消えろ。

エリー.ファー

消えろ。

 このマッサージ椅子に座ると眠くなる。

 何故なのだろう。

 別のスイッチを入れたわけでもない。ただの動かないマッサージ椅子である。スイッチを入れて動かしたこともない。

 香りだろうか。

 マッサージ椅子から出てくる雰囲気だろうか。

 ここにいる間は、心が安らぐのである。

 私はいつもこのマッサージ椅子に座ってバニラアイスを食べることにしている。少し溶けてきたやつである。甘さに、滑らかさが付加されたものである。至福のひと時である。

 私の友達に、この時間のすばらしさについて説明したのだが、完璧に理解はしてもらえなかった。バニラアイスを食べるところまでは分かってくれる。しかし、動かないマッサージ椅子というところで、首を傾げられてしまう。

 理解者が欲しくなってくる。できる限り、同じ体験をすればいいとは思うが、マッサージ椅子に座って欲しくはない。あくまで、これは私のものなのだ。使ってほしくないし、触れて欲しくないし、見て欲しくもない。

 マッサージ椅子という概念だけあればいいのだ。他には何もいらない。

 このような考えが頭を巡って、二十八日と十九時間、そして百八十六日と十二秒と十分五秒経過したころである。

 マッサージ椅子が見えなくなった。

 あれ。

 どこにある。

 どこかに片づけてしまったのか。いや、そんなはずはない。あんなに大きいものをどこかにしまうなどできるわけがない。ということは、盗まれたのか。

 そんなバカな。

 最後に座ってから、この部屋から出てすらいないのに。

 そして。

 私は笑った。

 マッサージ椅子に座っていたのだ。

 しかも、バニラアイスも食べていた。

 もう、マッサージ椅子が私の体の一部、いや、感覚の一部になっていた。このまま進めば、マッサージ椅子を蹴られたら痛みまで感じるようになるだろう。

 その日はマッサージ椅子に座ったまま眠った。ベッドへは行かなかった。

 不思議な話だが。

 マッサージ椅子に座っていた時の方が心の底から休めたような気がした。心地いいのである。

 ベッド。捨てちゃおうかな。いや。捨てちゃおう。迷う必要はないな。

 というわけで。

 捨てた。

 そのうち、眠るのに人工的な光は不要であると判断して、屋根を取り外し、壁を壊し、床を撤去、家具を大方処分した。

 フランド大陸の西諸国、クレツト地方。

 そこには広大な草原に、小さな冷蔵庫とマッサージ椅子。そしてバニラアイスを持った私がいる。

 観光客がやってきて、写真を撮っていくが気にならない。私にはマッサージ椅子があるのだ。バニラアイスはおまけだが、あった方がいい。

 風は青と緑が交互に来る。光は朝日が一番いい。夜の月もいいがアイスの魅力には叶わない。

 何度か結婚の話が来たが断っている。子どもは欲しいが、魅力だけを見て評価するのは間違いだ。そうだろう。後悔は荷物になる。足元にあっては躓くし、手で持っていると邪魔でしょうがない。

 マッサージ椅子のスイッチを探した。

 なかった。

 正確には見つからなかった。

 まぁ、いいか。

 何年経っただろう。ここから見える景色は格別で、悦に浸れるところがまたいいのだ。

 夢の中で誰かがこのマッサージ椅子に座っている。そうして目が覚める。

 冷汗をかいている私。

 バニラアイスが食べたい。喉を冷やしたい。忘れてしまいたい。

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