愛の時の果てに
はる
大アルカナ
第一章
星降る夜
巨大な窓の側に、男が一人佇んでいた。
窓外には宇宙の闇が広がっている。美しく光る星のどれ一つ、男の心にまでは届かない。
唐突に、背後の自動扉が静かな音を立てて開いた。ゆらりと入ってきたのは、一人の大きなマントを纏った青年。彼は悲しげな表情で、依然として背を向け続ける男を見つめ、口を開いた。
「……フィーリア」
「……その声はアンジェか。何をしに来た。俺はお前を入れた覚えはないが、お前のことだ、どうせシステムをハックしたんだろう」
男が振り向くことはない。
「……もうやめないか」
「なにを」
「全てをだよ。君は駒だったんだ。……もう国民の言うことを聴く必要はない」
「何を言っているかよく分からないな。私が、私の意思で起こしたこの戦争を、私の死によって止める。そのことのどこにも齟齬はないはずだ」
「君はよくやったよ。ドーリア星との戦争を望む国民の声を、やむを得ず聞き入れたあと、被害を最小限に抑え、戦況をコントロールした。ドーリア星との裏の連携も取れていた。全ては上手く行っていたんだよ。君にはなんの落ち度もない」
「その結果がこうだ。はじめから戦争など起こすべきではなかった。……サーカスなど与えるべきではなかったのだ」
「軍部の暴走は……予想外だった。君は牢に入れられた後も、悪化する戦況を牢番に訊いていたと聞く」
「それしかすることがなかったからな。――アンジェ。君が生き残ってくれていて嬉しい」
「……他星に取材に行っていてね。知っているだろう? 詩人の交通規制はゆるかった。全て終わったことだ、もうどうでもいいけれど」
「そう、全ては終わった。早く出ていってくれ。私は責任をとって、ここで遅すぎる死を迎えよう。出たところに調理場がある。紅茶が残っているはずだよ。直接入れてやれなくてすまないが」
アンジェはにっこりと笑った。
「君が入れてくれなきゃ出ていかない」
「困った奴だな……」
フィーリアがしぶしぶといった体で部屋を出たところで、彼はアンジェに腕を掴まれた。
「えへへ、つかまえた。さ、この星を出よう」
「……俺は自由の身になってはいけない」
「君を責める人は僕が潰してあげる。君を責める記憶は僕が消してあげる。何も恐れることはないよ」
「アンジェ。俺は忘れてはならないんだ。この星から消えていった命の灯火を。その契機を生んだ咎を」
「うんうん。辛くなったら僕に言うんだよ。いつでも抱きしめてあげるからね」
フィーリアは力尽きてアンジェの胸に倒れふした。寝息を立てる彼の頭を優しく撫でながら、アンジェは囁いた。
「何も食べていないもんね。起きたら君の好きなクロワッサンを焼いてあげる。みんな、どうか許してあげてほしい。この人はなにも悪くないんだよ」
アンジェは彼の額に手をかざした。全て忘れて眠る彼は、星のような涙を流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます