Me and you. Always. -2

 電話では何回かやり取りしていた。けれどモーテルが近くなってくると、俺は胸がどきどき高鳴っていた。もうすぐだ。もうすぐ、デュークに会える。

 駐車場に車を入れると、そこに彼が立っていた。

「デューク! 待っててくれたの!?」

ちょっとはにかんだような顔をして、箒を見せた。

「ちょうど掃除してたんだよ」

俺はすぐに嘘だと分かった。駐車場はきれいだ。

「で? 集めたゴミは?」

しまった! という顔で慌てるデュークを俺はニヤニヤして見ていた。

「お前、その顔やめろよ」

しかめっ面をしたデュークは、それでもすごく優しかった。俺は飛びついてハグした。

「ただいま! デューク!」

そんなことされるなんて、思ってもいなかったんだろう。箒を持ったまま「お、おう、お帰り」と戸惑う彼。

「ハグは? ちゃんとハグしてくれよ」

そう強請ると、「ちょ、ちょっと待て」と箒をきちんと下に置いておずおずとハグを返してくれた。まるでデュークらしくないハグ。俺は手を離さなかった。

「ちゃんとやって!」

「……おう」

じわっと力を入れるデューク。その返事がおかしくて、俺はもう一度言った。

「ただいま!」


 煎れたてのコーヒーが用意されていた。周りを見ると整然としていて文句のつけどころなんてなかった。デュークの仕事っぷりは完璧だった。

「ありがとう」

コーヒーを受け取ると俺は聞いた。

「なんで、ハグ、あんなに躊躇ったの?」

「……されたこと、無かったからさ」

「え?」

そんなわけない。デュークみたいに気持ちよくて明るい男がハグされたことが無い?

「ずっと旅暮らしだしな。たいした人間関係なんか持ってないんだよ。おっさん、俺なんかに優しくてさ。役に立ちたい。初めてそう思ったよ」

「だって、親とか、友だちとか……」

ちょっとだけデュークの顔が歪んだ。

「いないんだよ、きれいさっぱりとな」 

 笑うデューク。俺みたいに泣かないの? ハグされたの、初めて……? けどそれ以上、聞いちゃいけない気がした。


「お前帰って来たしな。俺はお払い箱だ。おい、モーテル、大事にしろよ」

俺は愕然とした。

「出て行っちゃうの? なんか……用あるの? どっか行くの?」

 考えてみると、バカな質問だ。卒業するまで働いてやる。彼はそう言ったんだから。勝手に俺は一緒にこのモーテルで働く姿を想像していた。

「だって、経営者が帰ってきたんだ。俺は臨時のバイトだぞ?」

「……行かないでほしい、デューク」

「どうしたんだ、お前。一人でやってく自信が無いのか?」

「……無いよ……無いよ! あんたがいないのに、1人でやっていけるわけがない! 自信なんてこれっぽっちも無いよ!」

「おい、また泣くんじゃないだろうな! 男がそんなに気安く泣くんじゃない、しゃんとしろ!」

「2度目だね」

「なんて?」

「2度目だって言ったんだ。『しゃんとしろ』前にもそう言ってくれた、俺がボロボロの時に。あの時、デュークがいてくれたから俺は頑張れたんだよ。どうしても出て行くの?」

「ジョシュ……」

「名前、呼んでくれたのも初めてだね。いつもお前、お前って。出て行くんなら、俺の目を見て俺の名前を言って、そして出てくって言ってよ」

「ジョシュ……俺は得体がしれないだろ? 名前もデュークとしか言ってない。俺がどんなやつか、知ら」

「知る必要なんかない! デュークが言いたくないなら言わなくていい。何も聞かないよ。ただ、あんたにいてほしいんだ」

 それほど、俺の中にデュークは根を生やしていたんだ。デュークのために帰って来た。デュークに会うために帰って来た。それが全部だ。

 俺は、自分がデュークでいっぱいなのを今初めて知った。彼にすがりついた。どんなにみっともなくても、駄々こねるガキみたいでも構わない。デュークが残ってくれるのならそれで良かった。

