第41話 恋する吸血女王の話

 ※ヴァニラ視点です


 わたしは口の中に残った彼の味を堪能しながら、火照ほてった身体を毛布で隠す。

 つい衝動的にキスなんてしちゃったけれど、初めてだったから上手くできたかしら。


 あーぁ。

 ミカちゃんが邪魔しなければ、キスのもっと先だってしてあげられたのに。



「私だってチューはまだなのに……」


 邪魔者を睨んだら、逆に睨み返されちゃった。


 ふふふ、ミカちゃん。

 こういうのは奪ってもらうものじゃなくって、自分から奪うものなんだよ?


 それに……わたしだってアレがファーストキスだったんだから。



「おい、ヴァニラ。いったい今のは何のつもりだ?」

報恩謝徳ほうおんしゃとく。命を救ってもらったお礼……」


 ジャトレにはこう言ったけれど。わたしの大事な初めてを彼にあげたのは、なにも命を救ってもらったからだけじゃない。彼はわたしの――心も救ってくれたから。



生死肉骨せいしにくこつ。貴方は、死に掛けていたわたしを救った。身体も、心も。だからそれらをって恩を返すのは、人として当たり前の道理」


 ――そしてこれはきっと、恋だ。


 あの死闘のさなかにえた、漆黒に輝く綺麗な瞳。

 私がいくら彼の首を吹き飛ばしても、腕や脚を引き千切っても、絶対に私から目を離さなかった。


 ……そう。ジャトレ様だけは、わたしの目を熱い視線を見つめてくれていた。あんな胸がドキドキするような経験、生まれて初めてだったわ。



 ◇


 ジャトレ様と出逢うまで、誰ひとりとして剣聖以外のわたしを見てくれなかった。


 一緒に冒険をしても、私の戦いを見ると必ず距離を置かれてしまう。


 本当はおしゃべりだって大好きよ。わたしだって、他の冒険者みたくお酒を飲んで楽しく冒険の話をしたかった!! お友達が欲しかったの!!


 ……それなのに、わたしに近付いてくる人間は時間と共に減る一方だった。



 そんなわたしの唯一の理解者は、同じ国選であるサリアだった。

 彼女は魔天として名をせた冒険者で、わたしと同じようにいつも独りで仕事をしていた。


 周りから見ればわたしとサリアは仲が悪いように映ったかもしれないけれど、それは違う。わたしたちはただ、どちらが先に恋人を作るかの勝負をしていただけだ。

 実際のわたしたちは、似た者どうしの仲良しだった。



 そんなある日のこと。わたしは人づてに、変な噂を聞いた。

 なんと、わたしの同志であるはずのサリアが、レクションの街で男と一緒に歩いていたというのだ。



「(――抜け駆けデートだわ!!)」


 勘の鋭いわたしはすぐに理解した。

 あのサリアが、その辺の男と意味もなく街を出歩くはずがないもの!!


 わたしを差し置いて、いったいどうやって男を捕まえたっていうの!?



 気付けばわたしは、彼女を問い詰めるためにレクションの街まで足を運んでいた。


 ……でも彼女に会うことは叶わなかった。

 わたしが到着した時には既に、サリアは行方不明になってしまっていたのだ。



「あの化け物サリアが病気……?」


 贔屓ひいきにしている情報屋から得た話では、『剣聖は不治の病にかかり、治療の為に何かを探している』というものだった。



「……笑止千万しょうしせんばん


 情報屋は相当重い病気って言っていたけれど、わたしはそれを鼻で笑ってしまった。

 だって、怪我一つ負った所を見たことも無いあの子が、そんなヘンテコなやまいなんかに罹るわけがないもの。


 だからサリアがなったのは、前に本で読んだ『恋の病』に違いない。



「頭脳明晰。――さすが、わたし」

 

 ――そうよ。ようやくできた恋人のために、彼へ渡すプレゼントを探していたんだわ。


 も、もしかしたら婚約指輪ってやつなのかも……!!



