友情の入り口
すんでのところで弾丸を避けた。首から下げている十字架が蛍光灯の灯りを受けて、ちらときらめいた。片膝をついた状態から体勢を立て直す。容赦なく飛んでくる凶弾からひとまず身を守るため、柱の影に飛び込んだ。止まる銃声。
「おい」
呼びかけてみる。
「虚しくならないか」
無音。僅かな息遣い。
「俺はアルベリアで生まれた。お前もだろう。俺達は同郷ってわけだ」
「だからなんだ」
暗く尖った声色。
「俺の近所には花畑があってな。そこで遊んでいるとよく、壁の向こう側から、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。……ユリアヌ側にも花畑が続いてたんだろうな。もしかして、お前も遊ばなかったか」
「確かにあった。しかしそこはゴミ処理場になった。異臭がお前たちのほうまで届いただろう」
「そういえばそうだ。そうだったのか。子どもたちはさぞ辛かったろう」
「まぁな。父も母もそこで殺された。俺達は皆あの施設を憎んでいた。自国も。そして恵まれたあんたらのこともだ」
怒気がこちらまで押し寄せてくる気がした。
フィーリアはしばし呆然として、敵の言葉を反復していた。まさか。処刑施設が。あの壁の向こうに。
「あんたに恨みはない。だが死んでもらわないと、こっちとしても浮かばれないんだよ」
金属音が聞こえてくる。
「あばよ、ユリガナの兄ちゃん。その司教服、キマってたぜ。あんたの聖人めいた表情にぴったりだった。天国に行けるといいな」
「おい待て」
アンジェは舌打ちをした。
「あんだよ。命乞いか?」
「……間違いない、この地下施設の上に壁がある」
アンジェは目を見開いた。
「嘘ついてるんじゃねぇだろうな」
「ほら、これを見ろ。これが地上の地図、こっちが俺が書いたこの地下施設の地図。縮尺が違うが、ぴったり重なり合う」
「……確かに、この地図は正確だ。……何考えてやがる」
「ご想像の通りだよ。ふっとばすしかない」
アンジェは呆れたように首を振った。
「とんだ司教様だな。訂正するぜ、あんたは聖人でもなんでもない。ただのテロリストだ」
「人聞きの悪い。平和の使徒だよ。……よかった、君なら賛成してくれると思った」
アンジェは口を尖らせて視線を逸らせた。
「……ここを吹き飛ばせば、確実にあんたの仲間がこっちに流れ込むだろうな。そうなりゃ壁頼みだった、ゲリラ戦しか能のない俺らの軍事政府は呆気なく倒れる。上手く行けば国民は解放される」
「さっきの金属音、Ⅱ型爆弾装置だろう。天井に貼り付けられないか。この部屋の隣に事務室があった。ガムテープがテーブルに乗っていたのは覚えている」
「ったく、気味の悪い記憶力だな。ありがてぇ」
「これがあったから、ゲリラ殲滅特殊部隊に任命されてしまったのさ。真の意味で役立ってくれてよかった。さ、手早くやってしまおう」
準備が終わった後、二人は出口に向かって駆け出した。お互いの国の部隊を安全な場所に避難させねばならない。制限時間は30分。アンジェはげらげらと笑い出した。
「はーー終わり終わり、こんな阿呆な戦争は」
「くだらんかったな。全部終わったあと、またどっかで会ったら飲みに行くか」
「言っとくが俺は強いぜ」
非常通路を駆け上がる。光が段々強くなる。
出口はすぐそこだった。
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