第二章 孤高の剣姫

1 レイカ姫

 現世うつしよと幻想、リアルとバーチャル、それらを明確に区別することはできないと、大賢者ポーは言った。

 それは、仕組みや力のベクトルが異なっても現象は同じ、重力と遠心力のように、現世うつしよと幻想世界も、そこにつどう者に違いは気づかない。

 世界は複雑だが、幼稚な、あだ花である。


 ◇

  二十年前………


 肥沃な大地と森、温暖な気候、南には広大で漁場豊かなラピス海が広がる、エクアドル王国。

 いにしえより、人民に信望ある王政が連綿と続き、豊で平和な治世が続いている。


 王都の中心にある宮殿の庭で、レイカが町の貧しい子供達を募って剣の稽古をしていた。

「よし、みんな! あとニ十回素振りだ」

「はーい」

 レイカは十歳前後子供を十人ほど集めて、休みの日に剣術の教室をひらいている。


「ボルグは、筋がいいぞ」

 レイカに褒められたクセのかかった黒髪の子供は、嬉しそうに笑うとさらに力強く素振りした。

 鍛錬が終わると、レイカは手作りのお菓子を出して、学校にいけない子供たちのために、輪になって簡単な勉強や、物語などを始める。


 おとぎ話や、楽しい物語のほか

「剣は、人を脅したり、相手をねじ伏せたりすものではない、大切な人を守るためにある」

 少し説教じみた話を盛り込んだり

「エクアドルは決して大きな国ではない。他にも大小の国があり、特に北は魔物なども住む蛮族の地で。以前このエクアドルに攻めてきた部族もある。だから、みんな強くなって、私たちの国エクアドルを守ってほしい」

 そういった、地理や歴史などの話もする。


 話を聞いた子供は

「僕、大きくなったら、姫さまを守る騎士になる! 」

 はにかみながら、先ほどのボルグが言うと、周りの子も

「ぼくも」

「私も! 」

 レイカは微笑み


「それは、嬉しいけど。君達が守るのは私ではなく、君達の家族や友達だ。私や宮廷騎士も君達やその家族を守るためにあるのだよ」

 諭すように言うと、ボルグが力を込めて


「だったら、姫さまを守れば、みんなを守ることになるんだよね。だから、僕は姫様を守るんだ」

 まだ頑是ない子供の意見なので、頭を撫でて微笑むと、ボルグは真っ赤になって下を向いた。


 しばし話をしたあと、最後に基礎体力つくりとして鉄棒や、棒登りなど、遊びを通じて運動を行う。特に、よくやるのが、レイカを鬼役にした追いかけっこだった。

 庭を走り回って、子どもたちが、レイカを追いかける。


 ◇

 そこに、足元まである白を基調にした法衣に身を包み、すらりと背が高く、色白でどこか女性的な、若き宮廷士官のラルク・ポーが庭に入ってきた。

 ポーが庭を駆け回っているレイカ達を、微笑ましく見ていると。


「あら、ポーじゃない! 何か用ですか」

 気づいたレイカが走りながら言う。

 その間も子どもたちは、レイカにタッチしようとするが、寸前のところでかわしている。


 レイカは、バレリーナが踊るように、群がる子どもたちの間を可憐にすり抜けていた。まるで、天上の雲の上で女神の周りに天使がまとわりついているような、幻想的で微笑ましい光景に、ポーはしばし見とれたあと


「姫、鬼ごっこですか」

 ポーが声をかけると、振り向いたレイカは


「いえ、スカートめくりです 」


「……えっ? ………今なんと」


「だから、私のスカートめくりです!」


 ポーが一瞬唖然とした瞬間、レイカのスカートがひらりとめくり上がり、その下に白い三角にブルーのストライブが、くっきり! はっきり! 露わになった。


「わー! 姫のパンツ、青のシマシマだ」

 子どもたちはバンザイしてはしゃいでいる


「しまったー! 」


 レイカは、思わずスカートを抑え込むと

「もう、ポーが声をかけるから………」

 レイカは、ふくれ面になる。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 その後、子どもたちを見送ったあと、もの言いたげなポーにレイカは


