第23話 もっと知りたいと思った


 無愛想で怖いとクラスで有名なギャルの和水さんが、僕だけに優しい……。


 そんな童貞特有の自分だけに都合がいい妄想のような考えに僕が至ったのは、最近立て続けに起こった出来事が影響している。


 和水さんは基本的に他人を寄せ付けない。


 クラスにいる時の和水さんは自分の席からほとんど動かない。和水さんから他人に話しかけるなんてことは絶対にないし、いつも不機嫌そうな顔をして、近寄って来るなというオーラを身体に纏っている。


 大抵の人なら和水さんの顔を見ただけで、すぐに近寄ってはいけないのだと分かるくらいには露骨な空気だ。


 それでもこのクラスが始まった頃は、度胸のある何人かの男子が和水さんに話しかけにいっていた。


 その全員が逃げ帰ることになったわけで、クラスメイト達が玉砕する様子を隣で全て見ていた僕にはだからこそハッキリと言える。


 和水さんは不用意に近寄って来る人には容赦しない……はずだと。


 初めは無視で済ませてくれる。けれど相手がしつこいと、和水さんはキレて言葉のナイフを取り出すのだ。


 鋭すぎる切れ味の言葉は、まったく関係がない僕も聞いているだけで心が痛くなってくるほどの威力だった。


 このクラスが始動して数週間。流石にもうクラスメイトの中には和水さんに話しかけようとする人は一人もいなくなった。


 それでも彼女の魅力につられてやってくる男はまだいるらしい。他クラスの男子や先輩、時には一年の男子がやってくる事もある。


 そうしてたまにやって来た勇者たちは、全員が平等にズタボロにされて帰って行くことになり、僕が隣の席で見ている限りは、今のところ和水さんは誰も相手にしたことがない。


 そんな和水さんは、一年の時からすでに噂の人物だった。


 友達のいない僕でも知っているくらいには沢山の人達が話しをしていた。


 噂の内容は、スタイルのいいギャルがいる。けれどそのギャルは無口で不愛想で、それでいて怖い。誰も相手にすることがない孤高の存在、といった感じ。


 そんな話を聞く度に、僕は見てみたいという下心と、自分なんかでは一生関わることがないだろうという諦観を同時に感じていたものだ。


 それが二年になって状況が一変する。


 僕の隣の席には噂のギャルが座っていたのだ。


 あの時はまず彼女の胸に目を奪われて、それからすぐに脚も目を奪われてとりあえず大変だった。


 まだ隣の席になって数週間。でもこの短い時間の中だけでも、和水さんが噂通りの人だということはとっくに理解していた。


 噂を知っていた僕は初めから怯えていて、さらには不用意に声をかけたチャラ男のクラスメイトが泣いて帰っていくのを見た瞬間から、自分からは絶対に近づかないようにしようと強く決意した。


 だというのに……最近、和水さんは何故か彼女の方から僕に声をかけてくる。


 はじめは掃除を手伝ってくれた。


 ポスター貼りを一人でしていた時も、どこからともなく現れて僕の代わりに貼ってくれた。


 それだけでも僕には信じられないような出来事だ。勘違いして好きになってしまわなかった自分を褒めてあげたい。


 しかもそれだけでは終わらない。僕は和水さんに壁ドンをされたし、抱きしめられたし、なんなら生足だって触ってしまった。


 僕の手に収まりきらないほどムチムチとした太ももの感触は、精神を集中すれば今でも思い出せる。童貞の修行をした賜物だ。


 それから宿題も教えてくれたし、お昼も一緒に食べてくれた。


 非モテ陰キャの僕にとってはどれも特別な出来事で、和水さんがそんな特別なことをしてくれるたびに、どうして僕にはこんなことをしてくれるのかという疑問が強くなった。


 初めはただ揶揄われているだけだと思った。


 童貞の僕の反応を見て楽しんでいるのかもしれないと考えたのだ。けれど、その考えも違うと確信するような事が起きた。


 僕は自分の人差し指を見つめる。


 この指は、和水さんがくわえてくれた指だ。


 くわえこんで、血を舐めてくれた指だ。


 今でも信じられない思いだけど、あの時の和水さんの口の中の暖かさは確かに夢じゃなかった。


 舌が指にからみつくねっとりとした感触も、あれが現実だったことを僕に教えてくれている。


 普通揶揄うだけならそこまでしないでしょ。それにあの時、和水さんはわざと僕にパンツまで見せつけていたと思う。


 もうここまでくると優しい気がするとかのレベルでは収まらない。和水さんがどうして僕にだけ構ってくれるのかが気になって仕方なかった。


 今あげたように最近だけでもいろいろな事があったけれど、僕はまだ自分から和水さんに話しかけたことはない。


 向こうから話しかけてくれることがあっても、普段は本当に怖い顔をしていて声をかけずらく、僕はビビって話しかけられなかった。


 けれど、僕はもうこのままでは満足できなくなっていた。


 理由が知りたいのだ。


 和水さんが僕だけに優しくしてくれる理由が……。


 人差し指を見ながら和水さんの顔を思い浮かべる。


 僕はもっと彼女の事が知りたかった。


 僕は和水さんについて、噂の事意外は何もしらない。


 好きな物、嫌いな物、得意な事や苦手な事。何も分からない。


 だからこそ知りたかった。


 どうして和水さんは人を寄せ付けないのか、どうして僕にだけ優しくしてくれるのか、その疑問も和水さんのことを少しずつ知っていけば、何か分かるかもしれないと思ったんだ。



 ……それはそうと、少し汚い話だけど僕はまだこの人差し指だけは洗っていない。


 お風呂に入る時もビニール袋をかぶせて水に濡れないように徹底した。


 なんでそんなことをしたのかと言えば、理由なんて一つしかない。そう――



 ――間接キスだ。


 さっと辺りを確認する。


 放課後の教室にはもう僕しか人はいない。


 さっきから自分の指を見ているだけで、あの時和水さんが舐めてくれたことを思い出して僕は勝手に興奮していた。


 変態だと罵られる覚悟はある。


 けどそんな事は関係ない。


 僕は和水さんと間接キスをするために、指を顔に近づけた。




「何やってるの?」

「ひぇええ!?」


 椅子から転げ落ちそうになりながらもなんとか振り返ると、すぐ目の前には大きな胸があった。


 胸、おっぱいだ。


 こんな大きな胸を持った人は僕は一人しかしらない。


「自分の指をじっと見て、一体何をしようとしてたわけ?」


 おっぱいが喋った。いや、違う。


 顔を上げると、ニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべて僕を見下ろしている和水さんと目が合った。


 いつも眉間に皺を寄せている和水さんの、こんな表情を見たことがあるのはきっとこのクラスで僕だけだろう。


 楽しそうな和水さんに揶揄われながら、僕はやっぱり彼女の事が知りたいと改めて強く思ったのだった。

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