◆◆◆ 10. メリークリスマス
街の中心から大きく外れ、山肌が迫る郊外にその孤児院は在った。
かつて篤志家が遺した資産で建てられ、その意に応えた聖職者が代々院長を務めている。
残念なことに今となっては資金繰りも苦しく、人を雇う余裕も無い。
孤児院には十五人の子供たちと院長、そして世話役のメリッサが一緒に暮らす。
メリッサも元は孤児であり、働き口を見つけられなかったため孤児院に残ることを選んだのだった。
「院長先生、石を洗い終わりました」
「ありがとう、メリッサ」
クリスマスまで半月を切ったこの日、子供たちに小石が配られた。
秋のうちに河原で拾い集めた石は、何ら値打ちのあるものではない。メリッサが泥を洗い流したところで、多少ツヤが出たくらいか。
マーブル模様の丸石、透明な石英、涙型の黒石。
見つけた子供は歓声を上げて喜んだが、街の大人に見せれば鼻で笑う代物だ。
これらの石から院長は十五個を選び、子供らに配るよう指示した。
彼らはクリスマスイヴまで、与えられた石を磨く。
砥石に擦り合わせるだけの子供の可能な単純作業では、形もいびつになるだろう。
だが、それでいい。
「ニーナはまだ小さいので、彼女の分はメリッサが磨いてやりなさい」
「分かりました」
半月磨き終わった石は、お互いへのクリスマスプレゼントにする。
貧しい子供が用意できる贈り物なんて、そんな程度である。
丁寧に心を込めて準備する気持ちを、またそれを受け取る喜びを知ってほしくて、院長は小石のプレゼント交換を思いついたのだった。
冬枯れた庭で走り回る子供たちも、石を渡されると熱心に磨き始める。
わずかずつでも形が整っていく様が、案外に子供にも面白かったらしく、途中経過を自慢し合う姿が見られた。
洗濯を終えたメリッサは、まだ手元が覚束ないニーナを助ける。
幼い子では時間のかかる作業だが、年長は割り当てられた仕事に時間を取られるため進度にさほど差は出なかった。
皆を見て回る院長へ、少しやんちゃな男の子、ジャルが問い掛ける。
「なあ先生、サンタクロースって本当は来ないんだろ?」
「そうだね。あれはお話だ」
「やっぱり!」
院長は嘘をつかない。
つらい現実を既に味わった子供らには、ありのままを知っておいてほしいから。
「だけどね、この辺りには伝説が残ってるよ」
「どんな?」
「昔、やっぱり石をひたすら磨いた男がいたらしい。
珠は死別した妻へ贈ったもの。
死者を弔う珠飾りが、今も街の名物になっている。
院長が石磨きに思い至ったのはこの伝説があったからだ。
「サンタはいないけれど、星みたいな石なら手に入るかもしれないね」
「俺の腕次第ってことだな。いや、俺にくれるのはニーナか……」
「自分だけじゃダメだ。皆で励みなさい」
贈る相手は既に決まっており、進捗を気にして覗く貰い手もいた。
仲間の目が気になる中、自信作を贈ろうと誰もが張り切って磨く。
喜ばしい傾向を見て院長も安心した。
いよいよクリスマスを翌日に控えた夕方、院長の部屋へ珍しくニーナが一人で訪れる。
自分を手伝ってくれたメリッサにも贈りたい、そうニーナは白い小石を院長へ見せた。
「ひとりでやったら、こんなのになった」
「石はどこで見つけたんだい?」
「にわでひろった」
ニーナ独力では磨きの甘さも致し方ない。
凹凸だらけの石に不満げな彼女を、院長は優しく諭す。
「ニーナが頑張ったと伝わるのが大事なんだ。メリッサはきっと跳んで喜ぶよ」
「つつんでほしい」
「ああ、贈り物だもんね。適当な端切れを探しておくよ」
せめて包装は立派に、と少女は考えたようだ。
ニーナの純真さは皆の手本にしてほしいものだと、院長は頬を緩める。
一旦、彼は石を預かり、包んだものを渡すと約束した。
翌の早朝、院長は絶句する。
