの照れ笑いが実は最強のコーデかもしれない。


 ふと真琴の足元に目をやると、僕はなんとなく違和感を覚えた。


「……あれ?そういえばヒールを履いていないんだね。今朝玄関に置いてあったからてっきりそれを履いてくるのかと」

「ああ、あれね……」


 真琴はちょっと気まずそうな表情を浮かべる。

 しまった、余計な事を聞いてしまったかもしれない。そう思った僕は発言を撤回しようと不自然に慌てる。


「ああいや、なんでもないならいいんだ。余計な事を言ってごめん」

「ううん、確かにあのヒールを履こうと思ったんだけどね、実は……」

「……もしかしてヒール部分が折れちゃったとか?」

「そうじゃなくて! ……あのヒール履いたら、ゆ、祐太郎より背が高くなっちゃうなと思ってね。そうなると祐太郎嫌がるかなーって。――け、決して背が高いことがコンプレックスとかそういうことじゃないんだよ!?」


 そんな可愛い事を言いながらモジモジするな真琴。反則だ。

 真琴としては背の低い女の子の方が可愛げがあって羨ましいと思っているのかもしれない。しかしそれは違う。

 背の高さで可愛さは損なわれるものではない。それよりもああでもないこうでもないと悩みながらヒールを履かないという選択を選びぬいたその過程が狂おしいほど可愛い。先日の藤井ユイカの言葉を借りれば『てぇてぇ』だ。


 高津真琴軍の初回の攻撃は打者一巡の猛攻。五十嵐祐太郎はあっという間にノックアウトされてしまった。

 果たして僕はこのデートの間、正気を保っていられるのだろうか……?

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