8.決戦前夜(草原の村にて)

 通天回廊に挑む前日、僕は自分のフィールドでもあるエクアドル王国の中央聖堂広場に向かった。

 チームを組んでいる、ミホロとゴンゾーに言っておきたいことがあるのだ。


 中央聖堂は王国が国教とするガイア教の中心で、広大な広場には人が多く、屋台も出て賑わっている。

 待ち合わせの聖堂前の噴水に、ミホロとゴンゾーはすでに来ていた。


「カズヤー! おそーーい! 呼び出しておいて」

 膝が少し隠れる程度の、ちんちくりんな黒のローブに大きなツバの三角帽、手にはほとんど装飾のない生木なまきの杖、見るからに初心者魔導士のミホロが、ほっぺを膨らませて怒っている。

 一方のゴンゾーも、よれよれの麻の作業着に、さやを付けた片手斧を腰の後ろに紐で下げているだけ。


「ごめん、ごめん。それじゃあ、狩りにでようか」

「早く行こ! 待ちくたびれたよ。ゴンゾーがエール―を買いに行きそうだから、なんとか引き止めてたんだよ」

 ミホロは両手を握って、飛び跳ねながらわめくように言う。まだ子供っぽい仕草のミホロは、見ていて微笑ましくなる。


 このVRMMOではリアルの容姿、ビジュアルが反映されるので、僕はチビで、ゴンゾーはもっさいおっさんだ。ただ、ミホロは素朴な感じだが意外と可愛い。

 ちなみに、アバターはヘッドギアが細胞の遺伝子を読み取って容姿を再構築するので、ほぼリアルの姿が反映される。このため、ネットオカマや美容成形などで、ごまかすことはできない……それがよいのか、どうかはなんとも言えないけど。


 ◇

 僕たちは王都の裏門に行き、通行証を見せて大きな城壁で囲まれた王都の外に出る。そこから歩いて一時間ほどの、何度も往復したなじみの村に向かった。


 村へ行く途中の草原には、スライムや、野ネズミなどの、低レベルのモンスターがいる。

 レイカに召喚されたときの相手とは、まさに雲泥の差だ。

 僕としては、できれば早くレベルを上げたいのだが……

 

 ギルドなどにいけばクエストの紹介などがあり、レベルアップが早くできるが、ゴンゾーはエールの酒代だけ稼げば良いので、レベル上げには興味がないらしく。ミホロの魔術も単体攻撃のミニフレアーしか使えず、まだまだ初心者なので合わせるしかない。


 ちなみに、僕の職業は無謀にも『冒険者』で、アビリティはレイカと同じアタッカーの剣士なのだが、身の程知らずとよく言われる。


 このゲームでは、自分の実力でレベル上げをするしかないので、どんくさい僕は、とてもアタッカー向きではない……のはわかっている!

 でも、いいじゃないか! ゲームの世界くらい、夢を見させてもらっても。


 ただ、やはり無謀な選択で、これまで他のチームに仮入部させてもらっても、足手まといで、すぐに解雇されてしまい、いつしか一人になっていた。


「カズヤ、あれはガゼル。私にやらせて! 」

 ガゼルはこの草原では大きい方のモンスター、と言うより襲ってこないので動物と言った方がいい。ミホロは、一人駆けていき、草をむガゼルに向かい。


「フレアー!」

 杖の先から火炎が飛び出る。

 威力は小さい火の玉程度で、命中したものの全くダメージがなく、ガゼルは驚いて逃げていってしまった。


「あー、また逃げられた」

 地面にへたり込む。僕は笑いながら

「まあ、いいじゃない。そのうち倒せるよ」

「でも一カ月もして、ガゼルすら倒せないんだよ」

「僕たちのペースでやろうよ。焦ることはないさ」


 すると、ミホロは微笑んで

「うん! そこがこのチームのいいところだしね」 

 こうしたミホロも、ペースの速い他のチームに馴染めず、途方に暮れていた時、僕とゴンゾーに出会ったのだ。

ちなみに、ミホロは攻撃魔法系ではなく、ヒーラーかエンハンサーが向いてると思うのだが、本人の強い希望なので何も言わない……僕も同じだし。


 ゴンゾーとミホロは、そんな僕と初めてチームを組んでくれた仲間なので、大切にしたい。


 その後僕たは、ちまちまと低レベルモンスターを狩って次の村についた。

 