奇跡なんて起こりはしない、そう心底では理解していた彼が、ニーナの石を包もうとして目を疑った。
石は乳白色の真球に変化していて、朝陽をきらりと反射させている。
宝石に見紛う美しさは、まるで大粒の真珠みたいだ。
しばらくその煌めきを見つめたあと、院長は引き出しへ石を仕舞う。
まさか、と彼は部屋を出た。
のそのそと起き出してきた子たちへ、プレゼントの石を確かめるように言う。
包みから出した石は、どれも宝石さながらの輝きを発した。
ジャルが興奮して声を張り上げる。
「すげえ! ほんとに星になった!」
「すまない、石は大事にしまっておきなさい。贈るのは待ってほしい」
大喜びの子供たちから、石を預かるのは院長も忍びなかった。
しかし、どう見ても子供に任せてよいものには思えない。
まずは鑑定、次に念書でも作るべきか。
院で石を保管し、子供が卒業する際に手渡す約束をしよう――院長がそんな思案をしていると、騒ぎに気づいたメリッサが寄ってくる。
「これ、本物の宝石ですよね?」
「そう……かな」
「売りましょう。売ったお金を皆で山分けするべきです」
メリッサには落ち着くように説き、少し考えさせてくれと院長は自室へ戻る。
孤児院の資金に給しろというのは、真っ当な意見であろう。
食事も改善できるし、服も新調できるやもしれない。
しかしながら、石が伝説のように珠となったのは、皆が祈りをこめて磨いたからではないのか。
どう扱うかは子供たち各々が決めることで、孤児院のために換金するのは何か違う気がした。
「先生! メリッサ姉ちゃんが!」
部屋に飛び込んできたジャルが、息せき切って院長へ訴える。
メリッサが珠を袋へ集め、それを携えて出て行った、と。
街の質屋にでも持ち込むつもりだろうと、容易に想像がついた。
メリッサを追うというジャルを制止し、彼女を許してやってくれと院長が代わりに頭を下げる。
メリッサも善意で動いたことに違いない。
子供の思いを無視したのはいただけないが、軽い叱責で済ますのが妥当だろう。
院長は子供らと協力して食事を準備する。
食べ終わる頃にはメリッサも戻るだろう、そんな院長の予想を裏切り、彼女はまだバタバタと調理している最中に帰ってきた。
「おかえり、メリッサ」
「ごめんなさい、院長先生……」
「珠を売ったのかい?」
「それが、店に着いた時にはこうなってて」
メリッサが手にした袋を掲げて、院長へ向けて口を開く。
中には磨かれた石が入っていた。
全員が丹精込めて磨いた、河原の石が。
「元に戻ったのか」
最初は子供たちも落胆して呻いた。
だが、ジャルはすぐに元気を取り戻す。
「あのキラキラしたやつは星だったんだ。空へ昇ったんだよな、先生!」
「なるほど、そうかもしれないね。皆の頑張りに応えて、星を見せてくださったのかな」
しょげるメリッサも、いくらか小言を伝えて解放すれば皆と炊事に取り掛かった。
石のプレゼントは無事に成功し、クリスマスは穏やかに暮れていく。
珠が石に戻ったのは、元からそういうものだったのか。
金にしようと考えたことへの罰なのか。
神のいたずら、なんて言葉が院長の頭に浮かぶ。奇跡は心に記すもの、現世の利益をもたらすなどあろうはずはない。
クリスマスを過ぎたら元の平穏な日常に戻る。
星騒動もいずれは不確かな思い出へ。
ところが、懸案は未だ一つ残る。
どういうわけか、メリッサへ贈る予定だった石だけが真珠のままで光り続けていた。
「売らずに融資の担保とするなら、許してもらえませんか?」
誰にともなくつぶやく院長だったものの、メリッサを責められないなと自嘲する。
それよりも、だ。
贈るのは待ってくれと頼んだニーナへ、どう言い訳したものかが悩みの種だった。
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