第46話 大聖堂に役者が揃い踏みした話


「……やっぱり広いな」

「腐っても国で一番の教会ですからね。案内します。2人とも、私について来てください」


 正面から正々堂々と突入した俺たちは、ミカの後に続いて薄暗い廊下を進んでいた。


 国教でもあるオスカー教の大聖堂なだけあって、建物の規模がかなりでかい。大小さまざまな部屋がいくつもあるし、廊下なんてずっと同じ景色が続いていて簡単に迷っちまいそうだ。



「キュプロの居場所はどうやって探すんだ?」

「そうですね。居るとしたら司教クラス、もしくは教皇様の部屋でしょうか……」


 なにしろ教会の金を使ってキュプロの研究を支援していたんだ。それなりの立場の奴が裏に居るに違いない。


 とすれば、俺達から奪った宝玉もそいつらに渡す可能性が高いか……。



「それにしても……随分と静かじゃないか?」

「おかしいですね。普段なら夜警の教会騎士たちが巡回しているはずなのですが」

「だよな。こんなあっさりと侵入できるとは思わなかったぜ」


 前回は教会の出入り口に鎧を着た騎士たちが立っていた。だがさっき俺達が通った時は、奴らの姿はどこにも無かった。

 お陰で誰にも邪魔されずに中へと入ることができたのだから、それはまぁ良かったのだが……。


 注意深く廊下を覗いてみても人の気配はなく、とても静かだ。――というより、これはあまりにも静かすぎる。



「あっちの方……まだ明かりがついてる……」

「ん? 本当だ……」


 ヴァニラが小さな手で指差したのは、教徒たちが住む居住区の方ではなく、礼拝堂へと続く廊下だった。真っ赤な絨毯が続いている先で、うっすらと蝋燭ろうそくの光が漏れているのが遠目にも見えた。


 普通ならこんな夜遅くにうろついている人間は居ないはずだ。キュプロたちがそこに居るのかもしれない。



「礼拝堂……泉がある方か。よし、行ってみよう」


 教会嫌いの俺だが、その礼拝堂には一度訪れたことがある。

 そこには神に祈りを捧げる主祭壇があり、その周りには聖水が湧いていた。神の存在は信じていない俺でも神秘的だと感じられた場所だった。



「……あの時は、キュプロに言われて聖水を取りに来たんだよな」

「そういえばあの時のキュプロさん、教会について異様に詳しかったんですよね」

「クソッ、あの研究バカが教会なんて通うわけがなかったのに。どうして俺は気付かなかったんだ……」


 今さらそんなこと言っても遅いのは分かる。

 しかしもっと早くアイツのおかしい部分に気付いていれば、少なくともこんなことにはならなかったかもしれない。


 そんな無意味な”たられば”を考えながら廊下を駆け抜けていると、最初は小さかった明かりも段々と大きくなってきた。中からは誰かの話し声も聴こえてくる。やはり何者かがいるみたいだ。



「しっ、気付かれるぞ!」

「ゆっくり覗いてみましょう……」


 礼拝堂の入り口へ到着した俺たちは中に居る奴らにバレないよう、壁にへばりついて中を覗き込んだ。


 祭壇の前に居たのは、3人の男女。こんな夜更けに密会だなんて怪し過ぎる。

 それにどうやら、彼らは何かを揉めているようだった。



「いやっ……放してください!!」

「いいから来いっ! 教皇様に少し気に入られたからって、調子に乗りやがってこのアバズレ女が!!」

「くははっ。聞いてたよりも上玉じゃねぇか、司教様よぉ。テンション上がってくるぜぇ」


 おっと、お取込み中だ。3人とも目の前のことに意識がいっていて、俺達の気配に全く気付いていない。


 司祭服を着たデブがワァワァと怒鳴りながら、逃げようとしている金髪女の腕を掴んでいる。その隣では、やたら目立つ鎧を着た男が女を見て嬉しそうに笑っていた。


 残念ながら、女の方はキュプロでは無かったようだが……うん。あの3人とも、全員が知っている顔だわ。



「なぁ、ミカ。アレってお前の知り合いの豚司教と……」

「今助けますよお姉ちゃん!!」

「待てっ、勝手に飛び出すな!」


 男たちに絡まれているのが、自身の姉だと分かった瞬間。隣りで顔を出していたミカが俺の制止を無視して駆け出してしまった。


 まったく……ミカの奴はどうも、サリアのことになると簡単に我を忘れてしまうみたいだ。


 しかし、問題は豚司教の隣りの男だ。どうしてアイツがここに居るんだよ!?



「ジャトレ様。わたしたちも」

「おう、そうだな。このまま放って置いたら、神聖な大聖堂がマズいことになりそうだ」


 ミカがブチ切れたら、人の家大聖堂で大魔法をぶちかましかねない。まぁ俺は教会がどうなっても構わないが、さすがに悪目立ちが過ぎる。


 ヴァニラと俺は互いに頷くと、礼拝堂の中へと飛び込んだ。



「お姉ちゃんを放しなさい!!」

「なっ、誰だ……って聖女だと!? ど、どうして貴様がここに居るんだ!」


 風のように現れたミカを見て、豚司教は目を真ん丸にしながら大声をあげた。彼女の存在があまりにも予想外だったのか、思わず掴んでいたサリアの手をパッと放してしまっていた。



「黙りなさい、この変態司教が! 私のお姉ちゃんをどうする気なんですか!」

「はぁ? この女狐が姉だとぅ~? いきなり何を言っているんだ貴様は。……おい、お前。こういう時の為の雇われだろうが! 早くコイツをどうにかしろ!」


 豚司教は自身に飛びかからんとするミカを心底ウザそうにしながら、隣りに居た金ピカ鎧の男に命令を飛ばした。



「クッ……ククク。まさか恨みを晴らしたい奴がみずからやってきてくれるとはな」

「……ビーン。貴方、生きていたのですね」


 右腕を欠損した男――隻腕のビーンはミカの言葉を聞いて、ニヤリと口角を上げた。

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