第12話 4時半

全身から汗がどっと噴き出す。


向こうから明らかに敵意を感じる。


怯んでしまったが、すぐに怒りの感情を作る。


腹に力を入れて右手で九字を切り


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」


と唱えた。


九字切りは不動明王と契約しないと意味がないという話をネットで見たことがあるがやってみた。


理由はやってみたかったからだ。


要は雰囲気。


気で負けちゃいけない。


転がったフーチ辺りに居た幽霊が後ろに下がった気がした。


眼を開けたまま集中し


「破ぁっ」


幽霊がまた少し後退した。


こちらは少し前進し集中してさらに


「破ぁっ」


と怒鳴る。


今度は動かない。


幽霊はぼろぼろの長ズボンに長袖を着ていて頭は剥げていて歳は50後半くらいだろう。


相手を観察して自分で自分の冷静さに満足した。


変だな、見た目は靄なのに、なぜかそういう格好の男の幽霊だと感じる。


幽霊を見るのを"視る"って書くのは、単純に見える訳じゃないからか。


相手が動かなくてもまた少し前進した。


集中してまた「破ぁっ」っと怒鳴る。


今度は下がった。


続けて「破ぁっ」と怒鳴った。


相手はさらに下がる。


「破ぁっ」


前進


「破ぁっ」


また前進


「破ぁっ」


さらに前進し畳み掛ける。


どれくらい時間が経っただろうか。


全身の汗が止まらない、暑いし熱い。


相手はもう玄関から少し出ている。


これで最後と思い集中して


「破ぁっ」


怒鳴った瞬間、幽霊が消えた。


私は玄関を凝視したまま、まだ動けない。


「ふーーー」


どれくらいそうやって玄関を見ていただろうか。


大きく息を吐き、リビングに戻り一度換気してお香を焚いた。


窓を開けると、外が明るくなりだしている。


時計を見ると4時半をまわっていた。

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