「狡いわよ、サリア……わたしを独りにしないで……」


 サリアまで居なくなったら、わたしは本当に独りぼっちだ。

 こうなったら、せめてどうやって恋人を作ったのかだけでも教えてもらわなきゃ。



 改めてサリアを行方を追うことを決めたわたしは、あちこちのダンジョンを探索することにした。

 道中でいくつものダンジョンを踏破し、新たなモンスターを討伐し、わたしを襲ってきた盗賊を返り討ちにした。



艱難辛苦かんなんしんく……ここが最後」


 そうして1か月後。

 わたしは岩窟ダンジョンの前に立っていた。ここまで休まず探し続け、見た目はもうボロボロになってしまっている。


 他の上級も、中級ダンジョンにもサリアは居なかった。考えられる場所は……もうここしかない。


 こんな初級ダンジョンに彼女が来るとは思えないけれど、わたしは一縷いちるの望みをかけて探索を始めた――



失望落胆しつぼうらくたん。がっかり」


 ある意味で予想通り。サリアは居ないし、ダンジョンのボスは雑魚だった。倒すのに1分も掛からなかった。


 ……もう報酬だけ回収して、さっさと帰ろう。



「……これは!!」


 不発の結果に落胆していたわたしだったけれど、宝箱の中身を見て驚いた。箱に入っていたのはなんと、願いを叶えてくれるという不思議な宝玉だったのだ。



「(この宝玉があれば……!!)」


 わたしも本の中でしか知らない、伝説のお宝だ。それが目の前で黄金色に輝きながら、わたしに触れられるのを待っていた。


 こんな小さな玉が、本当にわたしの叶えてくれるのだろうか。そんな考えが一瞬よぎる。でも駄目で元々だ。やるだけやってみよう。


 わたしは宝玉を握りしめ、目を閉じて集中する。そして心からの願いを伝えた。



「誰かと繋がりたい。絶対に切れない、強いキズナで」


 剣聖としてどれだけ強くなっても、決して手に入れられなかったモノ。

 『人とのつながりが欲しい』と願ったわたしに、宝玉は新たな力を与えてくれた。



 ……身体が熱い。

 身体の芯から自分が作り替えられていく感じがする。これが宝玉の力なのだろうか?


 ――だけどそれは決して、わたしの望み通りの力じゃなかった。



「(なに、これ……)」


 どういうわけか、わたしの背中からはコウモリみたいな形の銀翼が生え、口からは鋭い牙が伸びていた。


 誰がどう見たってこれは、モンスターの吸血女王ヴァンパイアクイーンだ。どうしよう、こんな姿じゃ男の人に引かれちゃう……。


 でも変わったことは、それだけじゃなかった。もっと困ったのは、



「(うご、けない……?)」


 腕から伸びる鎖が、わたしの自由を完全に奪っていた。


 私からはこの頑丈な鎖は動かせない。逆にこの鎖には意思があるようで、わたしの身体を自由に操ってくる。


 たしかにわたしが望んだのは相手を離さない鎖みたいな絆だったけど……こんなのじゃない!!



 どうあがいても元に戻ることができない。そんな状態のまま、数週間が経った。


 完全に身体がモンスターになってしまったせいか、食事やトイレが要らずに助かったけれど……わたしの心はすでに死に掛けていた。



「(このままわたしはダンジョンの主として過ごすのかな)」


 この時のわたしは、安易に宝玉に願ってしまったことを後悔していた。あんな怪しいものに頼るだなんて、わたしもどうかしていた。お友達ができるかもと舞い上がって、あんな過ちを犯すだなんて――。


 それに、普段からあまり人に頼らなかったことも災いしていた。せめて他の人とパーティを組んでいれば、こんな孤独な状況にはならなかったはずなのに。



「(来世があるとするならば、今度はもっと積極的に人と関わろう)」


 今の人生を諦め、すべてを鎖の意思にゆだねてしまおうか。

 そんなことを考え始めていた時、誰かの声が聴こえてきた。



「よし、触れたぞ。これでボスが出て来るはずだ。ちゃっちゃと片付けようぜ」

「……油断しないでください。なんだか空気が変です」

「あん? 空気だって? そんなもん最終フロアなんだから、多少はちが……」


「(人だ!! 良かった、ようやく助けてもらえ――あっ)」



 ――バシュン。


「ジャトレさん!?」

「(ど、どどどどうしよう!! 首がぁあっ!!)」



 ◇


 こうしてわたしは、ジャトレ様と運命的な出逢いをした。


 最初は鎖のせいで首をね飛ばしちゃったけど、それはちょっとした御愛嬌ごあいきょうよね。彼は不思議な力で復活していたし。ヘーキヘーキ。


 だ、だって一度はダンジョンから逃げられちゃったけれど、ジャトレ様はカッコよくなってまた会いに来てくれたわ!!


 あれはもう、ジャトレ様もわたしに惚れていたに違いないわよ。

 だって、あんな情熱的にわたしを求めてくれたんだもの。それに最後の脳を痺れさせるあの快感はとても刺激的でっ……。



好機到来こうきとうらい。うふふふ……」


 わたしはもう、絶対に躊躇ためらったりなんかしないわよ。

 あんな鎖なんか無くたって、運命の愛はこの手で直接掴み取るって決めたんだから!!

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