◆◆ 36. 一部課金要素があります

 最近は何のコンテンツでも最初は無料、続きは課金を要求してくる。

 楽しく遊んでいたゲームも無課金だと勝てなくなり、遂に嫌になって放り出した。

 今さら金を注ぎ込みたくない。


 じゃあ新しいゲームを始めるのかと言えば、新作ほど課金要素が多く、とても無料で遊べそうになかった。

 暇が暇を呼ぶ日曜の昼下がり、どうしたもんかなあと違う娯楽を探し求める。


 動画も似たようなもの。

 映画やアニメはもちろん、素人の投稿だって肝心のところは課金前提だ。

 ひと昔前なら大量に転がっていた投稿コミックも、いつの間にやら有料コンテンツが主流になっていた。


「今さらタダで公開するやつはマレか……」


 第一章だけ、なんて限定公開されても困る。

 ようやく面白くなりそうなところで、生殺しされそうだからな。


 少額の課金すら許さず、意固地になって探した俺は投稿小説のサイトへ辿り着いた。

 ここだってほぼ有料勢が占める。

 ファンタジーや恋愛系は全滅、ミステリもオチは課金、そんな中で「最後まで読めます!」とのうたい文句を発見した。


「うーん。ホラーねえ」


 あまり好きなジャンルではない。

 グロは苦手だし、驚かされると負けた気分になって苛立つ。

 しかし、結末まで読めるのは魅力的だった。

 えいっ、とスマホ画面をタップすると、タイトルと注意書きが表示される。


黒斑こくはん病』


 ――一部課金要素が有ります。


「小説で一部課金って……?」


 いぶかしく思いながら、ともかくこの長編ホラーを読み始めた。


 安岐音あきねという名の女子高生が主役で、最初は爽やかな学校生活が描かれる。

 文化祭直前の秋、友人たちも楽しげでホラーというよりラブコメだ。

 しかし、とある友人のノートが黒く塗り潰される事件から、次第に不穏な空気が漂い出す。


 教室の窓に飛び散る黒い斑点。

 廊下で見つかる目玉の落書き。

 文化祭のために作られた玄関アーチも、夜中の間に黒く汚されてしまう。

 安岐音の友人ヒカリが、相談したいことがあると彼女を体育館裏に呼び出したとき、怪異は本格的に始動する。



 ◇◆◇


「相談ってなに?」

「……これ。見て」


 そう弱々しくつぶやいて、ヒカリは手袋を外した。

 不自然だろうが、授業中も手袋をはめていたのには理由がある。

 なぜかは一目見て明らかだった。


「ひっ」


 ヒカリの左手は手首の辺りまで■■■く■■しており、まるで■■■■が■■■したのと変わらない。


「洗っても落ちないの! 今朝からずっと■■したのに!」


 ◇◆◇



“伏せ字部分は課金で解放!”とのポップアップを見て、俺も仕様を理解する。

 一部課金って、こういうことか。

 なんだそれ!


 いや待て、この程度なら伏せたところは推測できるだろう。

 ヒカリちゃんが黒くなってしまったってことだ。


 小学校のとき、隣の席の山田がふざけて墨汁を腕に垂らし、真っ黒にしてた。先生にこっぴどく叱られてたっけ。

 ヒカリちゃんの状況を想像するのは容易たやすい。


 俺は伏せ字などものともせず、先を読み続ける。

 その後、伏せた部分は増え、課金を促すメッセージも再三現れた。



 ◇◆◇


「いったいどうしたらいいのよ!」


 安岐音は■を滲ませて訴えるが、級友たちはもう■■■が■■■■に■■してしまい、■■■だ。

 ■は増殖する。

 誰かが根源を止めない限り、■■■■■。


「あの樹……あの樹の■■■が最初だった。そうよ、きっと……」


 ◇◆◇



 樹なんて登場してたかなあ。

 半分以上を読破して、俺の想像力も限界に近づいてきた。

 課金要請のメッセージも、段々と遠慮が無くなっていく。


“物語を隅々まで楽しむなら課金しよう!”

“まだ課金してない!? 小説はやっぱり課金!”

“課金しないという選択――あなたはそれでいいのですか?”


 挙げ句の果てにこうだ。


“あなたはきっと後悔する。課金を惜しんだ自分を”


 しねえよ。

 無課金には無課金の意地がある。


 最後まで読み切って、レビュー書いて評点もつけてやろう。

 レビュー文ももう考えた。

 課金要素のせいで本文まで黒斑病でした、かな。


 ホラージャンルってことで、黒塗り本文は妙にはまってる。

 ちょっと恐怖感を煽っているみたいにも感じられて腹立たしい。

 セコいやり方だなあ。


“課金はあなたのためです”


 うっせえわ。

 ■■■なんかに屈するか。


“一刻も早く、■■を■■”


 メッセージまで課金かよ。

 笑える。


“■■■! 急いで■■を■■■■”


 馬鹿らしい、もうすぐ読み終わるっての。

 結局、安岐音ってのが■■■なんだろ?


 最初っから■■■■■な■がしてたわ。

 さっさと■■■■、■■■■■■。


 俺は■■■を読み■わると、■■■■へ目を向けた。

 部屋の中には、気づか■うちに■■■■■■。

 待てよ、■■とか■■■■■■。

 ■■■■!


 もう、■が■■■■った。

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