第50話 知らない自分の話


 聖水が湧く泉の前に座り、オスカー教皇は話し続ける。

 先ほどまで争っていたはずなのだが、不思議なことにそんな雰囲気はとっくに霧散してしまっている。誰しもが大人しく、コイツの話に聞き入っていた。



「僕はその時、ジャトレに聞いたんだ。サリアを救っても良い。その対価として、教会の為に――ひいては僕の為にキミができることは何だいって」


 俺が、そんなことを?

 しかし、教会の為にできることって言われても。生まれも悪く、できることで浮かぶのは一つぐらいしかないのだが……。



「ジャトレさんは、それでなんと言ったんです……?」

「あは。ミカも気になるかい? 彼はこう言ったよ。『望むなら何でも。必要なら金でも何でも用意してやる』とね」

「終始一貫。ジャトレ様らしい」

「元々、ジャトレはお金稼ぎに関しての才能があったみたいだしねぇ。だから僕は彼に金を集めてくるよう言ったんだ。サリアの命に見合うだけの、金銭をね」

「まさか、それでジャトレさんは……」


 目を見開いたミカが俺を見てくるが、俺は知らない自分の話をされて全身から脂汗が噴き出していた。ヴァニラは俺らしいと言ったが……正直、気持ち悪いという感想しかないのだ。


 自分では言った記憶がない。だが、もしその状況になっていたとしたら……恐らく俺はその文言通りのことを言っていただろう。嘘だと言いたくても、反論ができない。



「ジャトレ――その時の彼は良く働いてくれたよ。半年もの間、自分の手が汚れようが構わず僕に尽くしてくれた。……僕はこうみえても、人を導く教皇だからね。ちゃんと約束は守る。だから、その働きに見合った報酬を与えることにした。この、『混沌神の悪戯ケイオスチート』と同じ品をね」


 宝玉を掲げながら楽しそうに語るオスカー教皇だったが、ここにいる大半の人間は複雑な表情を浮かべている。


 それもそうだろう。オスカー教皇は『混沌神の悪戯ケイオスチート』と呼んでいるらしいが――俺たちみたいに実際に使った者の多くは、悪戯なんかで済むような生易しい経験をしていないからだ。


 願いを叶える代わりに、願った者にとって最も大きな代償を払わせる。俺はアンデッドになったし、ミカは積み上げてきた立場を失った。研究者のキュプロは記憶を、友を欲したヴァニラは鎖によってダンジョンの奥深くに囚われた。


 皆が皆、望んだものを得るよりも辛い思いをしてきたのだ。だからこそ、俺たちはそれを呪いの宝玉と呼んでいた。


 宝玉が燭台の炎を反射して怪しく光っている。半年前、俺にこの宝玉を渡したということは――。



「じゃあ、ジャトレさんは教皇様が渡したその宝玉を使ったってことですか!?」

「だろうね。だけどそこで、僕でも予想外な事が起こったみたいだね。――サリアは宝玉を使って自分の病を治すことを望まなかった」

「なん、だと……!?」


 教皇の言葉に驚いた俺はサリアを見る。だが当の本人はまるっきり覚えていないのだろう。困惑した表情で視線を彷徨わせている。まぁ、その気持ちは分かる。俺だって身に覚えがないんだから。



「ジャトレはサリアに、教会の下で人には言えない仕事をしていたとは、一言も教えていなかったみたいだから。でも、彼女は知ってしまったんだろうね。そして自分のせいで彼の手が汚れてしまったことに心を痛めていた」

「クハハッ。随分な言い草だねェ。なにが『心を痛めていた』だ。教皇サマがコイツに薄汚ぇ仕事をやらせていたんだろうによぉ」

「茶化すのはやめてくれたまえ、ビーン。僕はあくまでも、善意でジャトレに提案したに過ぎない」


 皮肉を込めた台詞を吐いたビーンは「おっと、怒らせちまった」と左手を上げて後ろへ引っ込んだ。一応は雇い主ということで奴も教皇に従っているんだろう。



「それに、サリアは知っていたんだ。宝玉を使えば、どんな代償を払わされることになるかを。使用者にとって、一番大事なモノを失いかねないこのアイテムを、サリアが使ったとしたら……?」

「ジャトレさんを……失う可能性があった……?」

「そうだねぇ。死ぬ運命を変えるとすれば、その代償はそれ相応のものになるだろう。そう危惧するのは当然だったのかもね」


 ……ってことはなんだ。それじゃあ、俺はいったい何のために……。いや、それじゃあ結局俺は、手に入れた宝玉をどうしたんだ……?



「ジャトレから混沌神の悪戯ケイオスチートを受け取ったサリアはこう願った。『私のことを忘れ、幸せに生きてほしい』……とね」


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