第9話 根拠② ポスター張りを手伝ってくれる和水さん④
「あ、待ってください! 僕の椅子ガタガタしてて危ないですよ!」
慌てて呼び止める。
振り返った和水さんはまたあの妖艶な笑みを浮かべていた。
辺りに色気が漂っているような気がする。僕は見つめられたまま動けなくなった。
「危ないことは私がやってあげる」
「え、でも、和水さんも危ないから」
「なら、ちゃんと支えてて」
「え、あ、椅子をですね!」
「違う……私の身体を、ちゃんと触って」
和水さんに腕をとられ、そのまま引き寄せられる。
「ぁ、ぁぁ、でも」
「どうしたの? あのチビの身体も触ったんでしょ?」
「へぇあ!? そ、それは伊刈さんがそうしろとおっしゃってですね」
「私もそうしてって言ってるんだけど?」
挑発的な笑みを浮かべた和水さんは躊躇なく椅子の上に立った。
瞬間、椅子が少し傾く。
危ない! そう思った時には、もう僕の身体が勝手に動いていた。
「ぁ、す、すごいぃ」
思わず声が漏れた。抑えられなかったのだ。
僕はとっさに和水さんの脚を支えたけれど、慌てていたからつい抱き着くような恰好になってしまっていた。
小さい伊刈さんとはまるで違う。
今僕の顔の前には、太くてムチムチとしていて、それでいて無駄のない綺麗な太ももがあった。
僕はその太ももに抱き着いていて、腕と頬でその感触を感じていた。
張りがあるのに、柔らかい。
少し、ほんの少しだけ、僕はつい出来心で太ももにそえている手に力を込める。
ギュッと握りしめるようにしてみると、指と指の間に肉が溢れ、ムチムチしている太ももが張り詰めた。
「……んっ」
上から和水さんの吐息が聞こえた。
その声色がまた煽情的でドキドキと僕の胸の鼓動が大きくなる。
それは収まることなく大きくなっていき、まるで自分の身体全体が脈打っているように感じた。
鼓動が五月蠅い。
血の流れが速すぎて頭がクラクラする。
それでも目と鼻の先にある太ももから目が離せない。
知らぬ間に握りしめる手にも力が入ってしまう。
「ちょっとくすぐったい」
「はぁ、はぁ……ご、ごめんなさい」
「いいよ。そうやってしっかり力をいれて私の脚を押さえて」
「は、はい、はい!」
もう一心不乱だった。
和水さん本人から言われたから、そうしなきゃいけないと思った。
「もっとしっかり、全身で支えて」
「も、もっとですか?」
「落ちたら怖いでしょ、ちゃんとギュッとして」
「はぁ、はい、ギュッとします!」
もう僕は和水さんの脚にしがみつくようにな体勢になっている。
ムチムチとした太ももに頬をくっつけ、まわした腕に精一杯の力をこめて抱きしめ、手は肉をもむように力いっぱい握りこむ。
もう自分でも訳が分からない。
なんでこんなことをしているのか。
こんなことをして本当にいいのか。
そんな常識的な思考はもうどこにもない。
ただ目の前に差し出されているような、圧倒的に肉感の太ももに夢中になっていた。
「ふふ、かわいぃ」
「はぁはぁ……へ?」
「ほら、画びょうをとって」
「あ、は、はい」
僕はもう言われたことだけをする機械だった。
フラフラと視線をさまよわせ、床に置いていた画びょうを一つとって上を見上げる。
「ぁ、あ、そんな……」
体勢的にはその光景が見えるのは必然だった。
だって和水さんは椅子の上で立ち上がっていて、僕は膝をついて和水さんの脚を支えているのだから、上を見上げたら何が見えるかなんて決まってるようなものだ。
今までだってちょっと上を見れば普通に見えたはずだ。
そうしなかったのは太ももに夢中になっていたから。
だから僕はそこで初めてそれを見た。
和水さんのスカートの中を、真下から見上げた。
僕が抱き着いていた太ももの付け根。
その太ももよりも、さらにすごい肉感のお尻がスカートの中に隠されていた。
肉付きのいいお尻を隠しているはずの下着は、かなり面積が小さい。
あまりにも小さすぎた。
布面積が小さすぎて和水さんの圧巻のお尻は収まり切っていない。はみ出た尻肉に僕の眼は釘付けになってしまう。
その光景は綺麗で、それでいてもっと別のベクトルの感情を揺さぶられた。
「ほら、画びょう頂戴」
「あ、はい」
視界の端に和水さんの手が伸びて来るのが見える。
僕はスカートの中から目が離せないまま、感覚で画びょうを渡した。
案の定上手くは渡せなかった。和水さんが怪我をしないように、自分の手に向けていた画びょうが指に少しささる。
本当なら鋭いはずの痛みも今だけは鈍く感じた。
それくらい今の僕は全ての意識が和水さんのスカートの中に奪われていて、リビドーが溢れ出しそうだった。
「そのまま、ちゃんと押さえてて」
「はい」
言われた通り太ももを握る手に力を入れ、僕はスカートの中を覗き続ける。
和水さんが力を込めるたびに、お尻がゆれる。
……触ってみたい。
それしか考えられなくなった。
ダメだと、自分に強く言い聞かせる。
我慢するように太ももをこれでもかと握る。
「んぅ……」
僕が力をこめて太ももを握るたびに、和水さんの吐息が聞こえてくる。
その吐息が、スカートの中に手を伸ばしたいという僕の欲望を煽る。
その欲望と必死に戦いながら、もう血が回っていない脳でふと考えた。
和水さんは、きっと僕がスカートの中を覗いていることを知っている。
それなのに、どうして僕は許されているのだろう。
以前のことだ。軽率に和水さんの肩を触ったクラスメイトは、それからの時間を泣きながら過ごすことになった。
本当ならスカートの中を覗いたり、太ももを触ったりしてしまったら、もっと酷い制裁がまっているはずだ。
なのに、なのにどうして僕は怒られないのだろう。
どうして和水さんは、僕には優しいのだろう。
そんな疑問が湧き上がりすぐに消えていく。
普通ならおかしいと思うことも、今の僕にはどうでもいいことに成り下がっていて、深く考える気にもなれない。
何も考えられない僕は、それから何か所ものポスターを貼るたびに、言われるがままに和水さんの太ももに抱き着き続けた――。
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