第6話 ごめんなさいと、ありがとう。

宮崎倉庫につくと、そこではすでに死闘が始まっていた。

少女1人VS屈強の大人50人近く。

しかし実力の差は明らかだった。

月明かりの下で返り血を全身に浴びながら戦う少女は、むしろ美しかった。

すぐに50人あまりの男たちは死体と化した。

その中にはきっと、拷問師もいたのだろう。

それでもなお、少女は泣いていた。

「こんなことしても意味はない……私のお母さんとお父さんは帰ってこない……」

俺は思わず言ってしまった。

「ああ、そうだな。」

「だれ!?」

少女が瞬く間に殺意をみなぎらせる。

俺は低い声で言った。

「俺は、お前に愛する人を殺されたんだよ。」

少女が息をのむ。涙をさらにあふれさせる。

俺はさらに言った。

「お前と一緒だ。お前と同じように愛する人を突然奪われた。

 家に帰ったら、血だまりができていた。驚いたよ。まさか、ってな。

 悪い予感は的中した。血だまりの中に、俺の愛する人はいた。

 その日は、婚姻届けを出す予定の日だったんだ。

 お前のせいでっ!!俺の幸せな日になるはずの一日が、絶望の日に変

 わったんだ!!!」


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


私は、はっとした。

今まで、「殺してごめんなさい」と、死んだ人に対してはたくさん謝ってきた。

でも、遺族の人のことは考えていなかった。

何も言い返せない。

ただ命じられたまま人を殺していた。

だから私は悪くないなんて、通用しないのは分かっている。

実際に手にかけたのは私なのだから。

私と同じ、だったのだ。

私が親を殺したポーカーを、そして拷問師を恨むように、この人たちも私を憎んでいた。

どんな理由がそこにあろうと、憎かったのだ。

しかし、しばらくして私の口から出た言葉は、謝罪ではなく、ひたすら願ってきた願望だった。


⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


「……私は、普通の女の子になりたかった。

 ハッキングの技術も、ナイフの使い方も知らない、普通の女の子になりたかった。

 人殺しなんて、本当はしたくない。」

そう言って、少女は泣いた。

ずっと耐えてきた、少女の心の叫びだった。

「今着ているこのパーカーだって、もとは真っ白だった。

 初めて野村輝樹さん、という人を殺した時もこのパーカーを着ていた。

 すぐに真っ赤に染まった。この色が、ずっと嫌だった。

 殺した人の名前はすべて覚えて、墓に行って花を供えて毎日謝った。

 でもそれで罪悪感が消えるわけじゃないし、殺した人の命は戻ってこない。

 それでもただ、謝るしかなかった。

 ずっと、人を殺す前も、殺すときも、殺した後も、悲しくて苦しくて申し訳なく

 て。」

真っ赤に染まったパーカーを着て、返り血をポタポタと髪から垂らしながら、泣きじゃくっている。

「初めて人を殺す前に、髪を染めた。

 金髪にした。

 早く警察に捕まえてほしかったから、目立つ色がいいと思った。

 警察官と鉢合わせて殺したのは、あの人がもともとターゲットだった

 から。捕まりたくないわけじゃなかった。」


皆が恐れる、【小さな殺し屋さん】も子供だった。


「お父さんとお母さんに会いたい。

 誰かに愛されてみたい。

 お金じゃなくて、愛が欲しい。

 【小さな殺し屋さん】じゃなくて、私を愛してほしい。

 帰ったら「おかえり」って、お父さんとお母さんに言われたい。

 いただきますも、ごちそうさまも、家族でっ……みんなで一緒にしたかったッ!!

