第45話 僕なんかの部屋にいる和水さん⑩


 見慣れているはずのリビングの光景が、今だけはまったく違うものに見えた。


 いつもご飯を食べているテーブル。


 僕の向かい側には、いつもなら誰もいない。


 けれど、今日だけは、今だけは違う。


 僕の向かい側には、あの和水さんが座っているからだ。


 しかも制服のブラウスの上にエプロンを着けてて、かなりきゃわいい。


 いつもは華やかさ等かけらもないリビングが、今だけは高級レストランよりも輝いて見える。


 僕は今、和水さんと一緒に、和水さんが手作りしてくれた料理を食べているのだ。


 改めて自分の状況を整理してみると、なんだその幸福はと、自分の事ながら納得できなくなりそうだ。


 僕は今日死ぬかもしれない。


 そう思わずにはいられないほどの運を、今日だけで使ってしまったのではないだろうか。


  幸せすぎて少しの恐怖を感じながらも、炒飯をかきこむ僕の手は止まる事がない。


 当然だ。


 喩え死ぬとしても美少女ギャルが作ってくれたご飯を食べないという選択肢は僕にはない。


 こんなご褒美はこの先何年生きていたとしても、もう一度やって来てくれるとは限らないのだ。


 それに何より本当に美味しい。


 あり合わせの材料で作った炒飯がどうしてこんなにも美味しいのだろう。


 きっと和水さんの腕がいいというのが一つ。


 さらには美少女の手作り効果も上乗せされているだろう。


 まさに頬っぺたが落ちそうな程の美味しさ。


 僕は自分の幸運を噛みしめながら、和水さんの手作り炒飯を頬張った。


「どぅ? 美味しい?」


 頬杖をついてこちらを見ていた和水さんから質問がとんでくる。


 僕が一心不乱に炒飯を食べる姿を見ていた和水さんは、どことなく嬉しそうに見えた。


「ホントにすごく、かなり美味しいぃです!」


 我ながら語彙力が皆無だったけれど、それも仕方ない。僕はそれほど興奮していたのだから。


 幸いにも僕が本気で美味しいと思っているのが和水さんにも伝わったようだ。


「そ、ならよかった」


 そう短く答えてくれた和水さんも、安心したかのように自分の分を食べ始めたからだ。


 和水さんと二人の夕食。


 それは僕にとって本当に幸せな時間だった。


 僕は家でも学校でも、たいていは一人で食事を食べていた。


 だからこそ、こうして一人じゃない食卓はなんだか懐かしくて、それでいていつもより周りが明るく見えた。


 僕も和水さんも、普段からあまり喋る方じゃない。


 それでも今だけは、少しずつ会話も弾んでくれた。


「今更ですけど和水さんって結構授業サボるんですか?」

「別にそんな事ないけど、まぁ今日の体育きつかったから、抜け出せたのはラッキーだったかな」

「あぁ~、何回も走ってたから結構大変そうでしたね」

「ん、なに? 私が走るところ見てたの?」

「い、いえ、別にたまたま何度か見えただけで、特にじっと和水さんを見てた訳ではないですよ、本当に……そ、そういえば! 和水さんは花が好きなんですよね? 何か好きになるきっつかけとかあったんですか?」


 花の事を聞いたのは、本当にただの苦し紛れだった。


 体育の間、僕が和水さんをずっと見ていた事はバレるわけにはいかない。


 本当は激しく上下に揺れる和水さんの胸を凝視していたという事がバレたら、僕のイメージが悪くなってしまうかもしれないからだ……もういいイメージもないと思うけど。


 というわけで、苦し紛れに思いついた話題を言っただけ、なのだけど、僕の質問を受けた和水さんは、少しだけ固まってしまった。


 スプーンを咥えたまま、まん丸に見開いた目でじっとこちらを見つめてくる和水さん。


 何か不味い事を聞いてしまっただろうか。


 今の和水さんは何かを考えているようにも見えるし、どことなく悲しそうにも見えた。


 けれど、実際には和水さんが今何を考えているのか僕には分からなかった。


「あ、あの、和水さん? すいません調子に乗りました。無理に答えなくて結構でございますので」


 とりあえずプライドがまったくない僕はすぐに頭を下げてみた。


 怒らせてしまったのなら謝るのが、今後も円滑に付き合う一番の解決策だからだ。


 別に円滑に付き合う必要のない人なら話しは別だけど、相手はあの和水さんだ。


 どうしてこんなにも構ってくれるのかはまだ分からないけれど、和水さんから構ってもらえなくなったら、僕は溶けてなくなる自信がある。


 和水さんが許してくれればよし、許してくれなければ土下座にモードチェンジする二段構えの完璧な作戦。


 だが、和水さんから返ってきた言葉は、僕の考えていたものとはまるで違っていたのだった。

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