「これは、複数から迫る剣をよける、体捌きの訓練になるんだよ。この前は、その練度を上げるため、ノーパンでやったときは、さすがに本気で、必死だった! まるで戦場にいる緊張感だった」


「まさか姫、そんなふざけたことを! 」

 ポーがあきれ返ると、


「いえ、ノーパン鬼ごっこは、真剣勝負! 獅子が子供を鍛えるため千尋の谷に突き落すように、自らを死地に置き、極限状態に追い込むことによって到達する、究極の体術を得るがための試練なのです。もう後がない背水の陣なのです! 」

 力を込めて言うが、ポーはさらにあきれながら


「正しいような、違うような……。でも、子供相手にそれは」

「スカートめくりは、他では絶対するなと、きつく言ってます。もし、他の女の子にしたら二度と遊んでやらないし、ノーパンはまだ見られていません」


「そういう問題ではない……」と言いたいところだが、バカバカしい議論なので、話題を変え

「ところでレイカ姫、オーク家から、明後日の晩餐会に出席してほしいと、連絡がきました」


 するとレイカは、うんざりした表情で

「またですか……先週に行ったばかりですよ。行けばまた、あいつに会うのでしょ」


 ポーは、レイカの言いたいことも、わからないでもなく苦笑いをうかべ

「これも、公務です。オーク家は、古来よりエクアドル王国の軍を統べる、重要な武門の家系、おろそかにはできません」


「わかっています。オーク家の頭首様は私も尊敬する立派な騎士なのですが、その息子ときたら、どうして、あーなってしまったのか。頭首様がご病気になられて大変だというのに、姉のミランダ様もご苦労されているようですし」


「アシュルム様のことですか、でもレイカ姫と同じ十七歳ですよ。それに、レイカ姫との縁談の話もあるのでは」


「もう、その話は、マジでやめて! あの腰抜け、変態、オカマ、シスコンやろうと結婚するくらいなら、豚の猪八戒とでも結婚したほうがましだわ」

  吐き捨てるように言うレイカに、やれやれと言った表情でポーは


「姫も、王家にふさわしい振る舞いをお願いします。一人娘で、男子のいないエクアドル家を継いで、いずれ女王になられるのです。剣術もいいですが、女性として教養も身に付けていただかないと、よい婿を迎えられないと、ご両親の王も心配なされていますよ」


「わかってます、わかってます! でも、この太平な世の中。周りに頼りになる男なんていないじゃない。私は、男のくせに軟弱なやつはヘドがでるの。やっぱり男は強くなくちゃ」

 レイカの話にポーは苦笑いし


「安定した治世の文化は、女性化すると言いますから」

 少し、寂しそうに言うと、レイカはあわてて


「ああー! ポーは違うのよ。ポーは、すごいと思っているの、ポーの戦略、戦術で西の蛮族の城を無血開城できたし、ここまでエクアドルを安泰にしたのもポーの功績なのは間違いない。私も尊敬しているし、父上も感謝していますよ」


 ポーは二十九歳、小学生で学士の称号を得て、エクアドルの最高学舎のバーム大学を五年の飛び級で主席卒業し、百年に一人の天才と言われている。昨年、最年少で学舎の学長に抜擢されたあと、レイカの教育係も兼任している。


「王室には、私のような卑賤の身をここまで抜擢していただいき、貧乏な母や弟達にもよくしていただき、感謝しきれません」

「それはポーが頑張ったからですよ………でも、その代償は大きいよね」

 最後は、寂しそうに言うレイカに


「いえ、こうして姫の教育係も兼ねさせていただき、これほどの喜びはありません。些末なことです」


「些末………なの」


 言葉を止めたレイカに、ポーはこの地位に至るため、自らの尊厳と言うべきものを犠牲にしたことは、話たくないようで、要件をもどし

「それより、オーク家への晩餐会への出席、お受けしてよろしいでしようか」


「わかりました。ポーの言うことなら、聞かぬ訳にいきません」

 レイカは微笑んで快諾した。


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