 村は、藁葺や板張りの粗末な小屋のような家ばかりで、外周が柵に覆われ、モンスターの侵入を防いでいる。

 この村の住人は人ではなく、猫や犬、爬虫類のような顔立ちをしているが、体は人間のような獣人だ。

 言うまでもなく、ログインしたプレイヤーではなく、コンピュータのキャラクターで、いわゆるモブキャラだ。


そこで、僕たちは一軒しかない小さな屋台の食堂に立ち寄った。

 屋外に無造作に並べている粗末な木のテーブルに、形の不揃いな丸太の椅子に座ると、可愛い猫の獣人の店員が、フィッシュ・アンド・チップスを持ってきた。それが意外と美味しいのだ。

 さらにゴンゾーはここのエールは最高だと言って、この村に来るのを楽しみにしている。


 食事も落ち着いたところで。

「実は僕、死ぬかもしれない」


 いきなり切り出した。

 精一杯真面目な顔で言ったつもりだが。

 ミホロとゴンゾーは、何を言だすのかと言った感じで、一瞬唖然としたあと目を合わせ

「ダハハハハ」

「なにそれ! 」

 二人は、笑い出す。


「いきなり、どうしたんだ、とうとう頭にきたか」

「そうよ、どうしたの急に」

 バカにするような二人に、僕は、ふくれっ面で


「笑うことないだろ、真剣なんだ。ほら、突然召喚獣で呼び出されることを話したよな、そこで難攻不落のダンジョンに挑むことになったんだ」

 その後、召喚獣はダンジョンの中で二回死ぬと、完全に消えてしまう。さらに、召喚されてる時は、スコルピオンを3秒で倒せることなど話したが、当然信じてもらえない。


「また、夢見るカズヤだね。まあ、普通は二回目に死ぬ前に召喚を解くでしょ。それに死んでも、お金とレベルは減るけど、聖堂で蘇るし。なんかわからないけど、がんばって」

 完全に他人事だ。


 ゴンゾーは、エールにほろ酔い気分で、顔を赤くしながら

「まあ、新型コロナで学校も行けず、暇なんだろ、まあ頑張れや」

 ほとんど相手にしていない。


 すると、ミホロが話しについていけないようで、キョトンとして

「新型コロナってなに! トヨダが新型のコロナをだしたの」


「………」

 今度は僕とゴンゾーが目を合わせ

「何言ってんだよ、今世界中で大流行している、ウイルスだぜ」


 そのとき、突然サイレンのような警告音が鳴り響く!・


『警告! 警告!!』


『ゲーム規約第八条一項により。これ以上リアルでの状況の会話を行うと、アカウント停止となります』


 ぼくたちは、ぎくりとして言葉を止めた。


 このゲームではリアルの話は厳しく制限されている。リアルの話題や、住んでいる町、オフ会などの会話のログが検出されると警告が発せられ、無視すると最後はアカウントが停止されるのだ。

 個人情報の流出、プライベートでのトラブルを避けるため、ということらしいが、少し厳しすぎる。


 以前も、僕が高校二年で、ミホロが不登校の中学生、ゴンゾーがおじさんのニートだと話したときも、警告が出て、そこまでしか聞いていない。


 僕たち三人は、それ以上話すことはできなかったが、不登校の中学生でも新型コロナウイルスのことを知らないはずはないだろう。テレビをつければどこでも新型コロナの話題だ、パソコンのニュースでも目にしないことはないほど騒がれているのに……知らないとは。

 しかも、トヨダのコロナなんて僕は知らなかった。調べると昔トヨダが作っていた車で、そんなのよく知っているものだ。


 ひょっとしたら。日本でない外国にでも住んでいるのだろうか……でも外国でも大きく話題になっているし。

 あるいは、誰かに監禁されているとか……その割には明るく元気だし、パソコンを使える環境なら、ニュースは絶対に目にするだろう。


 しかし、それ以上のことはさぐれない。

 しかたなく、ゴンゾーはここで飲むと言い、ミホロと僕はログアウトした。


 モヤモヤしたものを残して……


 翌日の夜レイカに呼び出された。


 いよいよ、レイカの脱出の糸口。難攻不落のダンジョンに挑むために。


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