 しがみついてる俺を、やっとデュークは抱いてくれた。その抱き方はまるで子供をあやすようだった。

「お前なぁ……」

そう言って、俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。溜め息をつく。

「弟って、こんな感じなのかなぁ」

次の瞬間、俺はぎゅっ! と抱きしめられた。

「ああ! 居てやるよ。お前の好きなだけ居てやる。本当にそれでいいんだな? 俺は人使い荒いぞ」

「それ、俺の言葉だよね? 経営者なんだから」

抱きついたままそう言った。

「こんなみっともない経営者があるか。仕事も俺が上だし、歳も俺が上だ。おまけに」

デュークはそっと俺の腕を外した。そして、俺の濡れた目の周りをその指でぬぐってくれた。

「な? お前の面倒見てんのは俺だろ?」


 お客さんはちゃんと来てくれていた。中には「ヘイ! デューク!」とか「ハーイ、デューク」とか。そんな親し気な挨拶をしてくる客もいた。

「すごいね! なんか、みんなデューク目当てに来てるみたいだ」

「そんなことあるか。前にも言ったろ? 客室の面倒をちゃんと見ていれば客は喜んで泊まってくれるんだ。おっさんがそう教えてくれたんだ」

そう答える彼は、すごく嬉しそうだった。

 フロントの裏は、小ざっぱりした広い部屋になっていて叔父はそこで寝起きしてた。ベッドが一つ。だからデュークはソファに寝ていた。俺は戻ってからすぐもう一つ、デュークのためにベッドを買った。

「いいよ、ソファで!」

居心地よくしてあげたくて、そう言うデュークを押し切った。

「経営者よりいいベッドなんて……」

「デュークが遠慮? へえ、遠慮出来るんだ」

「なんだよ! 俺だって人並みの感覚あるぞ」

「俺を殴ったくせに」

「いつ!」

「俺が 構うな! って怒鳴った時」

「あれは……スキンシップってやつだ」

「デュークのスキンシップって、荒っぽいんだね」

「ほざいてろ!」

それでベッドの件は一件落着となった。

 俺はここにどんどん馴染んでくれるデュークが嬉しかった。


 デュークは時折り3日とか、1週間とか、そんな感じで出かけた。どこに何をしに行ってるのか。俺も聞かなかったし、彼も言わなかった。

 何も知らなくて構わない、俺は最初にそう言ったのだから。帰って来てくれるなら、ただそれで良かった。

 時折り、車に乗る時の彼はひどく厳しい顔をしてる時があった。そして、俺は知っていた。その車にかなりの武器が積まれているのを。


 しばらくして「たまには休みを」と、3日間モーテルを閉めた。

「おい。うんと遊んでおこうぜ、経営者!」

俺は笑った。

「そうだね、豪遊でもしようか!」

「お! 物分かりいいね、うちの経営者は」


「かなわないなぁ まったく」

俺はビリヤードで負けた。ポーカーで負けた。

「今日はジョシュの驕りだな」

「ちぇっ。じゃ、まず食べようか」

 俺はこの状況にはっちゃけてたから、わずかの酒に酔った。デュークもどうやらそうだったらしい。いつも俺の倍くらい飲むのに、笑って、食べて、そして少しの酒に酔った。どうやら、それで口が軽くなったようだった。

「俺さ。こんなにいい暮らししたの、初めてだよ。いっつも1人でさ。教会の前に捨てられてたんだ。ひでぇシスターでさ。すぐ飯を抜きやんの。冬でも外に出されたし。それが9歳まで続いてさ。そしてやっとお袋が迎えに来たんだよ。あん時は嬉しかったなぁ…… 5つの弟がいたっけ。しっかりお袋にべったり甘えてて。すっごく可愛かったけど、俺はなんだか気まずくてさ。学校の帰りに寄り道して帰ったんだよ」

 デュークに自嘲的な笑いが浮かぶ。皮肉たっぷりの言葉が続く……

「ははっ! 帰ったらさ、床がべっとり赤くって、それで滑っちまって、手をついたらその手も真っ赤っ赤になって、ケツも、真っ赤、背中も真っ赤。 お袋も、真っ赤だったよ。お袋が迎えに来て、4か月程経った頃さ。警察は言ったね。『寄り道して良かったな』 おっかしいだろ? それを見るために俺は教会から出たんだ。神様は教会を出てったから俺に罰を与えたんだ そう思ったね。真っ赤だったよ。きれいだった。弟はどっかにもらわれて行った。きっとどっかで幸せに暮らしてるんだ。俺はそう思ってんだ」

