第12話 酒場で情報収集をするも、冒険者達から揶揄われる聖女の話

「ここか……」

「どうです? いかにも、って雰囲気がありますよね~」


 ミカの案内でやってきたのは、街にある酒場だった。店の表にある看板には“踊り子の雫”と彫られている。



 この辺りは貧民街だ。治安もかなり悪い。

 もっとも、人間の影は少ないのだが。


 見渡す限り、周囲の建物はどれもボロ屋ばかり。しかしこの店だけは石造りでしっかりとしている。


 どうやらここは、かなりの人気店みたいだな。多くの人で賑わっているのが、店の外からでも分かる。

 まだ日が昇って間もないというのに、中の奴らは一体いつから飲んでいるのやら。



「ん? ドアも窓もねぇぞ、この店」

「そうなんですよ。店の主人も酔っ払いが壊すのが分かっているので、最初っからつけていないんですって」

「ふぅん。そりゃあ、なんとも合理的なこって」


 となりゃ、相当柄の悪い客で溢れてるんだろうな。


 嫌な予感を覚えつつ、入り口を素通りする。



 ……うん、予想通りの光景だな。


 木製のジョッキが宙を舞い、怒号が店内を飛び交っている。

 男も女も関係ない。喧嘩や乾杯を繰り広げている様子が目に映る。


「うへぇ、酒くせぇなぁ」


 一歩進むごとに、酒と汗の混ざった匂いがツンと鼻を刺激する。

 まったく、用が無きゃ今すぐ回れ右をしたい気分だぜ。



「掃き溜め、か。あれは言い得て妙だったんだな」

「えへへ。まさに言葉の通りでしょう?」


 褒められて嬉しそうなミカには悪いが、こんな所だって分かっていたら俺は来なかったぞ? 俺は不潔で五月蠅うるさいところが大嫌いなんだよ。


 そもそも、この酔っ払い共から情報収集なんてできるのか?

 誰が何処で何を話しているかなんて、俺にはさっぱり分かりゃしないぜ。


 逆に密談をしたい時は都合がいいかもしれないが。



「まぁまぁ。見ててくださいってば」


 不安げな俺とは対照的に、ミカは自信満々だ。つま先立ちをしながら、店内をピョンピョンと見渡している。

 そしてすぐに何かを発見したのか、「あっ、居た」と呟いた。


「お、おい? どこへ行くんだよ?」


 俺を置いて、ミカは喧騒けんそうの合間を縫うようにして歩いていってしまった。

 慌てて俺もその後をついていく。


 

「おおぅ。これまた、典型的な屑が居たもんだな」


 ミカはフロアのかどで立ち止まった。

 そこにはテーブルに足を乗せ、ジョッキで酒を飲むガラの悪い男が座っていた。


 ……ミカが探していた情報源ってコレなのか?



