冷蔵庫の残り物

ゆずしおこしょう

第1話 ズボラミルクティー

 

 ※この物語は独身アラサーの日常を黒髪眼鏡美人に置き換えて描いています。

 ※興味がない、不快に感じる、もったいないおばけバスターズ、ストレートティー原理主義の方は速やかなるブラウザバックをお勧めします。


 深夜1時。


 近頃はすっかりと鈴虫の鳴き声が聞こえなくなった。


 縛っていた前髪がいつの間にか滑って垂れてきたのが気になって、縛り直す。


 ついでにズレてきた眼鏡を整え、ため息をつく。


 静かに息を吸い込むと、もう一度パソコンと向き合った。


 テーブルに向ってキーボードを叩く音だけが6畳の部屋にカタカタと響く。


 足もとが冷気に包まれ、ブランケットを掛けたり足を動かしたりして、どうにかやりすごす。


 画面と睨めっこをしているうちにキッチンの方からカタカタと音が聞こえて来た。


 重い腰を持ち上げて、コンロの火を落とす。すると、蒸気で揺れていたヤカンの蓋が静かになった。


 すぐにティーバッグを取り出して、大きめのマグカップに注ぐ。途端に甘くすっきりとした香りが湯気と一緒にふわっと漂ってきた。


 カタンとヤカンをコンロに戻し、もう一つのコップを取り出した。


そして、ティーバッグと紅茶の一部をそのコップに移す。


 温かい紅茶を持って席につき、再びキーボードを叩き始めた。


 なかなか思いつかない文章に苦戦しつつ、30分ほど画面と向き合う。


 資料を眺め、頭が働かず、口さみしくなると、自然にマグカップに手が伸びていく。


 最初の内はあつあつの湯気が顔に当たり、猫舌の性でおっかなびっくりしながら慎重にずずっと啜る。


 温かい液体が舌の上で鼻から取り込んだ空気と混ざり合うと、すっきりとした香りが口の中いっぱいに広がっていく。その後からさっぱりとした味わいとお茶らしい渋みが口の中に広がる。


 昔の同僚でこの香りや渋さが苦手だという人がいたので、人間の味覚は千差万別だよなとしみじみ思う。


 ずずっと啜り、カタカタとキーボードを叩き、すりすりと足先を擦る。


 そんなことを繰り返しているうちにコップの中身が空になったことに気が付いた。


 よっこらせと台所に向い先ほどの紅茶の残りをコップに注ぎティーバッグを捨てる。


 冷蔵庫から牛乳を取り出し、紅茶の2倍くらい注いでレンジに放り込む。


 1分ほどで取り出して、上から市販のホイップクリームをぐるりとかけた。


 じゅわーっとホイップクリームが溶けていき甘い香りがふんわりと漂う。


 紅茶党の人が悲鳴を上げそうなやり方だと思う。


 最初から2杯を別で入れろ。再利用ってなんだ。ミルクの配分狂ってないか? ホイップクリームだと?


 その気持ち、わかる。


 でも、いいじゃないか。


 飲むのは自分だけなんだから。


 そんな風に自分に言い訳をしつつ、空の方のコップを水桶に突っ込んでから再び席に着く。


 出過ぎた渋みがミルクやホイップクリームの甘みで誤魔化され、すっきりとした香りと甘味が口の中に広がる。


 くどい甘味かもしれないが、こういう甘さも仕事中にはありがたい。


 先ほどよりも随分と足元が冷えてきた。


 この一杯が終わるころには作業を終わらせたい。


 あっという間に冷えていくマグカップから手を離し、再びキーボードに手を乗せる。


 静かな室内がまた打鍵音だけが響く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷蔵庫の残り物 ゆずしおこしょう @yuzusiokosyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