第7話 地獄から天国へ





 それから、一時間後。





 ヒロインは干からびた魚のような様子で帰って来た。


 とてつもない変貌ぶりである。


 攻略対象達にどんなとどめを刺されてきたのだろう。


 ちょっと、聞くのが怖い。


 ヒロインは私の目の前でへたりこんだ。


 嫌味を言う気力もないようだ。


「うそ。そんな。がんばって助けてあげたのに、どうして私の事好きになってくれてないのよ」


 うーん、ちょっと可哀そうな気もしてきた。


 好かれたいという気持ちがあったにせよ、一応彼女なりによかれとやって行動したんだろうし。


 でも、クギはしっかりさしておかないとだし。


「これで分かったでしょ。原作をむやみにかえたって、良い事が起こるとは限らないって事。これに懲りたら、もう少し慎重に行動してよね」


 気が引けながらも、厳しめに注意。

 すると、ヒロインがえんえん泣きだしてしまった。


「どうしてよ~、なんで好きになってくれないのよ~。前世の皆だって、お世話してあげたじゃない」


 えぇぇぇぇ。


 子供みたいに泣き出したんだけど。


 いきなり、この人どうしちゃったの?


 どうにもほうっておけない私は、めそめそしている彼女の背中をさすってあげる事にした。


 すると、彼女はぽつぽつと語りだす。


 前世でそれなりにモテていた事、だから好きになってくれた人達に精一杯尽くした事。


 でも、恩以上の好意は抱いてもらえなかった事。


「わたし、いっしょうけんめいやったでしょ~!」


 うーん、それって。

 やりすぎたって事よね。


 何事にも限度はあるって事だ。


「過ぎた親切は人を駄目にするって言葉もあるし、恩を受けすぎるとそういう対象として見れなくなる人達もいるのかもしれないわね」

「そんな~。じゃあどうすればいいの~」

「だっ、大丈夫よ。こっ、これから。これからは控えめにねっ。まだ、間に合うんじゃないかしら」

「ほっ、ほんとうに」

「えっ、ええ」

「うわ~ん」



 えぇぇぇぇ。

 これどういう状況。


 私、まだヒロインのお世話しなくちゃいけないの?


 それから、小一時間くらいたっぷり泣きつかれてしまった。







 泣き疲れたヒロインが去っていくのを見送る。


 私もどっと疲れてしまった。


 けれど、やっと解放されたと思ったら、目の前に推しがあらわれた。


 はっ、誤解された!


 違うんです!


 あれ、私が泣かしたんじゃないんです!


 しかし、推しは私を罵らなかった。


 敵意をこめた視線も向けてこない。


「君は本当に損な役割をしているね」


 へっ?


 身構える私に、不思議君は微笑んだ。


 なぜ?


 それは、このあいだとは百八十度違った態度だった。


 不思議君は、私の手を引いてどこかへとエスコート。


 はっ、なんて自然な流れで女子を虜にするような事を!


 恐るべし推し!


「疲れただろう。馬車で送っていこう」

「もっ、もしかして、全部見てたんですか」

「途中からだがね」


 よかった。なら前半のゲームの原作改変のどうこうは聞いてなさそう。


 前世の話、はこの世界では結構ある事らしいからギリギリセーフかな。

 申しわけなさそうな表情をする推しは、私の耳に顔を近づけてささやいた。


「本来なら、私達が彼女の様子を気にかけてやらねばならなかった。申し訳ない事をしてしまった」

「いっ、いえ。そんな」

「やはり、彼女が助けてくれたといったも、私本来の気質はそう簡単には変わらない。人の心になかなか近づけないのは、私の心が未熟ゆえだろう」

「そんな事は、ないと思いますけど」


 ヒロインの力は大きかったと思う。

 原作では、この推しは占い師なんてやっていなかった。


 自分の力を誰にも伝えずにいたのだから。

 だから、ちゃんと成長したと思う。


 そしたら、推しが微笑んでびっくり仰天発言をしてきた。


「だから成長しようと思ったよ。少し勇気を出そうと思う。君を家に送り届けるまで、君の事が知りたい。少し、つきあってもらえるかね?」






 なんて、卑怯なセリフなんだろう。

 そんな事言われたら、断れないではないか。


 私は真っ赤な顔で頷くしかできなかった。


 はぁ、推しが恰好よすぎて、途中で気絶しないといいけれど。


 ついこの間まで地獄だったのに、今はまさに天国だった。






 その後私が、推しの車の中で推しのかっこよさに悶えて本当に気絶してしまうのは、まだ知らない事だった。





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オタクな令嬢はヒロインの原作改変に異議を唱える 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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