第2話

「パパ上、おかえり~!」

 出張でシティに出かけていた匠は、アロンダとダイニングルームでくつろいでいた。


「ただいま~、怪獣たち!」

 歓声を上げて飛びついて来た三つ子を、匠は両腕でまとめて抱え上げてひとりずつ頬ずりした。

 三人姉妹は一斉に叫んだ。

「キャーっ、くすぐったい、くすぐったい!パパ上、ヒゲ剃ってないよ!」

「ヒゲ怪獣だッ!みんな、逃げろーッ!」

「ヒゲ怪獣をつかまえた!応援をよーせいする」


 騒々しい朝のあいさつが一段落すると、メロディが匠の首に手を回して言った。

「わたし、大きくなったらパパ上と結婚する!」

「メロディ、気持ちはうれしいけど、親子は結婚できないんだよ」

 匠は真面目くさった顔で答えた。


「えッ?・・・」

 メロディはあっけにとられたように黙りこんだかと思いきや、いきなり声を張り上げた。

「タイムアウト!タイムアウト!」

 両手でT字を作って、匠の顔の前でトントンと右手のひらを左手の指に打ちつける。


「はいはい。モンスターチーム、ここで一分間のタイムアウトです!」

 匠はアメフの実況中継を真似してアナウンスしてから、三つ子をそっと優しく床に降ろした。


「ハドル!」

 メロディが号令をかけてキャンディとシャンプ―も駆け寄った。三人はソファの影にしゃがんで顔を寄せて密談を始めた。

「聞いた?パパ上とは結婚できないんだって!」

 とメロディ。

「聞こえた!」

 とキャンディ。

「聞こえたけど聞いてないよ~。ウソみたい」

 とシャンプ―。

「どうすんの?わたしたちの人生設計、三歳で終わっちゃうよ!」

「なんでパパ上と結婚できないの?」

「だってママ上と結婚してるからジュウコンになるでしょ!」

「ジュウコンってなに?」

 シャンプーが聞いた。

「いっぺんに何人もお嫁さんをもらうのはダメなんだって」

「えーッ?そうなの?なんでダメなの~?」

「あッ、思い出した!キンシンソウカンだからダメなの!」

 キャンディが割って入った。

「キンシンソウカン?ねえ、横文字わかんない!」

「横文字じゃないでしょ!なに言ってんの?」

「横文字じゃないの?じゃ、フランス語だ!」

「シャンプー、横文字は日本語なの!」

 とメロディ。


「知ってますよ~だ!ちょっとふざけただけ」

シャンプーにいなされて、メロディは言葉に詰まった。

「・・・ともかく、パパ上とわたしたちは結婚できないの!わかった!」

「うん、わかった!知ってたけどね!」

「えーッ?知ってたの?」

「知らないのはメロディーだけだよ!」

「ウソでしょ!二人ともなんで言わないの?」

「だって、そんなのジョーシキだもん」 

 キャンディがそっけなく言った。


「が~ん。私ってまぬけ?」

「ねえ、キンシンソウカンってなに?」

 シャンプーは何があってもマイペースだ。

「知らないけど、ともかくタブーなの!」

 メロディは長女の威厳を見せて断言した。

「たぶーってなに?」

「知らないけど、ともかくキンシンソウカンはタブーなの!」

 威厳が少し揺ぎかけたが、メロディは辛うじて持ちこたえた。

「せっかくハドルを組んだのに、わからないことが増えちった!」

 シャンプーはため息をついた。


「お婿さん探し、やり直しだね」

 キャンディが言った。

「パパ上とママ上に相談しようっと!」

 メロディが解決策を提示した。

「もう全部聞こえてると思うけど」

 シャンプーが真顔で言うと、メロディとキャンディが口を揃えた。

「あんたってクールね、シャンプー」

 

 匠とニムエは顔を見合わせて笑いを押し殺していたが、とうとう我慢ができなくなって吹き出した。

 「ピーッ!タイムアウト終了。朝ごはんの時間よ!」

 アロンダが娘たちに声をかけると、三人組はいっせいに立ち上がった。歓声を上げて母親に駆け寄りひしと抱きついた。

 アロンダは膝をついて、愛娘たちを優しく抱きしめた。

「ママ上、おはよ~!」

「ママ上、えら~い!ヒゲ剃ってる!」

「ママ上にヒゲは生えないでしょ。なに言ってんの?」


 朝からこんな調子だから、飛騨乃家ことアテナイア王朝には騒動が絶えないのでありました。


 

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