ランダと蒸魔機竜のアルゥエラ 〜ドラゴンと女の子が降ってきたので蒸気機関で飛ばしてみた〜

ゆあん

プロローグ

 城が燃えている。

 ケステ過激派が放った反乱の炎は、またたく間に城下町を飲み込んでいった。当代最強とうたわれたレッセント城塞都市は朱に染まり、その一端は既に消炭と化している。火の海、という形容は、まさにこの絵図の為にあるかのようだった。


 未だかつて、火がここまでの速度で燃え広がった例はない。風を読んだのか、はたまた操ったのか。炎はまるでそれ自体が意思をもつかのように実に効率的に燃え広がり、穏健派達を追い詰めていった。その過程で、無関係で善良な市民を巻き添えにしながら、まるでそれを誇るかの如く、星々よりも強く夜空を照らしている。


 その炎の向かうところ、一際ひときわ燃え盛る城の中心に、天高く伸びる塔が見える。幾代にもわたりレッセントを守護してきた皇居の見晴らし台は、月明りがかかるその上層だけが辛うじて難を逃れていた。塔が倒れるのが先か、炎が飲み込むのが先か。いずれにしろそれが意味するところは、現皇帝政権の崩壊と血統の根絶。そしてその時は間もなく訪れようとしている。


 その最上階に、一人の男がいた。現皇帝ダトゥ・レッセントゥカ、その人である。今しがた、燃え盛る塔内部の螺旋階段を駆け上がってきたばかりだった。

 このに及んで逃げ永らえようとはしている訳ではない。肺は焼け、骨がきしみ、心臓が張り裂けそうになっても、焼け朽ちる同胞と家族の屍を超え、なおも懸命に駆け、ようやくここまで辿り着いたのだ。よわい五十を過ぎた体を支えているのは、もはや気力のみ。――彼には、まだやらねばならぬことが残っていた。


 彼の腕には、同じ髪色を持つ少女が抱かれていた。よわい十二頃の華奢な体は力なくだらんとして動かない。そんな彼女を愛おしそうに一瞥いちべつし、そしてまた歩みゆく。


 見晴台の先には、黒い巨大な影があった。巨大な影の正体は、ドラゴンであった。ダトゥは臆することなく歩み寄り、そして鐙が取り付けられたその背中に、少女を優しく下した。


「後は頼むぞ」


 少女を丁寧に何度も縄で縛っていく。それはまるで、意識の無い彼女が振り落とされないようにと、願いを込めるかのように。


「この子は希望の光だ。必ずや、生き延びさせるのだ。お前が死ぬことも許さぬ。この子にとってお前は、たったひとりの家族なのだから」


 彼は自身の何倍もあるドラゴンの頭をさすった。ドラゴンの瞳から雫が落ちるのと、この場へと繋がる階段から炎が吹き上がってきたのは、ほぼ同時であった。


「今まで良く尽くしてくれた。――さらばだ。友よ」


 男が振り返る。その背中を見届けたドラゴンはふわりと浮き上がり、やがて闇夜に消えていった。


「この命、よもや我が牙城で落とすことになるとは。だがケステよ。これで終わりだと思わぬことだ」


 レッセント皇国第四代目皇帝、ダトゥ・レッセントゥカ。この日、歴代最高と謳われた名勇は、親類の謀反により自刃に追い込まれた。


 レッセント陥落。有史上でも類を見ないほど鮮やかかつ残忍なこのクーデター成立は、ケステ過激派の手腕を世に知らしめるとともに、その後速やかな復興と国営を盤石なものにしたかに思えた。


 しかしこの日以降、新生レッセント皇国に奇妙な噂が広まることとなる。



 一つは、皇居塔からドラゴンが飛来して行くのを見たという者がいること。

 そしてもう一つは、第三皇女の遺体が未だ見つかっていないということだった。

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