ブールドネージュの魔法

ふるふる

第1話

『ブールドネージュの魔法』


カフェコンパーニョ。

住宅街の隅にあるこの喫茶店は、レジの横で焼き菓子も売っています。

今日はクリスマスイヴ。

カウンター席の左から2番目に白いニットを着た女性が腰掛けています。

女性はロイヤルミルクティーの入ったカップを両手で包み込むように持ったままうつむいていました。

いつもはテーブル席を利用しているのに、何かあったのでしょうか。


「こちら、サービスです」

マスターは白くてコロンと丸いクッキーが2つ乗ったお皿をテーブルの上に置きました。

「いいんですか?……ありがとうございます。これ、ブールドネージュ……でしたっけ?」

女性の問いにマスターは頷きます。

「雪だるまみたいでかわいいですね」

女性はそう言うと指でつまんで口に入れました。

サクッと齧るとホロッとくずれて、やさしい甘さが広がります。

「おいしい」

女性は粉砂糖のついた指をお手拭きで拭きました。

そして、ロイヤルミルクティーを一口飲んで、マスターの方を向きました。

「マスター、コーヒーのシミって取れますか?白いワンピースに大きなコーヒーのシミがついてしまって……。ご存知ありませんか?」

女性はこのことを聞きたくてカウンター席に座ったのだなとマスターは思いました。

「私が頼んでいるクリーニング店でしたら、キレイにシミ抜きしてくれますよ。紹介しましょうか?」

マスターがそう言うと、女性の表情が柔らかくなりました。

「お願いします」

マスターは電話の横に置いてあるメモ帳にクリーニング店の連絡先と地図を書くと、切り取って女性に渡しました。

少し寛いだ後、女性は来た時よりも晴れやかな顔でレジに来ました。

「あと、マドレーヌをください」

伝票を出しながら女性が言いました。

女性はいつもカヌレを買っていたので、マスターは「カヌレもございますよ」と言いました。

「妹にあげるんです。あの子、ここのマドレーヌが大好きだから」

女性の言葉にマスターが微笑みながら会釈します。

「あ、星型なんですね。かわいい」

マスターが手に取ったマドレーヌを見て、女性は声を弾ませました。

「クリスマスと七夕の時期は星形にするんですよ」

そう言いながらマスターはビニールに包まれたマドレーヌを紙袋に入れました。

「へぇ。その話、妹にしてみます。大人気なく怒りすぎちゃったから仲直りのきっかけになるといいな」

女性はラッピングのリボンに妹さんが好きだという赤を選びました。

「ありがとうございました」

マスターが頭を下げ、女性は帰っていきました。


それから1時間くらい経った頃、高校指定のコートに赤いマフラーを巻いた女の子がやって来ました。

「あー寒い」

女の子は手を擦り合わせています。

「いらっしゃいませ」

マスターがカウンターの奥から声をかけました。

「お菓子だけ買うつもりだったけど、コーヒー飲んじゃおう。マスター、コンパーニョブレンド1つください」

女の子がカウンターの左から2番目の席に腰掛けながら言いました。

「かしこまりました」

マスターはドリッパーにゆっくりとお湯を注いでコーヒーを淹れました。

「ブレンドです。それと、こちらよろしければどうぞ」

マスターはブールドネージュが2つ乗ったお皿をカップの横に置きました。

「わぁ!雪だるまみたいでかわいい!ありがとうございます!」

女の子はブールドネージュを指でつまんで口に入れました。

やさしい甘さが口の中に広がります。

「おいしい!」

そう言うと、女の子は指についた粉砂糖をペロッとなめました。

「実はお姉ちゃんとケンカしちゃって、お姉ちゃんの好きなカヌレを買いに来たんです。でもお姉ちゃん、すごく怒ってたから許してくれないかもしれない……」

しゅんとうつむいた姿にマスターは見覚えがありました。

「そんなことないと思いますよ」

マスターはやさしい声で言いました。

「そうかなぁ……」

ソーサーに置いたスプーンがチリンと鳴りました。


コーヒーを飲み終わると、女の子はレジに来ました。

「今日のカヌレ、クリスマス風にデコってあるんですね。白い雪みたいなのがかかってる。上に乗っている赤いのはなんですか?」

マスターはカヌレを紙の箱に入れながら、「細かく砕いたドライラズベリーです」と答えました。

「お姉ちゃん、ラズベリーも好きなんですよ」

女の子はカバンからお財布を取り出しながら言いました。

「リボンは白でよろしいですか?」

マスターが微笑みながら尋ねます。

「はい。あれ?お姉ちゃんの好きな色言いましたっけ?」

女の子は目をパチクリさせています。

「ありがとうございました。よいクリスマスを……」

来年はブールドネージュで姉妹雪だるまを作るのもいいかもしれない、とマスターは思いました。




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