◆◆ 59. 楽しみも人それぞれ
目立たず無口なやつで、部活もやっていなかったはずだ。
それが同じ大学へ進むことになり、取る授業の相談辺りから話すようになった。
事務的な会話から始まっても、ほぼ毎日顔を合わせていれば親しくもなる。
俺が古い洋画が好きだと知った嵯峨崎は、俄然、身を乗り出して質問してきた。
どんな映画が面白かったのか。
抑えておくべきタイトルは何か。
「なんだ、嵯峨崎も映画好きなの?」
「新しいのばっかり集めててさ。古いのにも手を出そうと思ってたんだ」
何でもストリーミングではなくDVDやブルーレイで買い集めているそうで、そのコレクションには自信ありげな様子だった。
ならば見に行かなくてはなるまいて。
嵯峨崎は実家から通っているので、場所も近い。
午後の講義が終わったあと待ち合わせ、部屋を見せてもらうことにした。
部屋の棚を目にした瞬間、口笛を吹きそうになる。
結論から言えば、嵯峨崎のコレクションは自慢するのも分かるかなりのものだった。
壁二つがラックで埋まっており、映像ソフトでギッチリ埋まっている。
VHSなんて古いセルビデオまであり、今では貴重な廃盤作をプレミア付きで買ったとか。
ざっと背表紙をチェックしたところ、おおよそ80年代以降の主要映画は網羅されていそうだった。
「すげえな。これ全部買ったのか」
「小遣いもバイト代も吹っ飛んだけどね」
「マニアだな。認定してやろう、お前は真性の映画マニアだ」
「次は白黒映画なんかもいいかなって。あれ安いの多いし」
「任せとけ。今書き出そうか?」
「ありがと。助かるよ」
シャーペンを渡されて、俺はメモ帳にタイトルを書いていく。
ただ、一つだけ嵯峨崎のコレクションには気になる点があった。手を動かしつつ、未開封のソフトが多いことを指摘する。
「せっかく買っても、観る時間が無いんだろ。封も切ってないじゃん」
「パッケージでいいんだ」
「え?」
「表紙でどんな映画か想像して、裏目のあらすじをさらに楽しむんだよ。裏表で二回楽しめる」
「ん、いや……ええ? 観なくていいの?」
「観ちゃったら、もう楽しめないじゃんか」
その理屈はどうなんだろうと思う。
俺には理解不能な映画の楽しみ方だ。
とは言え、これだけ金をかけて集めたのだから、嵯峨崎の情熱は本物だろう。
所有欲は満たされるんだろうし、コレクターってそんなものかもしれない。
それ以上、嵯峨崎の趣味に口出しすることはやめて、俺は他愛もない雑談に切り替えた。
嵯峨崎の交遊関係が狭く、目立たないキャラなのは大学でも同じだ。
実家の訪問以降はそれなりに話す量が増え、一緒に飯を食うこともあった。
だけど親しくなるのもそこまでで、三年で授業がダブらなくなるとまた会う機会が減る。
そんな嵯峨崎に彼女が出来たと聞いたときは、心底驚いた。
俺にもいないのに、あの嵯峨崎だぞ。
ならば確認せざるを得まいて。
嵯峨崎のいそうな棟へ赴いてうろうろ探すと、中庭のベンチでスマホを
ちょうどいい、そのスマホに用がある。
「おう、久しぶり」
「え、珍しいね。こっちに来るなんて」
「聞いたぞ。彼女の顔をホーム画面に設定してるんだって?」
「あー、誰かに見られてたんだ。参ったな」
「いいじゃん、見られても。どこで知り合ったんだよ」
「違うんだ、彼女じゃない。これはそうじゃなくて……」
これは早まったかな、と反省する。
画像はアイドルかもしれないし、映画マニアなんだからマイナーな女優って線もあるだろう。
しかし俺の推測を、嵯峨崎は尽く否定した。
誰にも言うな、そう念を押してから、嵯峨崎はやっと画像の正体を告白する。
「実は……婚活サイトに登録してさ」
「はあ!? こんかつぅ?」
「ちょ、声がデカいって」
およそ学生で婚活する男子学生なんているのかと思ったら、たまにいるらしい。
若い男性を希望する女性の需要もあり、審査は厳しかったものの登録は許可されたそうだ。
で、嵯峨崎に結婚願望があるのかと言うと、そういう話でもなかった。
「資料と写真でさ、どんな人か想像するだ」
「まさか、会ってないのか?」
「うん」
「一度も?」
「会ったらもう
映画と同じだ。
嵯峨崎は想像で楽しみたいだけ。
女性登録者にしたらたまったものではないし、運営側から見ても喜ばしい会員ではないだろう。
ほどほどにしとけよ、そう忠告して俺は嵯峨崎の前から退散した。
変わったやつだと思う。
社会生活をちゃんと営めるのか心配になる。
その後、嵯峨崎は無事に卒業したと聞く。中堅の出版社に就職したみたいで、俺の知っている情報はここまでだ。
何せメールは届かなくなり、メッセージの類いはどれにも返信が無い。
同窓会にも出てこなければ、電話も常に留守だった。
そう、電話が一番ひどい。
『嵯峨崎です。ご用件のある方は、用件の
なんだそれ。
嵯峨崎の趣味は加速こそすれ、治る気配が無いようだった。
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