9 決戦! 通天回廊(4)

 僕は、猛烈に首を横に振った。


 涙目の情けない怪物に、レイカは強い口調で。

「だめ! あなたは途中で一回死んで蘇生させた。一度回復しても二度目はない、今のあなたのHPは1を切っている。これ以上戦うと、本当に死んで消えてしまう、二度と呼ぶことはできないの、わかるでしょ」

 知っているさ、今の僕はスライムの攻撃でも死んでしまうだろう。


 さらに、レイカは薄暗くなったアーチ窓 の外を見つめ 

「時々空いているアーチ窓は、リタイアしたいとき、そこから飛び降りればいいの。ちょっとおっかないけど、塔の最初の門の前につく。そこは、スワン・ヒルの世界だから、いつものようにHPが切れて召喚が解け、あなたの世界に戻るだけで死ぬことはない」


 何を言い出すんだよレイカ……僕の大きな体は、小さくうなだれている。


「わかったわね」 

 念押しして、立ち上がるレイカ。

 きれいな白い素足には切り傷や火傷のあとがある。露出している頬や、お腹、背中にも傷があり、見ていられない。


 それでも、レイカは剣を杖にして歩みだした。

 どうしていいのか分からないミノタウロスの僕は、母親のあとをついていく幼児のように、ヨタヨタと後ろをついていくと


「来ちゃだめ! 」

 いつにないレイカの声。

 僕は主人に「まて」を命令された飼い犬のように、ビクッと震えて立ち止まった。


 そんな僕を、悟すように

「私はこの世界で二百年の間、何度か通天回廊の攻略を試みた。そしてやっと、モフモフのおかげで、初めて最上階にたどりつくことができたの」


 リアルでの時間は流れないけど、レイカはここで二百年戦ってきたんだ。とても僕には想像できない。

 そんなレイカのことを想うと胸が詰まってくる。


「これまで、いろいろ無茶を言ってきたけど、実は私の修業にここまで付いてきてくれたのはモフモフだけ。だから、モフモフを失いたくないの。私は、ここで死んでもスワンヒルの聖堂で蘇るから、今回だめでも、また挑戦すればいい。だから、モフモフは戻って」

 (モフモフを失いたくない)の、お言葉に涙がでてきた……


 レイカは最後に微笑むと

「私にはとっておきの最終技があるから」


 どことなく、僕への気休めの言葉のようにも聞こえる。

 通天回廊に挑むには黄金2百枚が必要だ。それを集めるとなると、以降数十年、いやもっとかかるかもしれない。しかも、さっきはこれが最後のチャンスとも言った。気休めとしか思えない。


  ここでやるしかない!

 僕も通天回廊の先をみたい!

 レイカの夢を叶えたい、このスワイヒルから脱出させたいんだ。

 


 しかし、レイカは再び僕を強くにらむ、(絶対来るな)ということだ。


 僕が立ち止まったのを確認すると、納得したようにうなずいて、巨大な扉に鍵をかざす。


 ゆっくりと扉が開き、隙間から蒸気と熱風が吹き出てきた。その高温の圧力で、たまらず後退あとずさりする。


 扉の奥からは、ブゥオーン、ブゥオーンと不気味な低周波の振動が伝わり、巨大で邪悪な物体の存在が感じられ、全身の毛穴が開くようで、オシッコちびりそうだ。

 恐る恐る背を伸ばすと、レイカの背中越しに見えたのは。


 バハムート、ドラゴン、スコルピオン、サラマンダーなど、とにかく最強モンスターをくっつけた合体進化形の怪物が鎮座している。

 周囲に火炎が渦を巻き、稲妻が絶え間なく落雷している。スコルピオンの足などは可愛いもので、巨大な四本の腕が、龍の首のようにゆらゆらと獲物を探す触手のように揺らめいていた。


 僕は足の震えがとまらない、あまりに無茶すぎるラスボスだ、近づくこともできない。

 いくら、レイカでも無理だ……


 しかし、レイカは剣を構え、その地獄の業火の中に向かって突撃する。


 そのとき、レイカの握るロングソードのブレードが黄金に輝いた。

 太陽を直視したような強烈な光、思わず目をつぶってしまう。


(まさかあれは、幻と言われる至高の剣技、フォーリースラッシュ聖なる斬撃! )


 僕はただ呆然とした、実在したとは……

(刀身を最大強化しつつ、空間のマナをブレードに凝集させ、限界まで加圧して一気に放出する。町一つを跡形もなく吹き飛ばす、一撃のみの大技)


 次の瞬間、稲妻が眼前に落ちたような閃光!

 視界が真白になる。


 しばらく何も見えないホワイトアウトの世界から、次第に光が粒子となり、それらが雪のように地面に降り落ちる。とともに、スライドショーで画面が切り替わるエフェクトのように、周囲の情景が形をなしてくる。


 怪物の形も視認できるようになってきた……動かない

 手をかざして見ると、見事に剣先が相手の胸元に突き刺さっている。


「やったのか! 」


 しかし、怪物は少し痙攣したあと、うごめきはじめた。

 わずかに、はずしたようだ。

 剣に寄りかかって、へたり込んでいるレイカを払うように、怪物の触手のような腕がレイカを殴打し、レイカの小さい体は側壁そくへきまで跳ね飛ばされた。


(くっそう、もうすこしなのに! )

 僕はこぶしを握り締めた。レイカはよろけながら、再び剣を構える。


(もう、やめろ! と言いたい)

 一方、怪物も瀕死なようで、先程のような動きはない。あと一太刀だろう。


 ただ、弱ったとは言っても、その一太刀を突き刺すには、自在に動く触手のような腕を抑えこまなくてはならない。


 レイカは再び立ち上がるが、足元はよろけている。レイカもギリギリだろう、次に触手の攻撃を受ければ、この二百年の苦労が水疱に帰す。

 しかし、相手をきつくにらむ双眸そうぼうは輝きを失っていない、まさに孤高の剣姫。


「エェーーーイ!」

 気合を入れるため、絞り出すような掛け声を出し、最後の力を振り絞って駆け込むレイカ


 一つ目の触手をかわし

 ニつ目の触手を飛び越え

 三つ目の触手を切りさき 


 相手の頭部に、肉薄した!

 さすがレイカだ。


 怪物の頭上にたどり着いたレイカは、剣を両手で逆手に持ち、とどめの一撃………だが

 背後からもう一つの触手が迫る!


 レイカの剣は真下を向き、背後からの攻撃への反撃も避けることもできない。

「ここまでか……」といった、苦悶のレイカの表情


 グシャア!


 鈍い音がした………背中に激痛が走る。


「モフモフーーー! 」

 レイカが涙声で叫ぶ.


 無我夢中で突貫していた。

 僕は、レイカの背中をかばうようにして、相手の触手を受けてしまったのだ。

 レイカは泣きながら、敵の頭上に剣をつきさす!


 そこまでは見た、次第に意識がなくなる……ここまでだ。


 ああ、カッコいいな、レイカ……。

 僕も通天回廊の先を見てみたかったな。


 でも。召喚獣の役目は果せたよな。


 その直後、僕の意識は消えていった。

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