異世界探偵カミラの考察〜高級ホテル勇者毒殺事件編〜

その夜、勇者は毒殺された。

 勇者ダイエーがホテルニューハンプシャーの一室にて毒殺死体で発見された。

 現在の時刻は午前二時。探偵である私は、捜査を担当することとなった知人の刑事に呼ばれ、同ホテルの一室で真相究明に努めている。まずは簡単に事件の概要からおさらいしていこう。


 第一発見者は勇者パーティのメンバーである戦士イオンだ。ダイエーとイオンは同じ三階の304号室に宿泊していた。同パーティの魔法使いルクアと賢者イーレは隣室の303号室に宿泊している。

 勇者一行がこのホテルにチェックインしたのは午後二十時前後。ホテルのフロント係チャガマからも証言を得ているのでそれは間違いないだろう。勇者一行は寄り道することなくロビー中央のエレベーターに乗り、部屋に向かったという。その姿は監視カメラでも捉えられている。四人は寄り道をせずに部屋へと入っている。


 午後二十時四十分ごろ、戦士イオンが一階の大浴場に向かった。勇者ダイエーが「面倒だから備え付きのユニットバスでよくね?」と言ったらしいが、それでも大浴場に向かった理由について戦士イオンは「風呂にこだわりがあるし……」と証言している。戦士イオンは大浴場のサウナでととのい、打たせ湯に約二十分打たれると、体を洗って出たという。これについては同時刻にととのっていた105号室の商人ボルネが証言しているので間違いはないだろう。

 そして浴衣に着替えると、休憩所で買ったコーヒー牛乳を手に、喫煙所に向かったという。休憩所と喫煙所には監視カメラはなく、この姿は捉えられていないが、もし仮に戦士イオンが勇者ダイエーを殺害したとなれば、勇者ダイエーは304号室で殺されているのでエレベーターに乗る姿が確認されているはずだろう。その姿が捉えられていないということは、戦士イオンのアリバイは立証されたということとなる。また、魔法使いルクアによると、戦士イオンは【魔法を覚えないタイプの武力一本型】だそうなので、密かに飛行魔法を覚えているということは考え辛い。

 戦士イオンは飲み終えたコーヒー牛乳の瓶を瓶入れに戻すと、部屋に戻った。そこで勇者ダイエーの死体を発見している。


 同時刻。303号室の魔法使いルクアと賢者イーレはホテルの無料Wi-Fiにスマホを接続し、野良でAmong Usをプレイしていた。ルクアの魔法で二人同時にインポスターになるよう仕組み、お互い指示をしながらクルーを滅多殺しする荒らしプレイを楽しんでいたという。余りにも手際の良すぎるプレイにチャットでは「ボイチャ死ね」などの罵声を浴びせられていたが、賢者イーレ曰く「雑魚の遠吠えがたまらなく快感だった」という。

 二人は三部屋を蹂躙し尽くすと、スマホを置いたという。賢者イーレは「そろそろ風呂入って寝よう」と誘ったらしいが、魔法使いルクアは「一杯だけ飲もう」と一階ロビー横のコンビニへ酒とつまみを買いに出たという。賢者イーレの体感では約五分でルクアは戻ってきている。確かに、私が二人の部屋を訪れた時もテーブルにはワンカップ大関とあたりめが置かれていた。コンビニはセルフレジなので証言は取れなかったが、監視カメラには魔法使いルクアの姿が記録されている。

 しかし、魔法使いルクアは分身魔法を覚えている。最大三体まで自分と全く同じ存在を具現化できる魔法だ。この魔法を使えばコンビニに行きながらも304号室に侵入し、勇者ダイエーを毒殺することは出来る。差し入れと称し、ワンカップ大関に毒を盛ったものを勇者ダイエーに渡せば殺害は容易だろう。勇者ダイエーもまさか信頼しきっているパーティメンバーに毒を盛られるとは思っていまい。

