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 それなら、食感が分からなくなるくらい細切れにして、細切れにしてカレーやハンバーグに入れるとか? でも、それはもはや『キノコ料理』とは言えないのでは? それに、ごまかすのは根本的な解決にはならない気がする。


「いいよ、別に。穂花サンがそこまで悩むことはないから。別にキノコ食べられなくても死なないし、仕事がなくなるわけじゃないし」

「でも、YOSUKE君がイメージダウンするんじゃないかって心配してたよ」

「アイツはいっつもそうだから気にしなくていいよ。……コレさ、今度はキノコ抜きで作ってよね」


 彼はキノコだけを取り除いたハッシュドビーフを食べたけれど、お替りをすることはなかった。いつもしてくれるから、少しだけがっかりしてしまう。


 私は翌日、余ってしまったハッシュドビーフを保存容器に入れて優奈の仕事場に向かっていた。一応、持って行っていいか連絡すると、今日はちょうどお母さんが遠方の親戚の家に行っているらしく「お昼ご飯にする!」と返信がすぐにあった。


「あはは! まるで子どもじゃん、そのアイドル」


 ご飯を炊いて待っていた優奈に話をすると、優奈は大きく口をあけて笑った。


「優奈も子どもの時に同じことをしてたよ」

「いや、お父さん! そんな話しないでよ、恥ずかしい!」


 優奈のお父さんはご飯をこんもりとよそっているけれど、あんなに食べられるのか少し不安になる。


「しかし、筋金入りだね。そのアイドル」

「うん、そうみたい」

「無理なんじゃない? そこまで嫌いなものを食べさせるのはなんか可哀そう」

「……うーん」


 キノコ狩りロケまでにそう簡単に解決できる問題ではなさそうだ、私は深くため息をつく。


「みじん切りにしてハンバーグにいれたり、ペーストにしてカレーにいれたら食べてくれるかなとは思うんだけど……」

「そんな小細工はしないで、素材そのままを食べさせてみるのはどうだい?」


 悩んでいる私に、優奈のお父さんがそう声をかけてきた。彼はお皿にたっぷりとハッシュドビーフをよそっていく。


「その子のキノコ嫌いは、もしかしたら幼い頃の苦手意識や固定観念が邪魔しているのかもしれないよ。一度そのままの味を食べてみたら、意外といけるかもしれない。まあ、優奈がそうだったんだけどね」

「え? 何それ」

「お前、牡蠣が嫌いだったくせに、大人になったら急に食べられるようになっただろう」

「あー……確かに。子どもの時はなんか見た目が嫌だったけど、大学生くらいのときに何気なく蒸し牡蠣を食べたら意外といけたんだよね。不思議だったけど」

「なるほど、素材そのまま……」


 私の中に、キノコ料理が駆け巡っていった。キノコのマリネ、キノコのソテー、キノコのホイル蒸し。色々思いつくけれど、いまいちピンと来ない。窓の向こうを見ると、赤い落ち葉が風に舞っているのが見えた。


「……あ」

「お? 何かいいもの思いついた?」


 優奈は「それはそうと、コレ美味しいからまた作ってよ」とハッシュドビーフを指さしていた。


***


 次の日、私はダメもとで湊人君にメッセージを送っていた。彼にメッセージを送るのは初めてだったのでとても緊張して、手汗でスマートフォンが濡れてしまうくらいだった。


『もし時間があれば、今日うちでご飯を食べませんか』


 意を決してメッセージを送信する。しばらく、アプリを立ち上げて彼のトーク画面を見たけれど、一向に既読マークがつくことはない。昼間のうちに送ったのに、既読マークがつかないまま夕方になってしまった。


(どうしよう、迷惑だったのかも……)


 もしかしたら私が送ったメッセージで気分を害して、ブロックしてしまったかもしれない。そんな事を考えていると、陽が沈む様に気分も沈んでいく。何度目か分からない溜息をついた時、突然スマートフォンの通知音が暗くなった部屋に響き渡った。驚きのあまりびくりと跳ね上がった私は、震える手で届いた通知を確認する。……良かった! 湊人君から返事が来た!


『いーよ。遅くなるかもだけど』


 たったそれだけのメッセージだけど、私は飛び上がるくらい嬉しかった。良かった、返事を送ってくれた。……私の事が嫌になったわけじゃなくて、本当に良かった。胸を撫でおろし、私は「大丈夫です、待ってます」と返事を送り、炊飯器のスイッチを押す。しばらく経つと、ご飯が炊ける匂いが部屋に広がっていく。その匂いは、いつもとはちょっと違った。


「こんばんは~。来たよ」


 湊人君は思っていたよりも早く来てくれた。テレビ番組の収録が終わって、すぐに来てくれたらしい。メイクそのままで来たせいか、顔がいつもと少し違うようにも見える。まじまじ見ていると、その視線を感じたらしい湊人君がチラリと私を見る。


「それで、今日のご飯、何?」


 湊人君が何だか強張っているのが分かった。彼ももう勘付いているのかもしれない。……私が用意したのが、キノコ料理であることを。


「……ちょっと待ってて」


 私は台所に戻って、炊飯器を開けた。蒸気とともに鼻をくすぐる――キノコの豊かな香り。私はお茶碗にそれをよそいながら、湊人君に声をかけた。


「あのね、目を閉じてくれる?」

「え? こわ、何、なんで?」


 変なコトしないでよ! と湊人君は目を閉じた。その表情はとても素直な子どもみたいで、よくもまあ、ストーカーじみたマネをしていた私にそんな無防備な姿を見せるなぁと頭のどこかで思う。いつの間にか、私は彼から信頼を得たみたいだった。

 お茶碗をテーブルに置き、一口分を箸で取る。


「口、開けて」

「……あーん」


 唇が少し震えているようにも見えた。私はえいっと――キノコの炊き込みご飯を彼の口に押し込んだ。


「……」


 彼の咀嚼する時間が沈黙と共に続く。私の心臓は秒針よりも早く脈打っていた。大丈夫かな、怒らないかな? そんな不安が渦巻いている。彼の喉がごくりと動いた時、私も覚悟を決めるように目をぎゅっと閉じた。


「……おいしい」

「え、あ、ほ、本当に?」

「うん、本当。ねえ、目開けてもいい?」

「ど、どうぞ」


 彼はゆっくり目を開ける。目の前のお茶碗を見て、驚いたように口をあんぐりと開けた。


「うわ、やっぱりキノコじゃん! え、俺、今キノコ食べたの?」

「うん」

「いや、うすうすそんな気はしてたんだよ。穂花サンがこんな風にメシ食わせるなんて……でももしかしたらって思ったけど……いや、やっぱりキノコか」


 湊人君は頭を抱え、大きく息を吐いた。


「俺、食べられたね」

「うん」

「キノコ、嫌いだったのに、旨かった。どうして? なんかすごい味付けしたとか?」


 味付けはだし汁としょう油とみりんだよ、と言うと湊人君は唸る。


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