殺す。ぶっ殺す。

エリー.ファー

殺す。ぶっ殺す。

 死が近い。

 しかし、逃げられないということもない。

 このまま死ぬのか。どうするのか。

 私には死が見えぬ。けれど、それによる恐怖を感じることはできる。

 殺意が近い。

 これは、私を不安にさせる。

 私は、私を捨てなければならない。今、この瞬間だけは文化的な私ではなく、本能的で、動物的な私にならなければならない。

 間違ってはならない。

 これは、事実なのだ。

 私は、命を入れる箱である。この箱に傷がつくことは問題ない。しかし、箱の中へと何かが接触するのは避けなければならない。

 命の姿を見たことがない。

 命は私と無関係である。近しいというだけである。



 殺されるという恐怖はいつだって、私たちを追い詰めてきた。

 恐怖そのものが命を刈り取る時もある。

 悲しいではないか。

 恐怖とは、生きようとする本能である。命を守るために存在している情である。敵ではなく味方なのである。

 使いこなすべきなのだ。

 どんなことをしても、どんな犠牲を払っても。

 私たちは恐怖を愛すべき隣人として定義しなおさなければならない。

 難しいことだろう。しかし、それを成し遂げた時、人は進歩するのだ。

 これは間違いのない事実である。疑ってはいけない。殺す、殺される以上の関係性。このために命を燃やすのだ。




 星が落ちてくるまで、あと十五秒。

 もう助からない。

 妻と一緒にいようかと思っていたが、妻は浮気相手のところに行ってしまった。悲しいかな一人であり、思ったよりも悲しくない一人である。

 浜辺で体育座り。この状態で死ぬのか。

「あの、お隣よろしいかしら」

 髪の長い女性がいた。

「あぁ、どうぞ」

「どうも」

 残り十秒。

「人類は絶滅しますね」

「えぇ、そうね」

「でも、悪くない心地なんです」

「私も」

 あぁ。なんて気の合う人。

 僕と女性は見つめ合った。

「良い日ですわね」

「えぇ、とっても」




 あ、これ死ぬな。

 死ぬぞ。

 マジで死ぬぞ。

 絶対に死ぬ。

 だって逃げられないもの。

 



 愛する人の場所へ行きたい。

 こんなところで死にたくない。

 お願いします。お願いします。神様、お願いします。

 ここから出して下さい。

 もう、こんなところにいたくないのです。

 十分、我慢しました。何もかもうまくいかないまま、この歳になりました。

 他の人と比べたら、わりとうまくいっているほうかもしれません。でも、努力に合っていないんです。才能がないせいで、努力のコスパが悪いんです。

 だから、苦しみました。

 恨まれました。

 妬まれました。

 人が思うほどの利益はまだ手にできていません。

 お願いします。

 お願いします。

 殺さないで下さい。

 こんなところでおわりにしないで下さい。

 ここまで積み上げてきたんです。

 やっとここまで来たんです。

 あと、少し。いや、もっと長い道が待っている。そのことも十分理解しています。自分の人生を使って、全力で進んで倒れる場所と、こことの差がさほどないことも分かります。

 でも、お願いです。

 行かせてください。

 神様。

 才能がないなりに頑張ったんです。

 自分で、コントロールして。

 どうにか。

 神。

 あぁ。

 神、様。か、か。神、さ、様。

 寒い。

 寒いです。神様。

 なんで。

 見捨てないで。

 お、お願い。

 か、か、神、さ、様。

 あ、あなたのことをこんなに愛しているのに。

 なんで、なんで。なんで、なんで、なんでなんで。なんでなんで。




 ああいう、生き方が世界で一番キモいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺す。ぶっ殺す。 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