 

 少し別の角度から考えてみよう。何も犯行が可能なのはホテル内の人間だけではない。勇者ダイエーが殺されていた304号室はオートロックで、鍵は大浴場にいた戦士イオンが持っている。窓の鍵も閉められていた。完全な密室である。

 しかし、この世界では密室を突破する方法などいくらでもある。自らの体格を自在に操れる縮小魔法や、結界の張られていない壁なら突破できる透過魔法なら下級魔法使いですら使える簡単な魔法だ。上級にでもなれば、イメージした空間を物質化し、全く別の場所にトレースすることができる空間転移魔法を使うこともできる。この世界に安息の場所はない思っていた方がいい。

 こと勇者となれば恨んでいた人間も多いだろう。世間的には英雄視される人間ではあるが、その賞賛を妬む人間もまた、少なからずいる。しかし、そこまで容疑者の範囲を広げてしまうなら、これは既に私の管轄外になってしまう。探偵の私が出来ることは推理だ。捜査は警察に任せる他ない。


 やはり、ホテル内の人間に絞って考えてみよう。

 戦士イオンがととのっている間、勇者ダイエーの部屋に入ることが可能だった人物は四人。まずは前述した魔法使いルクアだ。


 次に、このホテルの清掃係であるチョマ。彼は推定犯行時刻の間に三回廊下を通ったと認めている。更にチョマは清掃係であるため、全室のマスターキーを所持していた。304号室に入ることは容易いだろう。ただ、入れたところで勇者相手に太刀打ちできるほどのスキルがあるとは到底思えないが。


 三人目は、フロント係のチャガマ。彼は今ではホテルのフロント係に落ち着いているが、かつては世界を混沌に陥れる闇の結社ブラストドーザーの一員で、数多の要人を暗殺してきている。音もなく近づくことは容易いだろうし、監視カメラに映らない方法も知っているだろう。特に従業員であるからこそカメラの位置は熟知している。部屋で気を抜いている勇者を暗殺しようと思えば出来るはずだ。

 しかし、チャガマは世界環境保全委員会の考え方に心を打たれてブラストドーザーを脱退している。今では環境保全運動に力を入れ、世界の限りある資源や自然の保護、人々の健やかな未来を心から願っている健全な人間だ。世界平和の為に行動している勇者を恨む必要はあるだろうか。同じようにブラストドーザーから指示を受けたとも考え難い。勇者ダイエーはブラストドーザーの前会長であるナガサワを打ち滅ぼしているからだ。ナガサワはブラストドーザーの理念を利用し、私利私欲を肥やす悪人であった。以降はデンベという、ダークエルフが実権を担っている。デンベはブラストドーザー内の派閥争いを解決した勇者ダイエーに恩義を感じているはずだ。勇者ダイエーはブラストドーザーの腐った部分を取り除いた功績がある。

 

 そして四人目。勇者ダイエーの隣室、開かずの305号室に巣食う邪悪毒殺魔獣ドクゲロガだ。普段はカエルのようなフォルムだが、こいつは何にでも姿を変えられる能力を持っている。そして、気づかずに触れた人間を瞬く間に体内で精製された猛毒で冒し、殺害する。凶悪な魔獣である。ホテルの人間も対処することができず、なんとか305号室に閉じ込めたので精一杯だと語っていた。しかし、ドクゲロガはその凶暴な毒を使ってドアノブを溶かし、月に四、五十人は宿泊客や従業員を毒殺しているという。その都度チャガマが捕らえては305号室に幽閉しているらしい。


 私は悩んでいる。果たしてこの中に犯人はいるのかと。部屋のカーテンから差した月明かりがテーブルの上、書き散らしたメモ帳を照らしている。事件の全てはこのメモ帳に記載した。何か、何か必ず見落としがあるはずだ。


 私は再びメモ帳に目を通すことにした。

 夜はまだ、明けそうにない。

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