 もう、お父さんとお母さんにハグしてもらえることだってない。

 誰かの「行ってきます」も、「ただいま」も聞くことはできない。

 愛してるよ、大好きだよ、って言ってもらえることもない。

 喧嘩もできないし、仲直りだってできない!!!!」

あの拷問事件から5年経って、少女は中学生くらいの年になったはずだ。

それでも、心は、愛されたいという気持ちは、あの頃のまま止まっているのだ。

「たくさん人を殺してごめんなさい。

 その分たくさん謝るし、お金も払うから、お願い。

 私のお母さんとお父さんを、返して……!!!」

お金も払う、というその言葉で、少女がどんなに治安の悪いところで過ごしていたのかが伝わり、痛々しさを増す。

お金がすべての世界で過ごしてきた少女。

大人としては、「よく耐えたね。」と言ってあげたいような気もする。

でも遺族としては、どんな理由があってもなお、許せなかった。

でも、同じ悲しみを少女も味わっていることを知り、心が揺れる。

大人の俺でもこんなにつらいのに。少女にとって、どんなにつらい悲しみだったか知れない。


それでも、一つだけ少女は間違っている。

「あんたを愛しているかは知らないが、【小さな殺し屋さん】じゃなくて、あんたを

 見てくれていた人はいたよ。それに気づかなかったのは、あんただ。

 その人は、墓に花を供えて泣いているあんたを見て、同じように悲しんでくれてい

 た。

 あんたのことを、【小さな殺し屋さん】と呼ばず、「あの子」って、まるで我が子

 を呼ぶかのように呼んでいたよ。」

少女が目を見開く。パーカーに涙がしみていく。

赤色じゃないモノが、悲しい色をしたそれが、パーカーに染みていく。

「お願い、します。」

しゃくりあげながら、少女は言った。

「あなたが、持っているその、銃で、私を、こ、殺して、ください。」

俺は、静かに見返すだけだった。拳銃は構えない。

「お父さんとお母さんに会わせて……罪を償わせて……!

 殺してっ……殺してッ!じゃなきゃ殺す!」

ナイフを持った手に力を込め、泣きながら少女は叫んだ。

「それは」

「早くっ!!!!」

俺の言葉を遮り、ナイフを握りしめ、一直線に走ってきた。

俺が狙いを定めやすいようにだろう。重心を少しも傾けずに。


バン!!!!!


拳銃の発砲音がした。

少女が、ゆっくりと倒れる。

「あり、が、とう……ごめ、んな、さい……」

と言って一滴の涙と笑みを浮かべ……それが少女の最後の言葉だった。

後ろを振り向くと、坂本がいた。

彼が拳銃を握っていることから、彼が撃ったのだろう。

肩で息をしている。今、到着したばかりで、俺が殺されそうになっていたように見えたに違いない。

少女は、俺を殺す気などなかった。

人殺しなどしたくないと言っていた人が、自分の意思で人を殺すとは思えない。おそらく、もし撃ってもらえなければ、俺から拳銃を奪って自決するつもりだったのだろう。どうして自分のナイフを使わなかったのか……それは、俺にはわからない。

そのナイフを使ってずっと人を殺してきた。だから、もう使いたくなかったのかもしれない。

坂本が言った。

「あの男、ついさっき死んだらしい。」

少女を見守っていた男のことだろう。

「何か悟ったような顔をして、悲しそうに笑みを浮かべ、服毒自殺したそうだ。」

……少女が死んだことが、伝わったのだろうか。



⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


私は倒れながら見た。

自分の両親の姿を。


『私もやっと、そっちに行けるんだね。』


涙を流し、私は最後の言葉をつぶやいた。


「あり、が、とう……ごめ、んな、さい……」


両親にだけでなく、目の前の警察官にも、遺族の人にも、そして何より殺した人全員に向けて。

死ぬ前に、言わなければならないと思う言葉を言い終えることができた。

そんな私を、両親は暖かく見守ってくれていて、そして。

「あなたは天国には行けない。だから、『一緒に』地獄に行きましょう。」

「……なんでお母さんたちまで……?」

「ごめんね。お母さんたちが殺し屋だったから、あなたをつらい目にあわせてしまっ

 た。

 本当に、本当にごめんね。」

強くかぶりを振る。新たな涙があふれてくる。

「一緒に地獄に行こう。

 死んでも、あなたは私たちの大切な娘よ。

 ずっとずっと、愛してる。」

私は、今まで言われたかった言葉を聞けて、泣いた。

たくさん、たくさん、泣いた。


この温もりを、忘れない。もうこの手を離さない。


今から地獄に行くというのに、私は幸せだった。

「私のことも忘れないでください。」

「……あなたはッ!お墓に行くとき、送り迎えしてくれた……!」

「私だって、あなたのことを見ていました。

 あなたに罪があるのなら、私も一緒に背負いますよ。」

「ごめんなさいっ……気づけなくて、ごめんなさいッ……!!」

「もう、いいのです。さぁ、行きましょう。私も一緒に、行きますから。」

「ありがとう。ごめんなさい。ありがとうっ……!!!」

幸せだった。ただただ、幸せだった。



もう、何もいらない。



ありがとう……………。



少女たちは、闇に消えていった。

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