 デュークは泣かなかった。けれど、その話は、俺を鋭い牙で裂いた。笑ってた。きれいだったと。神様の罰だったと。


 俺たちは2ヶ月ばかり、幸せに暮らした。でも、ある日デュークが真っ青な顔をして俺の元に来た。手には新聞が握りしめられていた。

「ジョシュ……俺に、ヒマをくれ」

 俺はその新聞をひったくった。ぱっと流し読みしたけれど、よく分からない。

「何? どうしたの!?」

「同じ町で、同じ事件だ……俺は追っかけてたんだ、アイツを。お袋を殺したアイツを」

 俺はもう一度新聞を見た。そこに大きく出ていたのは、〔連続殺人事件 遺体の心臓はどこに?〕という見出しだった。

「あいつの顔も真っ赤だった……俺のそばまで来たけど表で声がしてあいつは逃げたんだ……」

青い顔をしたデュークを俺は両手で掴んだ。

「しっかりしろよ! 行っちゃだめだ! ここにいるんだ、俺と二人で。行っちゃだめだ!」

「ジョシュ……俺は行かないと。神様が俺に行けって言ってるんだ。きっとそうなんだ」

「神なんかいるもんか! デューク、そんなもの、いない。デュークに罰を下すものなんか、そんなもんいないんだよ。俺がここにいるだろ? 俺たちはもう家族なんだ。俺がデュークの家族なんだ!」

「ジョシュ ジョシュ……俺の弟な、ジョシュアって名前だったんだ……俺、怖かったよ。ずっと怖かった。いつかこの生活も壊れるんだろうって。そして……」

「違う! 違うよ、デューク! 俺は俺だ! デュークの弟じゃない!」

「お前は……ジョシュ、お前は……」

 デュークの言葉はそれ以上続かなかった。俺は必死でデュークを掴まえていた。少しでも力を抜いたら俺の手をすり抜けていくだろう。


 俺はデュークを抱いて、ベッドに座らせた。チェックアウトする客が一人いた。それを済ませれば取りあえず急いでやることがなくなる。

 そして、部屋に戻った時。裏口が開いていて、デュークはいなかった。

『必ず帰る』そう書いた紙を置いて。


 4日後。モーテルを閉めきった俺の携帯にデュークの着信が鳴った。

「デューク! どこにいんの!? 帰って来いよ、俺んとこに帰って来いよ!」

「ジョシュ……帰る。帰るよ、お前んとこに帰る。だから待っ」

 銃声が聞こえた。俺は返事の無い携帯に叫び続けていた。


3週間経ったよ、デューク。帰ってくるって言ってたよね? 俺んとこに、必ず帰るって。俺は上手にパンを焼けるようになったよ。もう、顎を頑丈にするようなパンじゃなくてさ。コーヒーは、毎日デュークのカップにブラックで入れてある。そして、パンを必ず2つ付けてるよ。帰ってくるよね?

 あんたが何をしててもいいんだ。あのたくさんの銃やナイフ……どう使ってても構わない。デューク 俺は待ってるんだ。


 もっと日にちが過ぎて。外に聞いたことのあるエンジン音が聞こえた。俺はその音に引っ張られるように外に出た。

「よぉ! 部屋、空いてっか?」

俺は抱きついた。

「ああ。特別室が開いてるよ。コーヒーとパン付きだ」

「痛てっ! 悪りぃ、左腕掴まないでくんないか? ちょっとドジっちまったからな」

「もうどこにも行かない? それなら掴まないよ」

「お前、卑怯だな」

「うん。悪徳経営者だからね。そのくらいやらないと、従業員がすぐ逃げちゃうんだ」

デュークは高らかに笑った。

「もう、行かねぇよ。お前んとこにいる。そして、お前と一緒にぶくぶくの爺ぃになるんだ。分かったか? ジョシュ」

 そう言って俺より背が低いくせに、俺の髪をくしゃくしゃ掻き回した。俺はその手が嬉しかった。もっと強く抱きついて言った。

「お帰り、デューク」

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