「こんにちは、ビーン。随分とご機嫌のようね?」

「……あぁん?」


 頭の悪そうな男は、その見た目通り頭の悪い返事をする。

 呼ばれたにもかかわらず、男はミカの方を振り返らない。それどころか、再びジョッキをクイっと傾けていた。


 うへぇ。近くで見たらコイツ、すげぇ趣味が悪いな。身体中を金のアクセサリーでデコレーションしていやがる。


 その数も過剰も過剰。

 ジャラジャラ、ジャラジャラと全身から音がしているぞ? マラカス人間かよコイツ。



「ごめんね、ビーン。お邪魔だったかしら?」

「んだよ、しつけぇな。いったい誰だァ?」


 マラカスビーンは随分と不機嫌なご様子だ。

 気分よく飲んでいたのを邪魔されたのが相当ムカついたみたいだな。


 隣りに居るやたらとセクシーな女たちも、ミカをウザそうに睨んでいる。



 ビーンは持っていたジョッキの中身をグビっと飲み干し、ガンッとテーブルに荒々しく置いた。


 邪魔者を怒鳴ろうとでも思ったのか、声のした方を見上げ――ミカの顔を見た途端。ピアスだらけの目蓋を大きく見開いた。



「おいおい、誰かと思えば!! マジかよ。その冒険者らしくねぇツラは、魔女のミカじゃねぇか!! てめぇ、まだ生きてたのかよ!?」

「おい、ミカ……」

「いいの。ここは私に任せて?」


 こいつ、ようやく話し掛けてきた相手がミカだと気付いたようだ。

 周りにも聞こえるような大声で、久方ぶりの再会を喜んでいる。


 『墜ちた魔女』……それはおそらく、ミカに与えられた蔑称べっしょうだろう。


 宝玉の呪いによって国選の地位を外され、名誉も強さも失った。既に引退したか、どこかでのたれ死んだとでも思われていたのだろう。


 そんなミカが再びこうして冒険者の集まる酒場へやってきたのだ。

 同じ生業なりわいをしている連中なら驚きもする。



「無駄に大声出しやがって。無駄に目立っちまったじゃねぇか」


 当然、ビーンの声は周囲の冒険者の耳にも入った。

 それが水面に落ちた石のように波紋となって、次々とこちらへと視線が集まっていく。



「えぇ。こうして五体満足よ? 底辺冒険者に真っ逆さまだけどね。ビーンの方は……なんだかとても調子が良さそうね?」


 馬鹿にするような物言いをされたにもかかわらず、ミカはあまり気にした様子がない。

 あっさりと受け流し、ビーンの話題に切り替えた。


「おうよ、俺様の方は絶好調だ。今日だって、記念すべきダンジョン制覇20回目の打ち上げさ。それも中級のダンジョンだぜ? なぁ、お前ら?」

「うふふ。ビーンさんって強いものね。国選の冒険者になるのも、時間の問題かな?」

「強い男って素敵よ。筋肉だって凄いんだから……」

「アタイ、ビーンが見付けてきた宝石みてみたーい!」


「ぐふふっ。宝石よりもスゲェモン見せてやろうか? もちろん、ベッドの上でなぁ」


 隣りの美女たちも、ビーンの話に乗っかって誉めそやしている。


 あーあー、そんなにベッタリ胸を押し付けちゃって。見せ付けてくれるねぇ。


 彼女達のセリフが本心かどうかは分からない。だが言われている本人バカはとても嬉しそうだ。



 うーん。下品な物言いはともかく、その話が本当なら実力者なのか?


 横目でミカを見るも、否定も肯定もしない。ニコニコと笑顔のままだ。


「そう、景気が良さそうで何よりだわ。……それでね、今日貴方の所へ来たのには理由があるの」

「おう!! 美女が逢いに来るのは俺様も大歓迎だぜぃ?」


 ミカに嫉妬した美女に身体をつねられながらも、ビーンはキメ顔でそう言い切った。


「情報が欲しいの。もちろん対価は払うわ」

「あん? 情報だぁ? いったい何のだよ」

「とにかく、お金が稼げるダンジョン。危険度は無視よ。それに、モンスター由来の武器がドロップするところがいいわ」

「……そんなん聞いてどうするんだよ」


 思っていた展開じゃなかったのか、再び不機嫌になるビーン。

 拗ねた子供のようにジロ、とミカを睨む。


「分かるでしょ? 手っ取り早く金が欲しいの」

「はっはっは。国選の魔女さんは強欲だもんなぁ? おっと、失礼。国選だったか。それで? 俺に払う対価は隣りにいる男が払うってか?」


 今度は俺を見てニヤ、とわらった。


 なんだよ。俺が金づるにされている弱っちい男だと思ってんのか?

 実際、目の前のコイツに比べたら俺なんかは雑魚だけどよ。



「なぁ、魔女さんよ。そんな弱ぇ男より、俺に鞍替えしないか? コイツらと同様に可愛がってやるし、俺と組めばいずれは国選に戻れるかもしれねぇぜ?」



 ……は?

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