キャシー

 『楽しいこと』というのが何か分からなかった。キャシーが手を引っ張るからついて行く。階段を上って奥から2番目の部屋に入った。

 キャシーがブラウスを脱ぎ始めた。キャミソールも取ってスカートを下ろそうとして立ったままじっと自分を見ているミックに気がついた。

「私一人を裸にする気?」

ミックがゆっくり首を傾げる。

「え、まさか初めて?」

なんのことを言っているのか分からない。

「あなた、年はいくつ?」

それも分からない。

 キャシーはベッドに座り込んだ。

「そう…… 要するに何も知らないのね? レドモンドは何も教えてくれなかったの?」

返事をせずにキャシーをじっと見る。

「分かった! 教えてあげる、いろいろと。そうねぇ、年は18くらいかな。年は? とか、幾つ? とか聞かれたら18って答えるの」

素直に頷いた。基本的にミックは大人しいし素直だ。

「あなたって背が高いわね! 190センチくらいかな? 体重は痩せすぎね、どう見ても。66キロ弱! そんなとこね。女性との体験は無いんでしょ?」

分かった素振りを見せないからキャシーは溜息をついた。自分の座っている隣をポンポンと叩いた。

「ここに座って」

言われた通りに座る。荷物を取られそうになって目を細めてキャシーを威嚇した。

「やだ! 何すると思ってるの? あんたの荷物なんか取らないわよ。じゃ、その足元に置いて」

 キャシーはゆっくり喋ってくれる。だから唇を読むのが楽だ。キャシーから離して荷物を置いた。


「いい? 何もかもしてあげる。体で覚えてね」

『体で覚えろ』よくレドモンドに言われた言葉だ。ミックは身構えた。

「そんなに硬くならないで。リラックス。分かる? リラックス」

『銃を撃つ時は肩から力を抜いてリラックスするんだ』

 ミックは体から力を抜いた。

「そうそう! 上手よ。後は私に任せること。いいわね?」

 ミックは今度は頷いた。キャシーは害が無さそうだと思う。だから服を脱がそうとする手に自分を任せた。

 上着を脱がされ、唇にキャシーの柔らかい唇が触れた。それだけでは何をしているのか分からない。シャツのボタンを外されていく。その時々に唇が触れていく。半分までボタンが外され、キャシーの手が肌に触れてきた。

 唇がまた触れて自分の唇を舐められた。そのまま口に入ってくる。歯を開けるようにと舌が動くからミックは口を開けた。ぬるりと入って来たキャシーの舌が口の中を優しく舐め上げていく。なぜか分からない、体がふるりと震えた。

 胸元を撫で上げられて、またボタンを外されていく。舌が自分の舌を撫でる。軽く唇を噛まれた。何度もされているうちに自分からキャシーの舌を舐めた。少しずつ口の動きに合わせていく。その頃にはシャツも脱がされて、体を優しい温かい手が這っていく。

 ぞくりとした、その感覚に。

 ジーンズのベルトが抜かれる。ボタンが外されてジッパーが下ろされそうになった時に初めてミックは体を離した。キャシーの手首を捕まえる。キャシーの目的が分からない。

「大丈夫、気持ち良くしてあげるだけ」

 唇がそう言っていた。首筋を舐め上げられ耳たぶを小さく噛まれ、思わずキャシーの手首を離した。ぞくぞくする這い上がってくる何か。

 ジッパーが下ろされ、自分のものの輪郭をゆっくりとなぞられる。思わずため息が漏れた。何度もそれが繰り返されて目を閉じた。自分のものが明らかに変化していく。

 ベッドに押し倒されてジーンズと下着を脱がされた。露わになった下半身をキャシーにそっと撫でられて微かに体が震える。

(なにが、起きてる?)

こんな自分は初めてだ。無防備になるのも初めてなら、体を好き勝手にさせるのも初めて。

 唇が胸を撫でて、ねっとりと乳首を舐められ軽く噛まれ吸われ。

 自分の口から何度もため息に似た息が漏れる。息が荒くなるのを止められない。周りをなぞっているだけだった手が、今や身を起こし始めているミックの中心を握った。ミックの口が開いて首が仰け反る。

(気持ち、いい、こと)

キャシーの言った言葉を反芻する。

 握った手が上下に動き、その手に思わず下半身を押しつけた。執拗に胸を舐られて、今度は舌が体を這ってあちこち吸い上げる。人に優しく触れられることの気持ち良さを初めて味わった。

 キャシーがミックの上に跨って柔らかい所にミックのそれを呑み込み始めた。驚いてキャシーを見上げた。キャシーはうっとりした顔で天井を向いたまま、体をどんどん下ろしてくる。温かくて柔らかな肉襞がミックを包む。

 キャシーの体が上下、左右に振れて、ミックの体はどんどん熱くなっていった。

 突然、何もかもが我慢できなくなってしまう。キャシーの腰を掴んでいた。奥へと自分のモノを突き上げる。何度も突き上げるとキャシーの体がひどく震えて自分をぐぅっと締め付けてきた。

 その瞬間、頭の中にキャシーの感覚が雪崩れ込み、ミックのそこは弾けるように何かを吐き出した。

 大きく何度も深呼吸をして、呼吸を整える。自分の胸に倒れ込んでいるキャシーの背中を撫で回す。気持ち良くて、だるくて、キャシーの体が温かくて、そこにアルコールも加わってミックは眠ってしまった。


 2日ほどそうやって過ごした。キャシーに対して沸き起こる感情が何なのかが分からない。だからただそのぬくもりと初めてのセックスに浸って時間が過ぎた。

 夜中。パッと目が覚める。ベッドの上に起き上がった。五感が研ぎ澄まされていく。

(あれが、来る)

服を着て武器を身に付けた。キャシーの体を揺さぶって起こした。

「どうしたの?」

 暗いからキャシーが喋っているのが分からずにいる。キャシーの付けたベッドサイドの明かり、をさっと振り返ったミックは反射的に銃で撃った。明かりがガチャン! と音を立てて再び闇になったが、ミックには聞こえていない。

「キャッ! な、なに? なんで?」

 何かを喋っているらしいキャシーの口を塞いで安心させるように背中を撫でてやる。キャシーはミックが自分に何かをしようとしているのではないことにやっと気がついた。

 下ではまだ酔っぱらいたちが騒いでいるのだろう。その気配とは明らかに違う微かな振動がミックの体に伝わって来た。

(キャシー、どうしよう)

 失いたくないと思った。守りたいと。けれどどこかに隠すなど無駄だ。逃がすのも無理だ、時間が無い。レドモンドの戦いを見ていた。

(ナイフ、すべってた 銃、効かなかった)

 いつもと違うミックの様子にキャシーは怖くなっていた。その逞しい腕に縋りついた。

「ねえ、何が起きるの? どうしちゃったの?」

反応が無いからミックの腕を引っ張った。

「なにが、あったの?」

 闇に慣れてきたミックはその言葉を正確に読んだ。咄嗟にキャシーを抱き上げてバスルームへと放り込む。衣服もキャシーに投げてドアを閉めた。この中が一番堅固なはずだ。

 ミックは思いを言葉に変換するのが苦手だが、非凡な才能を持っている。優れた五感に匹敵するほどの頭脳。この前見た時の敵のスピードを思い出す。

(ここまで、1分とちょっと)

頭の中で速度のデータが蘇る。

(あのときは9つ。こんどは?)

前回の振動の強さと比べてみた。

(小さい。だから 少ない)

キャシーを救えるかもしれない。ミックは戦うことにした。


 

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