第1章【ロミオは、アメリカンドッグみたいな女の子だ】⑧

「布団の中にね、次の曜日のあたしがスタンバイしてんの」

 ロミオは得意げに言った。

「……? ロミオってこと?」

 僕が尋ねると、ロミオはすらすらと、何度も説明の練習をしたように語り始めた。

「そ。今から徹夜するでしょ? 今のあたしは土曜日のあたし。徹夜をすると、もう一人のあたしがベッドで寝てるの」

「それが、日曜のロミオだっていうんじゃないだろうね?」

「そうよ。普通その引き継ぎは自然に、本人が知らないうちに行われるの。でも徹夜をすると、そういうひずみが起きちゃうのよ」

「世の中で徹夜をする人間なんてごまんといるんだ。徹夜するたびにそうなってたら、同じ人間が溢れかえっちゃうだろ」

「心配ないわよ。だって、その次の曜日の自分に殺されちゃうんだから。つまり、日曜に徹夜したら、月曜の自分にぶっ殺されちゃうの。月曜の自分は、何食わぬ顔で生きていくのよ」

 月曜になるくらいなら、世界が滅んだっていいと思ったこともある。曜日毎に七人のぼくがいるなら、月曜のぼくは、ほかのぼくに比べて何倍も大変だったろうな。

「じゃあもし、月曜のぼくが徹夜して火曜のぼく殺されるときは、幸せな死に方ができればいいね。苦労をかけたから」

「腹上死とかかしら?」

「……相手によるね」

 自分で自分を殺す。ゴルフクラブで殴りつけられて頭がひしゃげてうめくぼくや、喉を噛みちぎられるぼく。

 それを見下ろしたとき、一体どういう気分がするんだろう?

「なんにせよ……お前なら大人しく、殺されやしないだろ…………」

 言葉が切れ切れになっていく。彼女は醒めた様子で呟く。

「受け入れざるを得ないのよ。その主従関係が崩れると、世界の仕組みがぶっ壊れちゃうから。あんた、それと戦う勇気があるの?」

「……んあ」

「ねぇ。隆? 隆ってば」

 呻くような相槌しか出ない。寒さのあまり意識を失う寸前だった。こんなところで眠ってはいけないとは思いつつ、体が動かない。

「聞いてる、って……」

「隆?」

「……」

「た……」

 ロミオの声が遠のく。視神経がくいくいと引っ張られ、頭の中心に吸い込まれるようなかんじ。頭の中心には大きなプール。

 とんでもなく、ここちよい。もう、たまんないね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る