第51話 亡者がかつての恋人に拒絶される話
「何を馬鹿な――!!」
気付けば俺はオスカー教皇に向かって叫んでいた。その場にいた全員が俺を見るが、そんな事は気にしちゃいない。
サリアが俺の記憶を消した――だと!?
死に掛けていた自分の命を救わずに!?
願えば自分の命が助かったはずなのに、そんな馬鹿なことがあってたまるか!
「僕に言われたってねぇ? 嘘なんて言っていないし、それが事実さ」
「たしかに、お姉ちゃんならそう言うかも……自分が傷付くことは許せても、自分のせいで誰かが辛い思いをするのは、絶対に耐えられない人だったから……」
「聡明剛毅。サリアは自分に厳しく、他人に優しい。いつも他人を気遣っていた」
「だからって……」
どんな高尚な考えを持っていたって、死んだら全部終わりなんだぞ!?
俺が傷付く? ふざけるんじゃねぇ。生きてさえいれば、何か手立てがあったかもしれないだろうが――!!
「だが、それが結果的にサリアを生かした。彼女は
「絆を失った? それって、どういう――」
「――それくらいにしてください」
「え……?」
更に事情を聞こうとした俺を、ここまで黙って聞いていたサリアが止めに入った。
「私と貴方の縁は切れたんです。共に過ごした記憶なんかもありません。今の私は教皇様の護衛。それ以外の立場は要りません。それに、貴女のような妹も」
「そんなっ、お姉ちゃん!!」
「もう……私に構わないでください……」
サリアはそれ以上は聞きたくないと、自分の耳を手で塞いで蹲ってしまった。こうなってしまってはミカの叫びはもう届かない。
しかし、実際に血の繋がった妹でさえも拒絶するのか。いったい、何がそこまでサリアを教会に縛り付けているんだ……。
「分かってやりたまえ。――力には代償を。サリアにとって、もうジャトレやミカという存在自体が病気なのさ。絆を取り戻すことはすなわち、サリアの命をも元の状態に戻すということなんだ」
「――クッ!?」
「そんな……じゃあ私がしていたことって……」
ショックを受けたミカが、その場に崩れ落ちた。
そんなのってアリなのかよ。無理やりサリアをこっちに取り戻そうとすれば、アイツは死んじまうかもしれないってことか……クソッ。手も足も出ねぇじゃねぇか。
「……さて。ところでビーン。キミは僕に願いがあると聞いたんだけど?」
これでひと通り話は終わったと、オスカー教皇は今度はビーンに話し掛けた。
「ビーンが……?」
「おっ、そうだった。忘れてたぜ」
ビーンは待ってましたとばかりにニヤリと笑うと、腰元の鞘に剣を収めてから一歩前へと進み出た。いったい何をするつもりなのかと思えば、奴は大仰な動作で教皇の前に跪いた。
「この通り、教会に忠誠を誓うからよ。その
「……なんだって!?」
まさか、コイツ。本気で教会に尻尾を振る気なのか!?
たしかに現時点で既にコイツは、命を救ってもらった上にあんな反則級の鎧まで貰ってはいる。だが俺と同じく神なんて信じちゃいないコイツは、教会に対する忠誠心なんざ微塵も持っていなかっただろう。豚司教には嫌々従っているような素振りをしていたことからも、それは明らかだ。
だが教皇を相手に直接言ったのでは、話が全く違ってくる。
簡単に言えば、教皇を敵に回せば教会全体が敵に回るのだ。
俺みたいに教会が嫌いだと言ったり、忍び込んで聖水を盗んだりとかそういうレベルの話じゃない。国中のありとあらゆる信徒たちが自分の命を狙う暗殺者となる。そういう話なのだ。
そんな馬鹿なことをすれば少なくとも、この国で生きてはいけない。冒険者を続ける? 国選を目指す? そんなの以ての外。呆気なく殺されてモンスター達の餌にされて終わりだ。
だからそんな簡単に教会に忠誠なんて誓って良いものじゃない。本当に神を信じ、改心をするのなら別だが……根っからの小悪党であるビーンには無理だ。
俺はそんなリスクのあることはするなと止めようとしたのだが……。
「おい、ビーン。馬鹿な真似は――」
「いいだろう。ほら、使ってみるといいよ」
「なっ……!?」
「やったぜ! 話の分かる奴は俺様は好きだぜ」
教皇はあっさりとビーンに宝玉を手渡してしまった。
「ちょっと待てよ、それは元々俺たちが手に入れたものだろうが!」
「でも僕はキュプロに貰ったんだ。それをどうするかは、僕の自由だろう?」
「……すまない、ジャトレ君」
「キュプロ……」
気まずそうに視線を逸らすキュプロ。奴の事情はもう分かってる。だからここでは責めることはしない。だが……。
そんなことは知らないビーンは、まるでお小遣いをもらった子供のように飛び上がった。左手の指で宝玉を摘まみ、嬉しそうに中を覗き込んでいる。
「これで俺様の右腕も元に戻る!! 憧れの国選に俺もなれる日が来たんだ!!」
「やめなさい、ビーン! 宝玉には代償が……」
「ふんっ。俺様には失うようなモンはねぇよ。恋人や家族なんてくだらねぇ。記憶も要らねぇ。俺様にはもう、国選になるという憧れしか残ってねぇんだよ!! 墜ちた魔女ごときが、俺様の邪魔をするんじゃねぇええ!!」
すっかり興奮しているビーンは、ミカの言葉なぞには耳を傾ける様子がない。
誰にも渡すものかとその左手に黒の宝玉を握り込むと、天に掲げるようにして願いを叫んだ。
「宝玉よ! 俺様に……黄金に輝く栄光を――!!」
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